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episode13-2

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「そういう訳だから、今回は僕が見てあげるよ」
「でも、いいんですか? お仕事ありますよね」
「僕インターン教育係りの責任者もやってるからこれもお仕事なんだ」
「そうなんですね。あの、じゃあよろしくお願いします」
「……俺と随分態度が違うじゃねえか」
「日頃の行いがものを言うんですよ」
「ああそうかよ。ハイじゃあ後よろしく。今日は論文終わったら帰ってよし」
「え? それは終わるまで帰るなって事ですか? 今日中なんて無理で――ぎゃっ!」

 漆原は、無理です、と言いかけた美咲の頭を鷲掴みにしてぎりぎりと締め付けた。
 そして睨むように見下ろしていつもよりワントーン低い声で凄んでくる。

「できるかできないかじゃない。やれ」
「……ハイ……」

 漆原の眼光で蛇に睨まれた蛙のようになり、美咲はつい頷いてしまう。
 そして漆原は、よろしい、と満足げに頷くと蒼汰に美咲を押し付けて去って行った。

「……他に言い方無いですかね」
「愛情表現捻くれてるからなあ」
「愛情!? どこがですか!?」
「相当気に入ってると思うよ。だって論文の世話なんてしないよ、普通」
「それはまあ……」

 それは恐らく漆原でなくともそうだろう。
 インターンにはトレーナーが付き指導に当たる。当然美咲にも業務を教えてくれるトレーナーがいるが、大学の勉強を教えてくれるわけではない。インターンは企業の実習なのだ。
 ましてや漆原は単なるマネージャーではない。良くも悪くも影響が大きいと自覚もしている分余分に手を描けることもしない。

「朔也がここまでするなんてほんと珍しいよ。頑張って見返してやろうね」
「……はい!」
「じゃあ論文の前に企業についてお勉強しようか」
「企業?」

 蒼汰は美咲を連れてオフィス高層階にあるリラクエリアへと場所を移した。
 食堂とコーヒーショップ、コンビニ等が揃った場所で、食事をする者もいればソファ席で仕事の息抜きでくつろいでいる者もいる。業務をするオフィスエリアで長く喋るのは周りの邪魔になるだろうけれど、ここなら話をしていても大丈夫だ。
 ちょうど窓際のソファ席が空いていたのでそこに座ると、蒼汰は持って来たノートパソコンを立ち上げ美咲にモニターを見せる。
 そこに写されていたいるのは美作の企業ホームページだった。メニューからサービスという項目を開くと、ずらりと子会社の名前が並んでいる。

「美作グループの事業は大きく二つに分かれるね。元々やってた医療関連と、後から始めたアンドロイド関連。でも医療とアンドロイドって全然関係無いでしょ? 何でアンドロイド事業をやったと思う?」
「ええと、アンドロイドが好きだから?」

 美咲は真面目に答えたが、蒼汰は何も答えずにこりと笑ってまた違うページを開いた。
 今度は『通期決算』という文字が登場し、スクロールすると売上や営業利益がグラフになっている。しかしそれが何を意味していてどういう意図で見せられているのか分からず、美咲は首を傾げた。

「これはグループ全社のグラフ。美作はこれだけ利益でてますよ、っていう表ね」
「は、はい」
「今見たいのはこっち。医療関連事業とアンドロイド関連事業の利益比較」
 また少し下へとスクロールすると、今度は分かりやすく大きな数字だけが書かれていた。
「医療事業の売上高が約三千億円。これに対してアンドロイド事業は約八千億円」
「そんなに違うんですか!? だって、美作って元は医療系の企業ですよね」

 美作一族は古くから続く医者の家系だ。誰もが医療関連の職についているが、ある時からアンドロイドが参入してきた。
 これに踏み切ったのが先代社長の美作幸四郎で、それを飛躍的に伸ばしたのが幸四郎の娘の夫である鷹司総一郎だった。鷹司総一郎はアンドロイドの父・藤井啓介の同期でもあり、他にも名だたる天才が名を連ねたこの世代が美作グループの転機となったのだ。

「てっきり医療関係の方が凄いんだと思ってました。病院って安定してそうだし」
「あ、そうそう。よく分かってるね。安定してるのはその通りだよ。でもアンドロイド事業の方が儲かるんだ。しかも需要に反して競合が少ない、時代を先取りできそうな新規事業。それがたまたまアンドロイドだっただけで、当てはまるならアンドロイドじゃなくてもいいんだよ」
「でもアンドロイド専門の大学まで作ったじゃないですか」
「そりゃそうだよ。先駆ともなれば入学者数は多いし美作の名声も上がる。これは大きな利益になるね」
「……アンドロイドには興味ないって事ですか?」
「アンドロイドが好きなのは生徒や現場の社員だけで、経営陣は興味無いよ。興味あるのは売上」

 美咲は頭を殴られたような衝撃を受けた。
 美作へのインターン目的は漆原ではあったが、元々はアンドロイドが好きだから美作アンドロイド大学に入り勉強をした。アンドロイドを大事にする企業だと思っていたから選んだ大学で、その創立である美作グループには大きな憧れを持っていた。
 でも実際はどうでも良かったのか、とがくりと項垂れてしまう。蒼汰はよしよしと頭を撫でるとぱたりとノートパソコンを閉じた。
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