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第五章 多様変遷

第二十三話 麗亜の知る過去(一)

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 朝になり、哉珂が天幕まで迎えに来てくれた。
 立珂には長い仕事の話になるから服を作って待っててくれと言って響玄へ預けた。もちろん慶都と美星も傍にいてくれるので安心だ。立珂が「早く帰って来てね」と寂しそうな顔をするので後ろ髪を引かれたが今日ばかりは哉珂との約束を優先した。
 しかし告げられた行先は遠くなかった。なんと立珂たちが服作りをする哉珂の店の二階で、会談相手である重要人物は薄珂もよく知る人物だった。

「やあ。いらっしゃい」
「麗亜様!」

 扉を開けると、優雅に茶を飲んでいたのは明恭第一皇子の麗亜だった。
 麗亜はどうぞと向かい側の椅子を勧めてくれたので着席すると、哉珂は少し離れた場所に追いやられていた椅子を持ちより座った。

「こんなすぐ上にいたんだね」
「ここは私の店なんですよ。経営は哉珂に任せてますがね」
「麗亜様の? でもここ服飾だよね」
「隠れ蓑ですよ。目的は羽根の輸入元探しです。皇子だとやりにくいので一般商人の朱(しゅう)を名乗っています」
「商人?」

 麗亜はええ、と言ってにこりと微笑んだ。しかしその言葉に薄珂は引っかかりを覚えた。

(変だな。公吠伝を読む限り明恭の羽根輸入手段は武力交渉の方が多い)

 明恭現皇である公吠は名の知れた武人だったらしく、その活躍ぶりは物語になり語り継がれているほどだ。薄珂は里で長老にその本を借りたことがあり、内容の七割は戦争や軍事についてだった。時代が現在へ移り変わってきたあたりには小売りもを含めた外交の話になるが、それでも公吠の決め手は武力による解決が多かった。

(公吠様の軍事力は護栄様ですら輸出入契約で身を守るしかない脅威だ。それが何で今更商売に? それとも護栄様を敵に回さないための妥協策?)

 些細な方向転換なのかもしれない。歴史の移り変わりとはそうしたものだと言われればそんな気もするが、薄珂はどうにもしっくりこなかった。
 じっと麗亜を見つめてみるが、やはりにこりと微笑むだけだった。

「明恭の都合は一先ず置いておきましょう。お話をうかがいますよ。芋づる式に私の話も終わるでしょうし」
「それじゃあ、華理の歴史について知りたいんだけど分かる?」
「ええ。といっても語るほどのものがない国です。大きな戦乱も種族間摩擦もありません。ただそれは政治力ではなく、たまたま侵略されにくい地形で三種族の人口が均等だっただけの話。そのつけが今押し寄せてます」
「羽付き狩りの難民だよね」
「そうです。戦乱経験がないので難民をどうすれば良いか分からず手を焼いてるようです。天藍殿への協力依頼は羽付き狩りの収束ではなく難民受け入れ」
「けど華理って土地広いよね。置いてあげればいいんじゃないの?」
「広いだけなんですよ。華理は農業と畜産だけで、蛍宮や明恭のような工業施設が無い。無料配布するほどの備蓄が無いんです」
「嘘でしょ。それでよく明恭と二大勢力になれたね」
「それは父より以前の時代の話です。明恭が武力一本で政治的交渉力が弱かったので対等だっただけ。華理が優れていたわけじゃないんですよ。特に今は護栄殿がいる。今回の協力依頼でどう転ぶか」
「護栄様は孤児難民大歓迎だしね」
「彼の優しさには裏があることくらい万人が知っていますよ。でも今回鍵を握るのは護栄殿ではないと思っています。そうでしょう?」
「政治の話は俺には分からないよ。それにまだ確かめなきゃいけないことがある」

 麗亜はくすっと笑みを浮かべて小さく頷いた。
 その反応を確認すると、薄珂は視線を哉珂へと移した。

「哉珂の話次第で俺の身の振り方が変わる」
「ようやく出番か」

 哉珂はがたんと椅子を引いて薄珂と麗亜に少しだけ近付いた。
 麗亜と一瞬視線を交えると、薄珂に身体を向けてすうっと息を吸い込んでから口を開いた。

「改めて名乗ろう。俺は柳哉珂。透珂の異父兄弟だ」
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