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第五章 多様変遷

第三十七話 あるべき姿へ(三)

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 天藍は先頭に立ち広場へ向かった。薄珂は立珂を抱っこしてそれに付いて共に壇上に上がる。

「今年も皆が参列してくれたこと嬉しく思う。二度とこの歴史を繰り返さぬよう、皆も語り継いで欲しい。犠牲となった彼等には例年献花を行っているが、今年は特別な贈り物を用意した」

 天藍は立珂を振り向き、さあ、と前へ出るように促した。
 薄珂は立珂を降ろすと、立珂はとととっと壇上の中央へ立つ。

「立珂です! ちっちゃくなったけど『りっかのおみせ』の立珂だよ! おくりものつくりました!」

 立珂は慰霊碑にささげた物と同じ服を広げて見せた。
 国民はそれを見た瞬間にわあっと声を上げ、有翼人が喜んでいる姿も見える。

「服と首飾りと髪飾りだよ! 僕がかんがえたんだけど、作ってくれたのは愛憐ちゃんなんだ。氷いっぱいくれて幸せだよね。だから一緒に作りたかったの。有翼人を助けてくれたから!」
「立珂は蛍宮有翼人に光を当ててくれた。犠牲となった彼らにもこの光を浴びさせてやりたかったがもう叶わない。ならせめて蛍宮有翼人の皆が愛する立珂の品を贈りたいと思った」

 天藍は立珂の前に膝をついた。そして立珂の小さな手を握り祈りを捧げるように頭を下げた。

「素晴らしい品を有難う。この国は未来永劫、お前に恩を返すと誓う」
「……う?」
「これからも仲良くしようねってことだ」
「あ、うん! なかよくしようね!」

 立珂は両手を広げてぴょんとぴょんと飛び跳ねた。国民は皆笑い、立珂ちゃん、と叫び応援してくれている。
 天藍はぎゅっと立珂を抱きしめてから抱き上げ、薄珂の腕の中に立珂を戻してくれた。
 そして天藍は薄珂を見てこくりと頷き、毅然とした姿勢で国民に向き合った。

「聞いてくれ! 今日はもう一つ皆に伝えねばならんことがある」

 立珂の愛らしさに賑わっていた国民だったが、皇太子が見せた真剣なまなざしにしんと静まった。
 天藍は集まった全員を見回して、すうっと大きく息を吸い込んだ。

「今日この時をもって俺は皇太子の座を辞する」

 一瞬の静寂が走り、誰かが「はあ!?」と大きな叫びをあげた。それに続いてどよめきが広がっていく。
 困惑する者にきょとんと首を傾げる者、怪訝そうに眉間にしわを寄せる者――……それはどれも想定していた反応だ。大喜びする人がいないといいなと思っていたが、そういう反応は見られなかった。

「国を出るわけではない。今後は一宮廷職員として国政に尽くす。だが皇太子の号は正当な皇太子へと返そうと思う」

 国民はざわざわとしていた。国を救った英雄ともいえる天藍の転身へのどよめきは当然だ。

(動揺は護栄様がうまいこと利用するだろう。それはいい。問題はこの後だ)

 薄珂は舞台袖に目をやった。そこには式典用の重厚感ある服を着た孔雀がいる。これは立珂の作った服ではない。

(先々代皇の時代まで使われていたという歴代皇太子だけが身に着ける装束。天藍はともかく、宋睿が袖を通さず保管してたのは意外だった)

 宋睿は蛍宮の伝統を重んじることはなかったという。皇族を軽んじる言動もあったらしいが、何故か皇族所縁の品が多く残っていたらしい。
 そのほとんどがかつて後宮とされていた瑠璃宮――宋睿以外は立ち入り禁止だった場所の奥深くにしまわれていたという。それはまるで守っていたかのようだったと紅蘭は語った。

(聞けば聞くほど宋睿の人物像が分からなくなる。どういう人だったんだろう)

 きっとそれは誰にも分からないだろう。既にいない今、過去を振り返ってもどうしようもない――というのが護栄の判断で薄珂もそう思っている。
 けれど護栄がそう切り捨てられたのはその全てを背負う人物がいるからではないだろうか。
 天藍は舞台袖へ向かって頭を下げた。そして、孔雀は静々と歩を進めた。
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