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第一章 獣人隠里

第十七話 迷い

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 移住についての反応は様々だった。
 慶都の両親は不安そうな顔をしつつも感心し、出来る限り協力をすると背を押してくれた。
 金剛は子供二人じゃ危険があると苦言を呈し俯いたが、それを吹き飛ばすように叫んだのは慶都だった。

「俺も蛍宮行く!」
「「「「「え?」」」」」
「俺も行く! 立珂が行くなら俺も行く!」
「駄目よ」
「えー!? なんでだよ!」
「獣化するからよ! 見つかれば軍に連れて行かれるの!」
「しない! しないよ!」
「今までもそう言って我慢できたためしないでしょ!」

 今日もまたお決まりの親子喧嘩が始まった。
 慶都の母は相当獣化が嫌なのか、彼女が獣化した姿は見たことが無い。そうせざるを得ないほど大変な目に遭ったのかもしれないと思うと軽率に慶都の応援はできなかった。
 親子喧嘩はちっとも収まらないが、慶真はこれに参加しなかった。こういう時慶真はどちらの味方をするでもなく眺めていることが多い。

「おじさんは止めないの? 慶都の獣化」
「程度問題ですね。獣化は我慢できないんですよ。本能ですからね」
「それって鷹だけ? 獣人はみんなそうなの?」
「みんなですよ。獣人は獣が人間になるのであって、人間が獣になるわけじゃないんです」

 慶都に視線を戻すと、相変わらず大丈夫だと言い張っている。普段の頻繁な獣化を思えばその言葉が信じられないのも無理はない。
 だが薄珂は慶真の話が最も信じられなかった。

(俺意識しなきゃ獣化できないぞ。気失うと人間になっちゃうし)

 薄珂は獣化を我慢できない理由が分からなかった。獣化したいと思ったことがほとんど無いのだ。父からも必要以上に獣化はするなと言われて育ち、実際獣化したのは数えるほどだ。

(ここって森と全然違うんだよな。有翼人は人間からしか生まれないとか)

 薄珂が物を知らないというのもあるだろうがあまりにも真逆だ。
 医師である孔雀に聞けば分かる事もあるかもしれないが、薄珂が正体を隠してる以上は聞くこともできない。なら無知を装い情報を聞き出すほかない。

「獣化を我慢しすぎるとどうなるの?」
「個人差がありますね。大体は獣に戻る程度ですが獣化異常を起こす人もいますね。意識を保てなかったり倒れたり。なので我慢は良くないんです。白那びゃくな。そのへんにして」
「あなたはまたそうやって甘やかす!」
「そうじゃないよ。誰もが君みたいに我慢できるわけじゃないんだ」

 慶真はようやく立ち上がり親子喧嘩の仲裁に向かった。慶都の母、白那の怒りの矛先は慶真へと移り、慶都はぴゅんっと立珂の元へ走って来た。

「俺も一緒に行くからな! これからもずっと一緒に遊ぶからな!」
「でもおじさんとおばさんがだめって言うならだめだよ……」
「大丈夫だ! 俺は立珂と一緒がいいんだ!」

 立珂はくにゃりと苦笑いをし、抱き着いてくる慶都をぎゅっと抱き返した。
 里を出れば慶都には会えなくなる。安全とお洒落な未来を選ぶのは友達を失うことだ。だから慶都が来てくれるのならこんなに嬉しいことはない。
 だがそれを慶都の両親に頼めはしない。鳥獣人は殺される危険があるというのを知っているからこそ、とても言える事ではなかった。
 結局その日は慶都の蛍宮行きは許可が下りなかった。
 夜になり立珂が睡魔に耐えられなくなっても親子喧嘩は続き、慶真が寝て良いですよと気遣ってくれたので立珂を抱いて自室へと戻った。
 立珂を寝間着に着替えさせて横になるとすぐにぷうぷうと愛らしい寝息を立てた。頬をつんと突くと指にしゃぶりついてくれる。

「腸詰ぇ……」

 この幸せそうな寝顔を失うわけにはいかない。
 安全な土地で生活をしたい。
 だが慶都と離れ離れになるのは嫌だ。
 でももっとお洒落をさせてやりたい。
 悩みは尽きない。森にいた頃とは悩みの質が変わり贅沢だが、薄珂一人では解決できない。

(おじさんに公佗児だって明かそうかな。そうすれば飛んで会いに来れる)

 二度と会えなくなるわけでは無い。会う手段はいくらでもあると分かっていれば立珂の悲しみも少しは減るだろう。
 薄珂はぐっと拳を握りしめ、腕の中で眠る立珂に頬を寄せて眠りについた。
 そして翌日、話をしようと思ったが朝早くから慶真の姿は無かった。慶都もいないようで、いるのは台所で食事の用意をしている白那だけだ。

「おはよう、おばさん。おじさんと慶都は?」
「おはよ。長老様のところよ。長老様って昔は蛍宮にいたのよ。だから話を聞いてみるって。行く前にできるだけ知っておいた方がいいでしょ?」
「……うん。有難う」

 慶都の母はにこりと微笑んでくれたが、薄珂はふいと目を逸らしてしまった。
 薄珂と立珂が移住を言い出さなければ慶都が触発されることはなかっただろう。なのに移住の情報を慶都に与えるなんて不本意であるに違いない。それでも笑顔を見せてくれるのは有難く、同時に申し訳ない気持ちになった。
 そんな薄珂の心境を察したのか、慶都の母は話題を変えるかのようにぽんっと手を叩いた。 

「孔雀先生が診療所の大掃除してるんですって。差し入れ持って行ってくれる?」
「いいよ。立珂。慶都が戻るまでお散歩するか」
「うんっ!」

 ほんの少しの気まずさに背を向けて、立珂を車椅子に乗せ診療所へ向かった。
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