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プロローグ
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「いったーい! 何するのよ、お祖父ちゃん!」
「出ていけ! 二度と帰ってくるな!」
その日、久世美咲は家を追い出された。
文字通り放り出されて行き場を失ったが、その発端は美咲のインターンシップが決まったことにあった。
話は数日前に遡り、美作中央大学キャンパス内のカフェで友人の遠野麻衣子と授業の空き時間を潰していた時のことだ。
麻衣子の横にはすらりと華奢なイケメンが立っている。作り物のように美しい顔とはよく言ったものだが、これはまさしく作り物だ。
「あれ? 前のアンドロイドと違う?」
「買い替えた」
「えっ!? 前の子買ったの半年前でしょ!? どうしたのそれ!」
「従姉妹に二十万で譲った。これめっちゃ好み」
「こーの金持ちめ!」
アンドロイドの個人所有は富裕層のステータスだ。
六十年程前に業務用が流通し始めたが、これは一体数千万円と高額なうえ職業特化型なので一般家庭には普及しなかった。
しかし十年経った頃にはアンドロイドのオーダーメイドを受ける個人開発事務所が増え、動物型や亜人間型が先行して普及した。
だが固有設定が必要なカスタムアンドロイドは量産品よりはるかに高額で、一般家庭には無縁だった。それでも富裕層には需要があり、その中でも最高額となるアンドロイドを手にするのは何者にも代えがたい名声となっていった。
しかしそれも束の間。五年もすれば量産型家庭用アンドロイドが生産され、見た目が美しいアンドロイドも一機数十万円で購入可能となった。
今では車を持つかアンドロイドを買うか、という程度には身近な物になっている。
「いいなー。イケメン型。かっこいい」
「あんた男はアンドロイドより生派でしょ」
「生チョコみたいにいわないでよ。うわ! 誰このイケメン!」
「あ? ああ、漆原朔也ね」
美咲がめり込むようにして食いついた女性ファッション誌の表紙に起用されているのは二十代後半の青年だ。
整った顔立ちに細身ながらもがっしりとした筋肉、長身を生かしたポージングはまさしくプロのモデルのようだ。
美咲はぺらっとページを開くと、ハウススタジオでの私服姿から浴衣で縁日、水着でプールといったなんとも麗しいグラビアばかりだ。
しかし美咲はふと首を傾げた。漆原朔也のキャッチコピーに『次世代を牽引する若き天才アンドロイドエンジニア』と付いているのだ。
「アンドロイドエンジニア?」
「そうだよ。知らないの?」
「ここ数年で最大のヒット。見たらとっくに追っかけてる。つまり知らない」
「おばか。美作本社の社員だよ」
「は!?」
麻衣子がとんとんと指差した先には漆原朔也のプロフィールが掲載されていた。
――漆原朔也
日本最高峰にして世界でもトップクラスの『美作アンドロイド大学ボディ開発学部』に首席入学主席卒業。
大学院博士課程修了後二十七歳で美作本社へ入社したが、インターン中にアンドロイドファッション事業を立ち上げ代表取締役となり、美作グループ企業では売上一位となっている
入社わずか一年で三部署のマネージャーとなり、数年もすれば確実に美作グループの役員になるだろうと言われている。
「なにこれ。偉人?」
「伝説級。けどもうタレントだよね。『開発者とは思えない肉体美』って、開発者が脱いで肉体美語る意味が分からないのだが?」
「一応インタビューも載ってるわよ」
グラビアの下にお情けばかりのインタビューも掲載されているが、どれもアンドロイドファッションに関わる記事だった。
本人の発言は『今後はボディと連携できて手軽に個性を付加できるファッションが不可欠』といった開発事業に関するものだ。
アンドロイドの服は繊細で、糸くずがボディ内部に入り込めばエラーを起こす。そのためデフォルトの数種類しかバリエーションが無かったが、ボディと生地に工夫をする事で多様な服を着せる事が可能になった。
これが漆原朔也の名を世界に轟かせた最新のボディで、そのファッションまで手掛けるとして新たな話題を呼んでいる。
しかも人間と兼用できる物らしく、同じ服を着たイケメンアンドロイドとのツーショットも掲載されている。私服や浴衣、果ては水着まで。インタビュアーは開発事業などそっちのけで、それを着こなす漆原朔也本人のルックスやスタイルについて熱弁するばかりだった。
「凄すぎない? ほんとに社員?」
「つーか何で知らないの。インターン求人にバーンと載ってたでしょうが」
「見てないよ。開発部門しかないじゃん」
「まあね。所詮中央なんてアンドロイド素人だし」
美咲の通う美作中央大学は世界有数のアンドロイドメーカー『美作ホールディングス』が経営する美作系列大学だ。
系列の中で最も名が知られているのは天才のみが入学できると言われる美作第三アンドロイド大学だが、中央は一般課程と別にアンドロイド関連授業が存在するだけだ。アンドロイド史やビジネス情報を学ぶだけだ。
開発はアンドロイドの走りとなった医療用補装具の実習はあるが、アンドロイド本体の開発実習は無い。
つまり、美作中央とはアンドロイドは好きだが専門家になるつもりは無い生徒が集まる大学なのだ。美咲もその一人で、開発インターンなどできるわけもないし興味も無かった。だが――
「インターンなら就職せず漆原朔也に会えるじゃん!」
「……まあね。でも漆原朔也って」
「やった! インターン申し込んで来る!」
「こら! 聞け!」
麻衣子が何か叫んでいたが、それも聞かずに美咲は慌ててインターンに付いて調べ即座に応募した。
受かるわけないかと麻衣子は呆れながら笑っていたが、人生何が起こるか分からないものだ。
「インターン通った! しかも漆原朔也の部署!」
「裏口?」
「実力! 待ってろ漆原朔也!」
同じオフィスに入ってしまえばこっちのものだ、と美咲は拳を振り上げ飛び跳ねた。
しかし麻衣子は露骨なため息を吐いてコツコツとカフェのガラステーブルを突いた。
「あんた分かってんの? 漆原朔也って開発第一だからね」
「うん。だから?」
「……何であんたみたいな開発素人が合格したか分かってる?」
「え、優秀だったから?」
「寝言は寝て言え追試常連」
麻衣子はぽいっと小冊子を放り投げた。
それはインターンに関する資料で様々な情報が載っていて、開かれているのは美咲が配属となる開発第一のページだ。
「離職率四十六パーセント。インターン途中離脱率八十二パーセント。離脱理由は過度のストレスからくる体調不良ノイローゼ脱毛等々。漆原朔也目当ての女子は男嫌いになって帰って来る」
「は?」
「開発の花形漆原チーム。別名『若手潰し』チーム!」
「……嘘でしょ?」
「ほんと。一人でも多く入れたいから合格ハードル激低」
「え、あの……」
にやりと麻衣子は笑い、小冊子をぱたんと閉じた。
「ハゲる前に辞めな」
「うそー!」
この日美咲の元に勤務開始に関するメールが届いた。
そして一か月後、先行き不安なインターンが遠慮なく始まることとなる。
「出ていけ! 二度と帰ってくるな!」
その日、久世美咲は家を追い出された。
文字通り放り出されて行き場を失ったが、その発端は美咲のインターンシップが決まったことにあった。
話は数日前に遡り、美作中央大学キャンパス内のカフェで友人の遠野麻衣子と授業の空き時間を潰していた時のことだ。
麻衣子の横にはすらりと華奢なイケメンが立っている。作り物のように美しい顔とはよく言ったものだが、これはまさしく作り物だ。
「あれ? 前のアンドロイドと違う?」
「買い替えた」
「えっ!? 前の子買ったの半年前でしょ!? どうしたのそれ!」
「従姉妹に二十万で譲った。これめっちゃ好み」
「こーの金持ちめ!」
アンドロイドの個人所有は富裕層のステータスだ。
六十年程前に業務用が流通し始めたが、これは一体数千万円と高額なうえ職業特化型なので一般家庭には普及しなかった。
しかし十年経った頃にはアンドロイドのオーダーメイドを受ける個人開発事務所が増え、動物型や亜人間型が先行して普及した。
だが固有設定が必要なカスタムアンドロイドは量産品よりはるかに高額で、一般家庭には無縁だった。それでも富裕層には需要があり、その中でも最高額となるアンドロイドを手にするのは何者にも代えがたい名声となっていった。
しかしそれも束の間。五年もすれば量産型家庭用アンドロイドが生産され、見た目が美しいアンドロイドも一機数十万円で購入可能となった。
今では車を持つかアンドロイドを買うか、という程度には身近な物になっている。
「いいなー。イケメン型。かっこいい」
「あんた男はアンドロイドより生派でしょ」
「生チョコみたいにいわないでよ。うわ! 誰このイケメン!」
「あ? ああ、漆原朔也ね」
美咲がめり込むようにして食いついた女性ファッション誌の表紙に起用されているのは二十代後半の青年だ。
整った顔立ちに細身ながらもがっしりとした筋肉、長身を生かしたポージングはまさしくプロのモデルのようだ。
美咲はぺらっとページを開くと、ハウススタジオでの私服姿から浴衣で縁日、水着でプールといったなんとも麗しいグラビアばかりだ。
しかし美咲はふと首を傾げた。漆原朔也のキャッチコピーに『次世代を牽引する若き天才アンドロイドエンジニア』と付いているのだ。
「アンドロイドエンジニア?」
「そうだよ。知らないの?」
「ここ数年で最大のヒット。見たらとっくに追っかけてる。つまり知らない」
「おばか。美作本社の社員だよ」
「は!?」
麻衣子がとんとんと指差した先には漆原朔也のプロフィールが掲載されていた。
――漆原朔也
日本最高峰にして世界でもトップクラスの『美作アンドロイド大学ボディ開発学部』に首席入学主席卒業。
大学院博士課程修了後二十七歳で美作本社へ入社したが、インターン中にアンドロイドファッション事業を立ち上げ代表取締役となり、美作グループ企業では売上一位となっている
入社わずか一年で三部署のマネージャーとなり、数年もすれば確実に美作グループの役員になるだろうと言われている。
「なにこれ。偉人?」
「伝説級。けどもうタレントだよね。『開発者とは思えない肉体美』って、開発者が脱いで肉体美語る意味が分からないのだが?」
「一応インタビューも載ってるわよ」
グラビアの下にお情けばかりのインタビューも掲載されているが、どれもアンドロイドファッションに関わる記事だった。
本人の発言は『今後はボディと連携できて手軽に個性を付加できるファッションが不可欠』といった開発事業に関するものだ。
アンドロイドの服は繊細で、糸くずがボディ内部に入り込めばエラーを起こす。そのためデフォルトの数種類しかバリエーションが無かったが、ボディと生地に工夫をする事で多様な服を着せる事が可能になった。
これが漆原朔也の名を世界に轟かせた最新のボディで、そのファッションまで手掛けるとして新たな話題を呼んでいる。
しかも人間と兼用できる物らしく、同じ服を着たイケメンアンドロイドとのツーショットも掲載されている。私服や浴衣、果ては水着まで。インタビュアーは開発事業などそっちのけで、それを着こなす漆原朔也本人のルックスやスタイルについて熱弁するばかりだった。
「凄すぎない? ほんとに社員?」
「つーか何で知らないの。インターン求人にバーンと載ってたでしょうが」
「見てないよ。開発部門しかないじゃん」
「まあね。所詮中央なんてアンドロイド素人だし」
美咲の通う美作中央大学は世界有数のアンドロイドメーカー『美作ホールディングス』が経営する美作系列大学だ。
系列の中で最も名が知られているのは天才のみが入学できると言われる美作第三アンドロイド大学だが、中央は一般課程と別にアンドロイド関連授業が存在するだけだ。アンドロイド史やビジネス情報を学ぶだけだ。
開発はアンドロイドの走りとなった医療用補装具の実習はあるが、アンドロイド本体の開発実習は無い。
つまり、美作中央とはアンドロイドは好きだが専門家になるつもりは無い生徒が集まる大学なのだ。美咲もその一人で、開発インターンなどできるわけもないし興味も無かった。だが――
「インターンなら就職せず漆原朔也に会えるじゃん!」
「……まあね。でも漆原朔也って」
「やった! インターン申し込んで来る!」
「こら! 聞け!」
麻衣子が何か叫んでいたが、それも聞かずに美咲は慌ててインターンに付いて調べ即座に応募した。
受かるわけないかと麻衣子は呆れながら笑っていたが、人生何が起こるか分からないものだ。
「インターン通った! しかも漆原朔也の部署!」
「裏口?」
「実力! 待ってろ漆原朔也!」
同じオフィスに入ってしまえばこっちのものだ、と美咲は拳を振り上げ飛び跳ねた。
しかし麻衣子は露骨なため息を吐いてコツコツとカフェのガラステーブルを突いた。
「あんた分かってんの? 漆原朔也って開発第一だからね」
「うん。だから?」
「……何であんたみたいな開発素人が合格したか分かってる?」
「え、優秀だったから?」
「寝言は寝て言え追試常連」
麻衣子はぽいっと小冊子を放り投げた。
それはインターンに関する資料で様々な情報が載っていて、開かれているのは美咲が配属となる開発第一のページだ。
「離職率四十六パーセント。インターン途中離脱率八十二パーセント。離脱理由は過度のストレスからくる体調不良ノイローゼ脱毛等々。漆原朔也目当ての女子は男嫌いになって帰って来る」
「は?」
「開発の花形漆原チーム。別名『若手潰し』チーム!」
「……嘘でしょ?」
「ほんと。一人でも多く入れたいから合格ハードル激低」
「え、あの……」
にやりと麻衣子は笑い、小冊子をぱたんと閉じた。
「ハゲる前に辞めな」
「うそー!」
この日美咲の元に勤務開始に関するメールが届いた。
そして一か月後、先行き不安なインターンが遠慮なく始まることとなる。
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