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第五章 多様変遷

第三十三話 偽物(二)

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「お前も知っているのか」
「うん。俺と立珂を育てた人の名前は知ってる? 透珂じゃないよ」
「……薄珂。検死の結果、あの遺体はお前の証言と完全に一致した。残念だが薄立殿は亡くなっている」
「それはそう。でも違うんだ。そうだよね、哉珂」
「ああ」

 哉珂は懐から何かを取り出し薄珂へ渡した。
 それは小刀だった。薄珂が父から貰い、哉珂が何かに気付いたあの小刀だ。

「これは兄弟対の刀なんだよね」
「そうだ。透珂様と薄立様のために作られた物」
「それは半分正解で半分間違ってるみたいなんだ。少なくとも一組ではない」
「何故そんなことが分かる」
「簡単だよ。長老様は薄立から貰ったね。でも俺も父さんから貰ってる。この時点で最低二組存在するってことだ。でもさらにもう一組存在することが分かった」
「な、なんだと。どういうことだ」

 哉珂は再び懐から何かを取り出して薄珂の小刀に並べて見せた。それはそっくりで、完全に同じ形状の物だった。

「こ、これは、まさか透珂様の」
「いいえ。これはある男の遺品です。燈実(とうみ)はご存知ですか、莉雹殿」
「え? え、ええ、あの……透珂様の影武者のお一人です。彼も逃亡したので行方はしれません」
「燈実は俺の華理拠点へ来ました。透珂の異父兄弟である俺の所にいるのではと踏んで。しかし宋睿の追手にやられた怪我が元で病になり、透珂と再会せず亡くなった。俺は死に際の燈実からこれを預かりました」

 哉珂は小刀を抜いた。刃こぼれが激しくとても使い物になりそうにない。

「牙燕将軍。これは透珂と薄立の持ち物ではありません。薄立陣営による暗殺対策の偽装用です。それもごくごく近しい一部からの暗殺対策」
「偽装用……?」
「透珂と薄立は立場上狙われることが多かったそうです。資格が互いの身内である場合もあった。そこで用意されたのがこの刀。暗殺してくる可能性のある者に『この刀を持つのは透珂と薄立のみ』と思わせた。つまりこれを持っているのは影武者のみで、本人は持っていないんです」
「ど、どういうことだ。そんなのは知らん……」
「そこは今関係無いから置いとこう。問題はその影武者自身なんだ。莉雹様。影武者ってどういう人が選ばれたの?」
「二つの条件どちらかに当てはまる者です。一つは公佗児獣人であること。もしくは顔が……顔が、似ていること……」

 はっと莉雹は息を呑んだ。その場の全員がじゃあ、まさか、と口々に驚きを漏らしている。

「まさか、薄珂、お前は」
「俺は父さんと似てた。父さんはこの小刀を持っていた。つまり俺は透珂とよく似た影武者の子で、皇太子でもなんでもないんだよ」
「……偶然手に入れただけかもしれん」
「だったとしても俺が透珂の子ではありえないんだ。これは絶対に」
「何故!」
「年齢だよ。俺は透珂の実子より五、六歳は年上なんだ」
「何? 何を証拠にそんなことを。年齢など知らないだろう」 
「哉珂の話で分かったんだ。まず哉珂は今二十七歳。透珂と会ったのは十五歳の頃だから十二年前だね。その時に『あと数か月で子供が生まれる』って言ったらしい。つまり透珂の実子が生きていれば十二歳。でも俺は十八。年齢が合わないんだ」
「な、な、何っ……」

 牙燕はだらしなく口を開けてがくがくと震えていた。薄珂が透珂の子でなければどんな計画を立てても意味を成さない。こうして全てを明かしてしまった今やり直すことももうできない。
 哉珂は薄珂の隣に立ち、とんっと薄珂の肩を小突いた。

「それに薄立が羽付き狩りなんかで殺されるはずがない。彼にも一度会ったが、とても皮膚の固い公佗児だった。深い森の木々を緩衝材にすれば銃ごときでやられはしない。足手まといがいないなら一人で飛んで逃げたはずだ」
「もしくはあえて死んだか。襲ってた奴らが父さんを透珂だと信じてたなら、そこで死ねば二度と透珂は捜索されない」
「では薄立様は、薄立様、薄立様はどうされたのだ! 何故お前の父は薄立様を名乗った!」
「それは分からないよ。でも薄立の行方は哉珂が知ってる」
「生きておられるのか! どこだ! どこにいらっしゃる!」
「俺は『正当な皇太子』を探して全国を点々としていた。蛍宮に来たのは薄立と条件が一致する者がいたからだ」

 哉珂はこつんと一歩前に出て指を立てた。

「一つ。宋睿の終わりと共に姿を消したこと」

 もう一歩前に出て二本目の指を立てた。

「一つ。逃げるにしろ協力するにしろ、皇族再興を目論む牙燕将軍の動向を把握していること」

 さらにもう一歩前に出ると三本目の指を立て、進行方向の正面にいる人物をじっと見据えた。

「そして最後。公佗児である奴はその生態を把握していること」

 哉珂はこつこつと前へ進んだ。
 そして一人の人物の前で足を止め声をかけた。

「久しぶりだな、薄立」
「……龍鳴?」

 哉珂の示した人物の名を牙燕が呼んだ。
 それは牙燕が長く傍に置き、孔雀と名を改めた龍鳴だった。
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