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第五章 多様変遷
第二十二話 華理国主、勝峰(二)
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宮廷への扉をくぐると美星が出迎えてくれた。他にも侍女が数名立ち並び、美星が自慢げに立珂を紹介すると侍女は皆立珂をもてはやしてくれた。持ち前の愛嬌で侍女を魅了した立珂は、後であそんでね、と約束をしている。
歩きながら多くの職員が歓迎の言葉をかけてくれて、蛍宮とはまた違う柔らかな雰囲気だった。
そして案内されたのは食事の用意がされた広間だった。しかし蛍宮とは様式が全く違っていた。国主と思われる立派な服装の男を中心に、侍女やその他職員も皆床に座っているのだ。蛍宮では机と椅子があり、皆椅子に腰かける。
一体どうするのが正解の礼儀作法なのか分からずにいると、美星がこそっと耳打ちをしてくれる。
「華理は有翼人の羽の重みを踏まえ、床に座るのが礼儀とされています」
「え、そうなの?」
これはとても有難いことだった。立珂は長時間を椅子に座っているのはとてもつらいのだ。とくに幅の狭い一人用の椅子では羽が零れ落ちて体の重心がぐらぐらと揺れてしまう。気を抜けば椅子から転げ落ち、そのため薄珂が膝の上に乗せるのが常だった。
だが全員床に座るのが礼儀なら、立珂も着席に苦労することもない。そしてそれは全有翼人がそうだろう。
(特定の誰かを特別扱いするんじゃなくて全員同じようにする。これなら差別にも贔屓にもならない。すごいな)
中心に座っていた男は立ち上がることもせず、こちらへ、と近くの座布団を示してくれたので全員が床に座ると軽く頭を下げてくれる。
「華理国主の勝峰(しょんふぉん)です。よく来て下さいました」
「天一店主、響玄と申します。これは従業員の薄珂と立珂」
「噂は聞いています。まだ若いのに素晴らしい才をお持ちだとか」
「恐れ入ります」
「さあ、気構えずくつろいでください。腸詰も揃えております」
「わあい! ちょうづめ!」
「立珂。有難うございます、だ」
「んにゃ! ありがとうございます!」
「ははは。良いですよ。さあどうぞ」
各自の前に料理が並べられた。立珂には侍女が腸詰が大量に乗った皿を出してくれて、お好きなだけどうぞと言ってくれている。
あまりにも多種多様に大量で申し訳なく感じていると、哉珂が小声で教えてくれた。
「立珂だから特別というわけじゃない。腸詰は有翼人の必需品。大量に並べるのが当然とされている」
「……凄いね」
蛍宮ではしばしば食の偏りを指摘され、薄珂と立珂を快く思わない者からは腸詰ばかりを欲しがるのを子供だと馬鹿にされることもあった。
だがこれが当然だとされているのなら有翼人は我慢せずにいられる。至れり尽くせりのように思えたが、これが当然だとするとこんなに心地良い国はないだろう。
ほうっと感心し勝峰を見ると、目が合いにこりと微笑んでくれる。
「立珂殿の評判は聞いているよ。君達はどういった経緯で響玄殿の元に?」
「私が来てくれ頼んだのです。立珂の服は有翼人国民の支えとなっている。だが宮廷ではどうしても外交に留まります。ならば有翼人保護区区長である私の下で国民へ広めてほしいと」
薄珂と立珂の経緯については一部伏せることになっていた。
金剛逮捕の件は孔雀の、有翼人保護区設立は響玄の功績となった。だがそのどちらも大元にいるのは薄珂と立珂で、その二人は立珂の羽根と服を持って表舞台へと出てしまった。それがかつての皇族の子ともなれば何に利用されるか分からない。
なのでここでは『響玄が見出した優秀な子』とすることにしたのだ。多少有翼人保護区に関わっていることは知られているが、その全ては響玄の指導としている。
「国政にも助力なさっていると聞きましたが」
「ええ。薄珂が護栄様と商談を継続しています」
「護栄様? 護栄様と直接ですか?」
「ええ。薄珂の才を見込んでくださり、今は宮廷臨時職員として教育を受けています」
「なんと……」
勝峰は驚き目を丸くすると哉珂を見た。哉珂はにこりと微笑み大きく頷いている。
「二人とも素晴らしい才です。既に立珂の服は入荷要望が多く、先んじて俺が生産を始めています」
「貴殿がか。それは凄い。立珂様、必要なものがあれば遠慮なくおっしゃって下さい。何でも用意しましょう」
「いいの!? それじゃあ、服を着せてかざる人形と、有翼人で羽がおおきい女の子にも売るのきょうりょくしてほしい!」
「とても具体的ですね。それはまたどうして」
「みばえよくしたいから! 通りすがりで見てもらうには美月ちゃんみたいにはなやかなのがいいの。あ、でもおかあさんの人にもいてほしいなあ。薄珂の商品はおかあさん用なんだよ」
「薄珂様も服をお作りに?」
「いいえ。手押し車とかおむつの日用品です。といっても口を動かすだけで作ってるのは宮廷御用達服飾店の『蒼玉』なんですけど」
「きゅ、宮廷御用達ですか」
「はい。立珂の店で販売員をしてくれてる美月が『蒼玉』の娘なんです」
「……ほお」
「有翼人に需要があるのは立珂の品ですが、総売上でみれば薄珂の方が格段に上です。何しろ購入者母数が多い。有翼人の家族と、獣人や人間の一般も使える便利な品なので」
「おかーさんたちがみんな薄珂のをつかってるの!」
「それは、すごいことだ……」
勝峰は完全に目の色を変え薄珂をじっと見つめてきた。
実を言えば、これが薄珂の狙っていたことだった。立珂の発案力は欲目無しに見ても価値があり、だからこそ蛍宮では立珂自身が有名になってしまった。商品よりも立珂の名前が独り歩きしているほどだ。つまり立珂の思うままにしていくとそれなりの権力に巻き込まれてしまうのだ。
しかし『立珂の成功は薄珂の力だ』とできれば、権力抗争は薄珂のところで舵が取れる。実際、勝峰の興味は薄珂に向いているようだった。
歩きながら多くの職員が歓迎の言葉をかけてくれて、蛍宮とはまた違う柔らかな雰囲気だった。
そして案内されたのは食事の用意がされた広間だった。しかし蛍宮とは様式が全く違っていた。国主と思われる立派な服装の男を中心に、侍女やその他職員も皆床に座っているのだ。蛍宮では机と椅子があり、皆椅子に腰かける。
一体どうするのが正解の礼儀作法なのか分からずにいると、美星がこそっと耳打ちをしてくれる。
「華理は有翼人の羽の重みを踏まえ、床に座るのが礼儀とされています」
「え、そうなの?」
これはとても有難いことだった。立珂は長時間を椅子に座っているのはとてもつらいのだ。とくに幅の狭い一人用の椅子では羽が零れ落ちて体の重心がぐらぐらと揺れてしまう。気を抜けば椅子から転げ落ち、そのため薄珂が膝の上に乗せるのが常だった。
だが全員床に座るのが礼儀なら、立珂も着席に苦労することもない。そしてそれは全有翼人がそうだろう。
(特定の誰かを特別扱いするんじゃなくて全員同じようにする。これなら差別にも贔屓にもならない。すごいな)
中心に座っていた男は立ち上がることもせず、こちらへ、と近くの座布団を示してくれたので全員が床に座ると軽く頭を下げてくれる。
「華理国主の勝峰(しょんふぉん)です。よく来て下さいました」
「天一店主、響玄と申します。これは従業員の薄珂と立珂」
「噂は聞いています。まだ若いのに素晴らしい才をお持ちだとか」
「恐れ入ります」
「さあ、気構えずくつろいでください。腸詰も揃えております」
「わあい! ちょうづめ!」
「立珂。有難うございます、だ」
「んにゃ! ありがとうございます!」
「ははは。良いですよ。さあどうぞ」
各自の前に料理が並べられた。立珂には侍女が腸詰が大量に乗った皿を出してくれて、お好きなだけどうぞと言ってくれている。
あまりにも多種多様に大量で申し訳なく感じていると、哉珂が小声で教えてくれた。
「立珂だから特別というわけじゃない。腸詰は有翼人の必需品。大量に並べるのが当然とされている」
「……凄いね」
蛍宮ではしばしば食の偏りを指摘され、薄珂と立珂を快く思わない者からは腸詰ばかりを欲しがるのを子供だと馬鹿にされることもあった。
だがこれが当然だとされているのなら有翼人は我慢せずにいられる。至れり尽くせりのように思えたが、これが当然だとするとこんなに心地良い国はないだろう。
ほうっと感心し勝峰を見ると、目が合いにこりと微笑んでくれる。
「立珂殿の評判は聞いているよ。君達はどういった経緯で響玄殿の元に?」
「私が来てくれ頼んだのです。立珂の服は有翼人国民の支えとなっている。だが宮廷ではどうしても外交に留まります。ならば有翼人保護区区長である私の下で国民へ広めてほしいと」
薄珂と立珂の経緯については一部伏せることになっていた。
金剛逮捕の件は孔雀の、有翼人保護区設立は響玄の功績となった。だがそのどちらも大元にいるのは薄珂と立珂で、その二人は立珂の羽根と服を持って表舞台へと出てしまった。それがかつての皇族の子ともなれば何に利用されるか分からない。
なのでここでは『響玄が見出した優秀な子』とすることにしたのだ。多少有翼人保護区に関わっていることは知られているが、その全ては響玄の指導としている。
「国政にも助力なさっていると聞きましたが」
「ええ。薄珂が護栄様と商談を継続しています」
「護栄様? 護栄様と直接ですか?」
「ええ。薄珂の才を見込んでくださり、今は宮廷臨時職員として教育を受けています」
「なんと……」
勝峰は驚き目を丸くすると哉珂を見た。哉珂はにこりと微笑み大きく頷いている。
「二人とも素晴らしい才です。既に立珂の服は入荷要望が多く、先んじて俺が生産を始めています」
「貴殿がか。それは凄い。立珂様、必要なものがあれば遠慮なくおっしゃって下さい。何でも用意しましょう」
「いいの!? それじゃあ、服を着せてかざる人形と、有翼人で羽がおおきい女の子にも売るのきょうりょくしてほしい!」
「とても具体的ですね。それはまたどうして」
「みばえよくしたいから! 通りすがりで見てもらうには美月ちゃんみたいにはなやかなのがいいの。あ、でもおかあさんの人にもいてほしいなあ。薄珂の商品はおかあさん用なんだよ」
「薄珂様も服をお作りに?」
「いいえ。手押し車とかおむつの日用品です。といっても口を動かすだけで作ってるのは宮廷御用達服飾店の『蒼玉』なんですけど」
「きゅ、宮廷御用達ですか」
「はい。立珂の店で販売員をしてくれてる美月が『蒼玉』の娘なんです」
「……ほお」
「有翼人に需要があるのは立珂の品ですが、総売上でみれば薄珂の方が格段に上です。何しろ購入者母数が多い。有翼人の家族と、獣人や人間の一般も使える便利な品なので」
「おかーさんたちがみんな薄珂のをつかってるの!」
「それは、すごいことだ……」
勝峰は完全に目の色を変え薄珂をじっと見つめてきた。
実を言えば、これが薄珂の狙っていたことだった。立珂の発案力は欲目無しに見ても価値があり、だからこそ蛍宮では立珂自身が有名になってしまった。商品よりも立珂の名前が独り歩きしているほどだ。つまり立珂の思うままにしていくとそれなりの権力に巻き込まれてしまうのだ。
しかし『立珂の成功は薄珂の力だ』とできれば、権力抗争は薄珂のところで舵が取れる。実際、勝峰の興味は薄珂に向いているようだった。
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