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第五章 多様変遷

第三十一話 牙燕将軍の見た未来(一)

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 今日は立珂と共に獣人保護区へ遊びに来ていた。
 烙玲と錐漣が野生の獣と共に獣人保護区全域の警備を始めたので様子見だ。

「猫いっぱい! にゃー!」
「猫立珂だ! 可愛い! もっかいやって!」
「にゃー!」

 立珂は慶都と一緒に集まっている野生の猫とじゃれ合っている。
 小動物と暮らしたことのない立珂には新鮮な光景で、ぎゅうぎゅうと猫を抱きしめている。
 獣人の子供たちも野生の獣が増えるのは嬉しいようで、子供たちはどんどん集まって来ていた。

「鼠は嫌がる人もいるから人目に付かない場所を担当させてる。人がいる場所は愛玩動物で」
「うん。いいね。とても警備だとは思わないよ」
「正真正銘ただの猫だからな」

 華理を参考に野生動物の警備を敷いたがこれは大成功だった。
 獣人は野生動物より優れていると思っている者が多い。知能を持ち人間同然の生活ができるからだ。
 しかしその反面野生に及ばないところもあり、その最たる例が警戒心だった。
 人間と共生する獣人は人間を敵と見なさなくなっている。だが野生動物にとっては敵意を持っていれば同族も異種族も全て敵で、常に警戒心を持っている。つまり野生動物を警備に立てるのは警戒心の補填になるのだ。
 しかし言語が異なる野生と意思疎通を図ることはできないのでそれは叶わなかった。
 だが烙玲と錐漣は違う。里の大人たちが言うには、他にも同じ能力を持つ者もいるが明確な会話はできないそうだ。
 ましてや頼みごとができるほどの信頼関係を築くなんて夢のまた夢。まるで異次元の話らしい。
 里の大人は二人を見て感嘆のため息を吐いた。

「さすが牙燕将軍の育てた子らだ。頼もしい」
「ああ。先々代皇の想いも何も無かったことになるかと思ったが、牙燕様がいらっしゃるならそうはならないな」
「何。我らは牙燕様のご意向に沿うだけだ。もはや当時を語れる方は牙燕様だけになってしまった」
「閃里様と莉雹様もいるよ。皇族に仕える家系だったんでしょ?」
「どうだかな。奴らは結局天藍殿に付いた」
「生き延びる策だったのは分かっている。それでも宋睿や天藍に阿るのはあるべき姿ではない」

 閃里と同じことを言われて薄珂は息を呑んだ。
 宋睿が悪者として扱われるのはよく聞くことだが、天藍を敵視する国民はいない。宋睿が優遇した獣人でさえ「天藍様が皇太子になって良かった」という者ばかりだ。天藍を敵視するのは宮廷のごく一部でしかないと思っていた。

(里のみんなが大切なのは長老様なんだな。皇族についてはどう思ってるんだろう)

 これも薄珂の知らないことの一つだ。里の大人は蛍宮の歴史を知り、そして逃げた者だ。
 そんな彼らが薄珂が皇族の生き残りと知ったらどう思うのだろう。
 それを聞くのは怖かった。せっかく立珂を可愛がってくれているのに、権力に目がくらみ利用されるような事態は避けたい。できれば隠し通したい。
 しかし大人たちは長老が遠くで子供たちと話をしているのを確かめると、こそりと薄珂に囁いた。

「お前どうなんだ。透珂様のご遺志を継ぐわけでは無いんだろう?」
「それは――……え!? 俺が透珂の子供って知ってるの!?」
「そりゃあそうさ。よく似てる」
「そんな、なんで何も言わなかったの」
「そりゃ透珂様には言ってやりたいさ。国民を捨てて逃げやがって。けどお前は透珂様じゃない」
「何も知らない子供に罪を背負わせるほど馬鹿じゃねえよ」

 え、と薄珂は思わず背が伸びた。

(みんな透珂を憎んでるのか?)

 薄珂の印象じゃ長老は皇族側の人物だ。その長老に守られた彼らも皇族側で、ならば当然透珂を敬愛するのだろうと思っていた。
 だが里の大人は全員が不愉快そうに透珂の愚痴を言い合っている。

「……じゃあ俺を里に入れるの嫌だったんじゃない?」
「まあな。だから長老様は龍鳴の傍に置いたんだ。俺らの意を汲んでな」
「けどあれは俺達が間違ってたよ。慶都の言葉は効いた」
「慶都?」
「守れるのに守らないのは殺すことだと叫んでいた。それは俺達が透珂様へ抱いた感情と同じ。透珂様と同じことを俺達はしていたんだ」
「蛍宮へ移住しなかったのってそれが理由? 透珂が棄てた国だもんね」
「それは」
「棄てたのではない。一時預けられただけだ」
「が、牙燕様」

 里の大人たちは急にぴしっと背筋を伸ばした。俯き目線をうろつかせ、いかにも「しまった」という顔だ。
 しかしそれをどう言うこともなく、牙燕はじっと薄珂を見据えていた。
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