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episode3-1
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インターンを始めて数日が経過した。
仕事は思いのほか事務的なことが多く、最新機種の開発担当者とディスカッションができることもあるのでインターンは皆生き生きとしていた。
しかし出勤して一時間、美咲は机に突っ伏して大きなため息を吐いた。
「……インターンって異動できるんですかね……」
「え!? もう嫌になっちゃった!?」
「漆原さん大変! 久世さん異動したいって!」
「ちょ、ちょっ!」
なんだと、と漆原がぴくりと眉をひそめてずんずんと美咲に詰め寄りつむじを抑えた。
「根を上げるほど仕事してねえだろ」
「……別に仕事が嫌なわけではないです……」
「ほお。何が嫌なのか言ってみろ」
漆原は長身で美咲のつむじを見下ろし、にやにやと笑った。
美咲は今、他部署のインターン女子全員から距離を置かれている。
インターンの女子は決して漆原目当てではなく、開発専門の大学に在学し本気で開発第一を目指している生徒もいた。当然だが、美咲に負けるはずがないのだ。
そんな開発素人が配属されたのも不愉快だが、それ以上に漆原に悪態をつくことで気を引いた――と思われ完全に浮いてしまった。
結局友達は一人もできず、気を使った開発第一の女性社員が構ってくれている。だがそれも不愉快に思われるようで、もはや何をしても無駄だった。
だがそんなことを漆原に言ったところでどうにもならない。
何しろ美咲は真実漆原目当てだからぐうの音も出ないのだ。
「あのな、会社ってのは上司も同僚も選べねえの。その中でやってくのが社会人。ンな理由で異動希望なんて百年早い」
「何も言ってないじゃないですか!」
「そう? じゃあ、そうだな。何か成果を出せば他の部署に推薦を出してやらんでもない」
「何ですか成果って」
「俺が『この子はそっちの部署に必要です』って紹介するに値する物なら何でも」
「……それはもう駄目じゃないですか……」
「お、良く気付いたな。その通りだ」
美咲はがっくりと肩を落とした。
だが異動したところで何が変わるわけでもない。どうせそれすらわがままだの甘えてるだのと言われるだけだ。
そしてその通りなだけに何も言い返せない。
ならせめて漆原を眺められるこの部署にいるのがいい、と妥協して乗り切っていた。
けれど数日経つと別の問題が起き始めた。
スマホのアラームの音に起こされてもそもそと布団から顔を出した。モニターを見ると時刻は七時で、その上には今日の日付が表示されている。
今日はインターンに行く日なのだが、どうにも布団から出る気になれない。
(行きたくない……)
一ヶ月程が経過し、分かったのは自分がいかに場違いかということだった。
実際に開発に携わる生徒もいたが、パーツの名前すらろくに分からない美咲は業者への発注で躓いた。さらに各自から研究発表の時間があるが、美咲は発表できることもろくにないので恥をかくための時間でしかない。
それでもトレーナーは献身的に教えてくれているが、呆れているのはため息の多さからうかがえた。
(人事評価なんて既に底辺だろうし辞めようかな……)
だが美咲の同期はまだ誰一人脱落していない。
この状況でリタイアするのも恥ずかしいけれど、周りからは『漆原さんのチームなら普通だよ』と辞める前提の慰めを掛けられる。同期の女子からは『辞めればいいのに』とはっきり言われる始末だ。
少し前までは漆原の顔を見ることで乗り切れていたが、もはや美咲の脳内は退職手続きは誰に確認すればいいだろうかという悩みに変わっていた。
今日こそそれを確認しなくてはと立ち上がるとインターフォンが鳴った。平日の朝七時半の訪問とはなんとも非常識だ。
けれどこれもまた美咲を苦しめる最近のルーティンだった。
(またか……)
美咲は大きなため息を吐いた。
とぼとぼと扉を開けると、朝から現れたのはマンションのボス――ではなくママさん方のリーダー的女性だ。
「おはようございます。管理人代理さん」
「……おはようございます」
家賃を払わない代わりに管理人代理をするというのが母からの条件だった。
それくらい構わないとよく考えもせず引き受けたのだが、この女性が曲者だった。
マンションで生活を始めて一ヶ月が経ったが、週に何度も押しかけて来るのだ。
億劫で無視したこともあるが、それでも延々とインターフォンを鳴らし、酷い時は帰宅時を見計らい美咲の部屋の前で待ち伏せている。
凡そ用件は入居者へのクレームやゴミ捨て場の使い方についてだ。
「ちょっとゴミ捨て場が困ったことになってねえ。見てほしいんですけども?」
「あ、はい……」
やっぱりか、と美咲はため息を吐いた。
断るとあとが余計面倒だとこの一ヶ月で学んだ美咲は大人しくゴミ捨て場に引きずり込まれることにした。
仕事は思いのほか事務的なことが多く、最新機種の開発担当者とディスカッションができることもあるのでインターンは皆生き生きとしていた。
しかし出勤して一時間、美咲は机に突っ伏して大きなため息を吐いた。
「……インターンって異動できるんですかね……」
「え!? もう嫌になっちゃった!?」
「漆原さん大変! 久世さん異動したいって!」
「ちょ、ちょっ!」
なんだと、と漆原がぴくりと眉をひそめてずんずんと美咲に詰め寄りつむじを抑えた。
「根を上げるほど仕事してねえだろ」
「……別に仕事が嫌なわけではないです……」
「ほお。何が嫌なのか言ってみろ」
漆原は長身で美咲のつむじを見下ろし、にやにやと笑った。
美咲は今、他部署のインターン女子全員から距離を置かれている。
インターンの女子は決して漆原目当てではなく、開発専門の大学に在学し本気で開発第一を目指している生徒もいた。当然だが、美咲に負けるはずがないのだ。
そんな開発素人が配属されたのも不愉快だが、それ以上に漆原に悪態をつくことで気を引いた――と思われ完全に浮いてしまった。
結局友達は一人もできず、気を使った開発第一の女性社員が構ってくれている。だがそれも不愉快に思われるようで、もはや何をしても無駄だった。
だがそんなことを漆原に言ったところでどうにもならない。
何しろ美咲は真実漆原目当てだからぐうの音も出ないのだ。
「あのな、会社ってのは上司も同僚も選べねえの。その中でやってくのが社会人。ンな理由で異動希望なんて百年早い」
「何も言ってないじゃないですか!」
「そう? じゃあ、そうだな。何か成果を出せば他の部署に推薦を出してやらんでもない」
「何ですか成果って」
「俺が『この子はそっちの部署に必要です』って紹介するに値する物なら何でも」
「……それはもう駄目じゃないですか……」
「お、良く気付いたな。その通りだ」
美咲はがっくりと肩を落とした。
だが異動したところで何が変わるわけでもない。どうせそれすらわがままだの甘えてるだのと言われるだけだ。
そしてその通りなだけに何も言い返せない。
ならせめて漆原を眺められるこの部署にいるのがいい、と妥協して乗り切っていた。
けれど数日経つと別の問題が起き始めた。
スマホのアラームの音に起こされてもそもそと布団から顔を出した。モニターを見ると時刻は七時で、その上には今日の日付が表示されている。
今日はインターンに行く日なのだが、どうにも布団から出る気になれない。
(行きたくない……)
一ヶ月程が経過し、分かったのは自分がいかに場違いかということだった。
実際に開発に携わる生徒もいたが、パーツの名前すらろくに分からない美咲は業者への発注で躓いた。さらに各自から研究発表の時間があるが、美咲は発表できることもろくにないので恥をかくための時間でしかない。
それでもトレーナーは献身的に教えてくれているが、呆れているのはため息の多さからうかがえた。
(人事評価なんて既に底辺だろうし辞めようかな……)
だが美咲の同期はまだ誰一人脱落していない。
この状況でリタイアするのも恥ずかしいけれど、周りからは『漆原さんのチームなら普通だよ』と辞める前提の慰めを掛けられる。同期の女子からは『辞めればいいのに』とはっきり言われる始末だ。
少し前までは漆原の顔を見ることで乗り切れていたが、もはや美咲の脳内は退職手続きは誰に確認すればいいだろうかという悩みに変わっていた。
今日こそそれを確認しなくてはと立ち上がるとインターフォンが鳴った。平日の朝七時半の訪問とはなんとも非常識だ。
けれどこれもまた美咲を苦しめる最近のルーティンだった。
(またか……)
美咲は大きなため息を吐いた。
とぼとぼと扉を開けると、朝から現れたのはマンションのボス――ではなくママさん方のリーダー的女性だ。
「おはようございます。管理人代理さん」
「……おはようございます」
家賃を払わない代わりに管理人代理をするというのが母からの条件だった。
それくらい構わないとよく考えもせず引き受けたのだが、この女性が曲者だった。
マンションで生活を始めて一ヶ月が経ったが、週に何度も押しかけて来るのだ。
億劫で無視したこともあるが、それでも延々とインターフォンを鳴らし、酷い時は帰宅時を見計らい美咲の部屋の前で待ち伏せている。
凡そ用件は入居者へのクレームやゴミ捨て場の使い方についてだ。
「ちょっとゴミ捨て場が困ったことになってねえ。見てほしいんですけども?」
「あ、はい……」
やっぱりか、と美咲はため息を吐いた。
断るとあとが余計面倒だとこの一ヶ月で学んだ美咲は大人しくゴミ捨て場に引きずり込まれることにした。
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