上 下
317 / 356
第五章 多様変遷

第二十五話 侵入者(一)

しおりを挟む
 華理を出立して数日、船は無事蛍宮へ到着した。
 天藍が帰ってきたわけでは無いので出迎えというほどのものは無いが、立珂を抱っこしている薄珂の元に一人の青年が近づいて来た。

「薄珂、立珂」
「浩然様!」
「はおらんさまー!」
「おかえり。元気そうだね」

 出迎えてくれたのは浩然だ。浩然は真っ直ぐ立珂に歩み寄りぷにっと頬を突くと、ふと何かに気付いたように驚いたような顔をした。

「ぽっぽしてるね。もしかして羽熱?」
「そーなの。とんとんするんだよ。しってる?」
「知ってるよ、よくね。まだ元気と思ってるうちにお昼寝するんだよ。熱を自力で下げるまでが羽熱だから」
「はあい! ぐう!」
「ぐう?」

 立珂はいつかのようにぐうぐうと言いながら薄珂の胸に顔を埋めると、数秒すると本当に眠ってしまった。
 浩然は一瞬だけきょとんとしたが、薄珂と顔を見合わせるとくすくすと穏やかに笑った。

「良いね。立珂は本当に良い成長期だ。他に変わったことはなかった?」
「俺は特に。でも柳さんが付いてきました」
「どうも」

 哉珂は本当に蛍宮まで付いて来てくれた。もちろん本人にも考えるところがあるからだが。

「これはまた予期せぬ方が。華理にいらしたんですか?」
「ええ。しばらくは蛍宮で生活しますよ」
「それじゃあ護栄様に報告しておかないと。あ、そうそう聞いてよ。護栄様が有休使ったんだ」
「え!? 病気ですか!?」
「元気元気。ただそのつけで大忙しだよ。挨拶行くのは三日待ってね。それまでよく休むんだよ」
「はい。有難うございます」

 そう言うと、浩然は立珂を優しく撫でると足早に宮廷へと戻っていった。
 しかし浩然を待っていたのか、我先にと宮廷規定服を着た男性職員が群がり行列になっていく。

「忙しいのにわざわざ教えに来てくれたのかな」
「どうだかな。それより俺は調べることがあるから適当にしてる。護栄殿に挨拶する時は俺も連れて行けよ」
「え? どこに泊まるの? うち来ると思ってたんだけど」
「適当にするって。三日後の朝お前の家行くよ」
「あ、ちょっと!」

 薄珂が引き留めようとするのも待たずに哉珂はひらひらと手を振り何処かへ行ってしまった。

(調べるって透珂のことだよね。俺も手伝った方がいいかな)

 気にならないわけではない。けれど今は父のこともあり、何より立珂が成長期で不安定だ。余計なことに首を突っ込んで迷惑をこうむりたくないというのが本音で。

(まあ哉珂なら大丈夫だよね)

 ふう、と薄珂はため息を吐くと立珂を抱いて久しぶりに二人きりの自宅に戻った。
 それからしばらくは莉雹や侍女など、いつもの顔ぶれに土産を配って回った。大勢が立珂の土産話を求めて集まり、賑やかな時間が続いた。
 そしてようやく三日が経ち、哉珂と共に宮廷へ向かった。

「護栄様ただいま~!」
「お帰りなさい。元気そうですね」
「うん! あ! 孔雀先生だ! せんせー!」
「お帰りなさい。華理はどうでしたか」
「有翼人がいっぱいいた! 森そっくりだった!」
「森?」
「後でまとめて報告するよ。それより天藍から書簡預かってる。ちゃんと哉珂をもてなすようにって」
「聞いていますよ。哉珂殿。離宮をご用意するのでお使い下さい」
「そんな申し訳ない。麗亜がいるならともかく俺一人ですし」
「いいえ。どうぞ使ってやってください。美星、用意を」
「承知致しました」

 美星が行ってしまうと思ったのか、立珂はきゅっと美星の袖を掴んだ。
 成長期をずっと一緒に過ごしてくれているからか、立珂は以前よりも美星に懐いているようだった。美星はすぐに戻ります、と告げると廊下にいた侍女へ何か指示をし始めた。そして約束通りすぐに立珂の側へと戻って来て、抱っこして欲しいとねだる立珂を抱いてくれた。
 まるで親子のような光景に胸が熱くなり、薄珂は立珂を美星に預けると孔雀へ声を掛けた。

「先生、久しぶ――……やつれたね。何してたの?」
「少し立て込んでしまって。医者の不養生とは情けない。薄珂君はもう大丈夫ですか?」
「うん。そのお礼言いたかったんだ。薬作ってくれて有難う」
「希少種は分からないことが多いですからね。何かあればすぐ言うんですよ」
「分かった。有難う、先生」

 孔雀は安心したように微笑んでくれて、いつもと変わらない面々に囲まれて薄珂もほっと一息ついた。
 しかしその時、数名の職員が駆け込んできてちらりと美星を見た。美星はそれだけで何か察したようで、立珂にお昼寝をしましょうかと提案し慶都を伴い露台へ出ていった。それを見届けると職員はささっと護栄の側へ駆け寄って来る。

「護栄様。よろしいでしょうか」
「ええ。どうしました」

 職員は薄珂に背を向けこそこそと耳打ちをし始めた。扉の外は妙にざわついていて、女官は不安そうにおろおろする若い侍女へ「念のため医務室の用意を」と不穏なことを言っている。
 薄珂は不安になり護栄を見ると、にこりと微笑んでくれた。

「少し席を外します。また後で話を聞かせて下さい」
「うん」
「護栄様。私も参りましょう」
「助かります」

 孔雀は急ぎましょうと先行し、護栄はいつも通り落ち着いた足取りで廊下へ出た。
 しかし外に出た途端にばたばたと動き始めた。職員や侍女はともかく、あの護栄が足音を立てて廊下を駆けるのはそれだけで異常事態であることが明らかだった。

「どうしたんだろうな」
「うん……」

 薄珂は廊下の騒ぎ越えに耳をそばだてると、いくつかの会話が聴こえてくる。そしてふいに聞こえた一つの単語に薄珂はぴくりと身体を揺らした。
 小走りで露台の美星に駆け寄り立珂の様子を見ると、ぐっすりと眠っていた、ぷうぷうと寝息を立てている時は大体ぐっすり眠っていてすぐには起きない。

「美星さん。立珂見ててくれる? 俺ちょっと見て来る」
「構いませんが、どうかなさいましたか」
「ちょっとね。慶都」

 慶都は目が合うとすぐに大きく頷いた。その手はしっかりと立珂の手を握りしめている。

「立珂を守れ」
「言われなくても」

 薄珂は美星と慶都に立珂を任せ、獣人保護区を見てみたいという哉珂を連れて宮廷を出た。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

大きくなったら結婚しようと誓った幼馴染が幸せな家庭を築いていた

黒うさぎ
恋愛
「おおきくなったら、ぼくとけっこんしよう!」 幼い頃にした彼との約束。私は彼に相応しい強く、優しい女性になるために己を鍛え磨きぬいた。そして十六年たったある日。私は約束を果たそうと彼の家を訪れた。だが家の中から姿を現したのは、幼女とその母親らしき女性、そして優しく微笑む彼だった。 小説家になろう、カクヨム、ノベルアップ+にも投稿しています。

私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。

木山楽斗
恋愛
伯爵令嬢であるアルティリアは、婚約者からある日突然婚約破棄を告げられた。 彼はアルティリアが上から目線だと批判して、自らの妻として相応しくないと判断したのだ。 それに対して不満を述べたアルティリアだったが、婚約者の意思は固かった。こうして彼女は、理不尽に婚約を破棄されてしまったのである。 そのことに関して、アルティリアは実の父親から責められることになった。 公にはなっていないが、彼女は妾の子であり、家での扱いも悪かったのだ。 そのような環境で父親から責められたアルティリアの我慢は限界であった。伯爵家に必要ない。そう言われたアルティリアは父親に告げた。 「私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。私はそれで構いません」 こうしてアルティリアは、新たなる人生を送ることになった。 彼女は伯爵家のしがらみから解放されて、自由な人生を送ることになったのである。 同時に彼女を虐げていた者達は、その報いを受けることになった。彼らはアルティリアだけではなく様々な人から恨みを買っており、その立場というものは盤石なものではなかったのだ。

所詮は他人事と言われたので他人になります!婚約者も親友も見捨てることにした私は好きに生きます!

ユウ
恋愛
辺境伯爵令嬢のリーゼロッテは幼馴染と婚約者に悩まされてきた。 幼馴染で親友であるアグネスは侯爵令嬢であり王太子殿下の婚約者ということもあり幼少期から王命によりサポートを頼まれていた。 婚約者である伯爵家の令息は従妹であるアグネスを大事にするあまり、婚約者であるサリオンも優先するのはアグネスだった。 王太子妃になるアグネスを優先することを了承ていたし、大事な友人と婚約者を愛していたし、尊敬もしていた。 しかしその関係に亀裂が生じたのは一人の女子生徒によるものだった。 貴族でもない平民の少女が特待生としてに入り王太子殿下と懇意だったことでアグネスはきつく当たり、婚約者も同調したのだが、相手は平民の少女。 遠回しに二人を注意するも‥ 「所詮あなたは他人だもの!」 「部外者がしゃしゃりでるな!」 十年以上も尽くしてきた二人の心のない言葉に愛想を尽かしたのだ。 「所詮私は他人でしかないので本当の赤の他人になりましょう」 関係を断ったリーゼロッテは国を出て隣国で生きていくことを決めたのだが… 一方リーゼロッテが学園から姿を消したことで二人は王家からも責められ、孤立してしまうのだった。 なんとか学園に連れ戻そうと試みるのだが…

こういうのを書いてみたい(思案)

クマクマ
ファンタジー
設定だけ書いてみた

【完結】あなたの色に染める〜無色の私が聖女になるまで〜

白崎りか
恋愛
色なしのアリアには、従兄のギルベルトが全てだった。 「ギルベルト様は私の婚約者よ! 近づかないで。色なしのくせに!」 (お兄様の婚約者に嫌われてしまった。もう、お兄様には会えないの? 私はかわいそうな「妹」でしかないから) ギルベルトと距離を置こうとすると、彼は「一緒に暮らそう」と言いだした。 「婚約者に愛情などない。大切なのは、アリアだけだ」  色なしは魔力がないはずなのに、アリアは魔法が使えることが分かった。 糸を染める魔法だ。染めた糸で刺繍したハンカチは、不思議な力を持っていた。 「こんな魔法は初めてだ」 薔薇の迷路で出会った王子は、アリアに手を差し伸べる。 「今のままでいいの? これは君にとって良い機会だよ」 アリアは魔法の力で聖女になる。 ※小説家になろう様にも投稿しています。

今さら、私に構わないでください

ましゅぺちーの
恋愛
愛する夫が恋をした。 彼を愛していたから、彼女を側妃に迎えるように進言した。 愛し合う二人の前では私は悪役。 幸せそうに微笑み合う二人を見て、私は彼への愛を捨てた。 しかし、夫からの愛を完全に諦めるようになると、彼の態度が少しずつ変化していって……? タイトル変更しました。

身代わりで嫁いだお相手は女嫌いの商人貴族でした

今泉 香耶
恋愛
全37話。アメリア・ナーシェ・ヒルシュは子爵令嬢で、双子の妹だ。 ヒルシュ家には「双子が生まれれば片方は殺す」という習わしがあったもの、占い師の「その子はのちに金になるので生かしておいた方が良い」というアドバイスにより、離れに軟禁状態で飼い殺しにされていた。 子爵家であるが血統は国で唯一無二の歴史を誇るヒルシュ家。しかし、そのヒルシュ家の財力は衰えていた。 そんな折、姉のカミラがバルツァー侯爵であるアウグストから求婚をされ、身代わりに彼女が差し出される。 アウグストは商才に長けていたが先代の愛妾の息子で、人々にはその生まれを陰で笑われていた。 財力があるがゆえに近寄って来る女たちも多く、すっかり女嫌いになった彼は、金で「貴族の血統」を買おうと、ヒルシュ家に婚姻を迫ったのだ。 そんな彼の元に、カミラの代わりに差し出されたアメリアは……。 ※こちら、ベリーズカフェ様にも投稿しております。

噂好きのローレッタ

水谷繭
恋愛
公爵令嬢リディアの婚約者は、レフィオル王国の第一王子アデルバート殿下だ。しかし、彼はリディアに冷たく、最近は小動物のように愛らしい男爵令嬢フィオナのほうばかり気にかけている。 ついには殿下とフィオナがつき合っているのではないかという噂まで耳にしたリディアは、婚約解消を申し出ることに。しかし、アデルバートは全く納得していないようで……。 ※二部以降雰囲気が変わるので、ご注意ください。少し後味悪いかもしれません(主人公はハピエンです) ※小説家になろうにも掲載しています ◆表紙画像はGirly Dropさんからお借りしました (旧題:婚約者は愛らしい男爵令嬢さんのほうがお好きなようなので、婚約解消を申し出てみました)

処理中です...