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episode21
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祖母に帰宅も同居も断られ、祖父への怒りを抑える事ができず美咲は祖父の元へと乗り込んだ。
インターフォンの代わりにどかどかと足音を鳴らし、家族の集まる和室へ飛び込む。するとそこには祖父を中心に据え、父と母も揃っていた。
連絡も無く急にやってきた娘に二人は驚いたが、祖父は横目で見るとのん気にお茶を啜った。
「仕事は辞めて来たか」
アンドロイドから手を引くまで帰ってくるなと言われていたが、そもそも美咲は帰る気がなかったし進路を変えるつもりもない。
母とは連絡を取っているから父にも様子は伝わっているだろうと気にも留めていなかったし、祖父の事など気にもしていなかった。
けれど祖母を死んだと見せかけ世間から隔離したとなれば話は別だ。美咲は我関せず我に従えという横暴を繰り返す祖父の横に立ち見下ろした。
「話があるなら座れ。目上の者への礼儀も知」
「お祖母ちゃんに会ったよ」
美咲は祖父の小言を遮り言い放ち、祖父がの眉がピクリと揺れるのを見た。
ちょっとやそっとじゃしかめっ面を崩さない祖父の動揺にざまあみろと心の中で蔑んだけれど、美咲の言葉に声を上げたのは祖父ではなく狼狽する父だった。
実を言えば父もグルなのではないかと美咲は疑っていた。
死んでなどいないという事実を言わない理由は美咲にだって想像はついても、それでも隠していた事には変わりがない。
だが珍しく破顔して、祖父よりはよっぽど人間らしい反応をする父に安心感を覚えた。
「漆原さんが見つけてくれた。お祖母ちゃん元気だったよ」
「そうか! 母さんは今何処にい」
「何故お前が知っている!」
祖父は美咲の胸倉を掴んで恐慌をきたした。
父の嬉しそうな笑顔は珍しかったが、祖父がこれほどまでに冷静さを失ったのは初めてだった。
それは父が唖然茫然としている事からも非常に珍しい事だと分かる。
だが、どうせ自分の罪が再び白日に晒されないよう釘を打つつもりなのだろうと分かっている美咲はその手を振り払った。
「捕まえて何しようっての!? 私が悪かったです~って謝罪会見でもさせるつもり!? 自分のメンツのために!!」
「あいつから何を聞いた! まさかまだアンドロイドなんかと暮らしてるのか!?」
「人を支えるのがアンドロイドの役目よ! あの子はそれを立派に果たしてるわ! 暴力オンリーの誰かさんと違ってね!」
「黙れ!! 何も知らない子供が!!」
「知らないわよ! でもお祖父ちゃんが浮気して失脚してお祖母ちゃんが失踪したって記事は知ってるわ!」
「お前っ……!!」
感情のままに暴言を吐く美咲に、祖父はまたも手を振り上げた。
バチンと音がさせて美咲の頬を叩き、その勢いで倒れる美咲を父がなんとか受け止めた。
母はあまりの事にわああ、と声を上げて泣き出したけれど、美咲は負けじと祖父を睨んだ。
しかし頬が真っ赤に腫れた孫を見ても傷つきも驚きもしていない。
「出ていけ!! 二度と帰って来るな!!」
子供の頃、美咲は祖父が恐ろしくて母の背に隠れてばかりだった。
けれど、殴って背を向け逃げ去るしかできない祖父の姿はひどく滑稽に見えた。
その翌日、父が母を連れて美咲と同じマンションに一時避難したと連絡があった。
骨折させられた時ですら祖父を見限るような事は駄目だと言った母も美咲に二度も手を上げられた事で逃げる覚悟を決めたらしい。
結局、妻も子供も孫も、全てを権力と暴力で従わせようとした男の元には金で買った家しか残らなかったのだ。
痛む頬は名誉の勲章だとして、孤独になった祖父との離別を喜ぶ美咲は意気揚々と出勤した。
両親ですらどこかスッキリした顔をしていけれど、それに渋い顔をしたのは漆原だった。
「ん~……」
「ざまあみろですよ。あんな奴にお祖母ちゃんの居場所教えてやるもんか!」
「え? じいさんは居場所知らなかったの?」
「そう! 追い出してハイさよなら~」
「……お前の母さんも殴られたって言ってたよな。それは何で殴られたの」
「片付けてただけですよ。写真とかボールペンとかハンカチとか、そんなのばっかり。ごみ捨てようと思ったら殴ったらしいです。最低」
ふうん、と漆原は考え込んでいた。
しばらく難しい顔をしていたが、ちらりと美咲を見てようやく口を開いた。
「お前祖母ちゃんと暮らしたい?」
「そりゃそうですよ。一人で暮らすならクソジジイが一人で暮らせです」
そう、とため息を吐くと漆原はメモ帳に何かを書いて美咲に手渡す。
「これ調べて来い」
「はい?」
メモを見て、その内容の意図が掴めず美咲は首を傾げた。
「こんなのどうするんですか?」
「祖母ちゃんと暮らすための説得材料だよ」
「え!? 説得できるんですか!?」
祖父の事などどうでも良いけれど、祖母と一緒に暮らすための説得をどうするかは難題だった。
例え祖父がいなくても、その息子や孫には関わりたくないから同居を断ったのだろう。
けれど今までアンドロイドとたった二人で暮らしている祖母を放っておく事もできない。
しかしやはり美咲には説得する自信はないしどうしていいかも分からない。しかも祖母に辿り着く事ができたのは美咲の力ではなく漆原の力だ。
美咲がじいっと見つめると、漆原はにやりと笑った。
「助けてやっから言う通りにしろよ」
「は、はいっ!!」
美咲は漆原のメモを持って走り出した。
インターフォンの代わりにどかどかと足音を鳴らし、家族の集まる和室へ飛び込む。するとそこには祖父を中心に据え、父と母も揃っていた。
連絡も無く急にやってきた娘に二人は驚いたが、祖父は横目で見るとのん気にお茶を啜った。
「仕事は辞めて来たか」
アンドロイドから手を引くまで帰ってくるなと言われていたが、そもそも美咲は帰る気がなかったし進路を変えるつもりもない。
母とは連絡を取っているから父にも様子は伝わっているだろうと気にも留めていなかったし、祖父の事など気にもしていなかった。
けれど祖母を死んだと見せかけ世間から隔離したとなれば話は別だ。美咲は我関せず我に従えという横暴を繰り返す祖父の横に立ち見下ろした。
「話があるなら座れ。目上の者への礼儀も知」
「お祖母ちゃんに会ったよ」
美咲は祖父の小言を遮り言い放ち、祖父がの眉がピクリと揺れるのを見た。
ちょっとやそっとじゃしかめっ面を崩さない祖父の動揺にざまあみろと心の中で蔑んだけれど、美咲の言葉に声を上げたのは祖父ではなく狼狽する父だった。
実を言えば父もグルなのではないかと美咲は疑っていた。
死んでなどいないという事実を言わない理由は美咲にだって想像はついても、それでも隠していた事には変わりがない。
だが珍しく破顔して、祖父よりはよっぽど人間らしい反応をする父に安心感を覚えた。
「漆原さんが見つけてくれた。お祖母ちゃん元気だったよ」
「そうか! 母さんは今何処にい」
「何故お前が知っている!」
祖父は美咲の胸倉を掴んで恐慌をきたした。
父の嬉しそうな笑顔は珍しかったが、祖父がこれほどまでに冷静さを失ったのは初めてだった。
それは父が唖然茫然としている事からも非常に珍しい事だと分かる。
だが、どうせ自分の罪が再び白日に晒されないよう釘を打つつもりなのだろうと分かっている美咲はその手を振り払った。
「捕まえて何しようっての!? 私が悪かったです~って謝罪会見でもさせるつもり!? 自分のメンツのために!!」
「あいつから何を聞いた! まさかまだアンドロイドなんかと暮らしてるのか!?」
「人を支えるのがアンドロイドの役目よ! あの子はそれを立派に果たしてるわ! 暴力オンリーの誰かさんと違ってね!」
「黙れ!! 何も知らない子供が!!」
「知らないわよ! でもお祖父ちゃんが浮気して失脚してお祖母ちゃんが失踪したって記事は知ってるわ!」
「お前っ……!!」
感情のままに暴言を吐く美咲に、祖父はまたも手を振り上げた。
バチンと音がさせて美咲の頬を叩き、その勢いで倒れる美咲を父がなんとか受け止めた。
母はあまりの事にわああ、と声を上げて泣き出したけれど、美咲は負けじと祖父を睨んだ。
しかし頬が真っ赤に腫れた孫を見ても傷つきも驚きもしていない。
「出ていけ!! 二度と帰って来るな!!」
子供の頃、美咲は祖父が恐ろしくて母の背に隠れてばかりだった。
けれど、殴って背を向け逃げ去るしかできない祖父の姿はひどく滑稽に見えた。
その翌日、父が母を連れて美咲と同じマンションに一時避難したと連絡があった。
骨折させられた時ですら祖父を見限るような事は駄目だと言った母も美咲に二度も手を上げられた事で逃げる覚悟を決めたらしい。
結局、妻も子供も孫も、全てを権力と暴力で従わせようとした男の元には金で買った家しか残らなかったのだ。
痛む頬は名誉の勲章だとして、孤独になった祖父との離別を喜ぶ美咲は意気揚々と出勤した。
両親ですらどこかスッキリした顔をしていけれど、それに渋い顔をしたのは漆原だった。
「ん~……」
「ざまあみろですよ。あんな奴にお祖母ちゃんの居場所教えてやるもんか!」
「え? じいさんは居場所知らなかったの?」
「そう! 追い出してハイさよなら~」
「……お前の母さんも殴られたって言ってたよな。それは何で殴られたの」
「片付けてただけですよ。写真とかボールペンとかハンカチとか、そんなのばっかり。ごみ捨てようと思ったら殴ったらしいです。最低」
ふうん、と漆原は考え込んでいた。
しばらく難しい顔をしていたが、ちらりと美咲を見てようやく口を開いた。
「お前祖母ちゃんと暮らしたい?」
「そりゃそうですよ。一人で暮らすならクソジジイが一人で暮らせです」
そう、とため息を吐くと漆原はメモ帳に何かを書いて美咲に手渡す。
「これ調べて来い」
「はい?」
メモを見て、その内容の意図が掴めず美咲は首を傾げた。
「こんなのどうするんですか?」
「祖母ちゃんと暮らすための説得材料だよ」
「え!? 説得できるんですか!?」
祖父の事などどうでも良いけれど、祖母と一緒に暮らすための説得をどうするかは難題だった。
例え祖父がいなくても、その息子や孫には関わりたくないから同居を断ったのだろう。
けれど今までアンドロイドとたった二人で暮らしている祖母を放っておく事もできない。
しかしやはり美咲には説得する自信はないしどうしていいかも分からない。しかも祖母に辿り着く事ができたのは美咲の力ではなく漆原の力だ。
美咲がじいっと見つめると、漆原はにやりと笑った。
「助けてやっから言う通りにしろよ」
「は、はいっ!!」
美咲は漆原のメモを持って走り出した。
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