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第五章 多様変遷

第二十話 先進国(二)

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 哉珂は草むらに布を敷いて座る場所を確保し、薄珂は立珂と慶都の選んだ食べ物を買うと四人で食事を始めた。
 立珂はいち早く腸詰へ手を伸ばし、薄珂が食べさせるまでもなくぱくりとかぶりついた。

「おいしー!」
「よかったな! 色んな腸詰あって!」
「うん! ここ腸詰屋さんいっぱいある!」
「そういやそうだね。他の料理より腸詰が多い」
「そりゃ当然だ。有翼人がいるからとにかく売れる」
「それ何で? 有翼人てみんな腸詰好きなんだよね」
「みんなっていうか、肉食の血を引いてる有翼人だな。内臓の腸みたいだろ? 狩りしてる気分になるんだよ」
「え゛」

 薄珂は思わず立珂を見た。立珂は食事の仕方が汚いわけではない。莉雹に礼儀作法を習うようになってからはより美しい所作になった。
 だが腸詰だけは別だ。親しい人しかいない時は我慢できず素手で掴むこともあった。
 別にそれがどうとも思わなかったが、そう言われて見ると美味しいというより楽しくはしゃいでいるように見える。口に含んでから咀嚼するのではなく、必ずがぶりと噛みつき千切ってから食べる。それはまるで千切ることが目的のようにも思えた。

「これは食欲じゃなくて本能を満たしてるんだ。本能制御できない鳥獣人は生き物に噛みつくが、有翼人はその代わりに腸詰を食べる」
「そ、そうなんだ……」
「有翼人は鳥獣人の欠陥が別の形で現れてるんだ。進化だな。だからどんどん食べさせるといい。じゃないと精神に負荷がかかって羽が濁る」
「立珂! 好きなだけ食べろ!」
「もぐもぐもぐぅ!」

 立珂の前に腸詰を並べてやるとどんどん食べていく。成長期でよく食べるようになったのも、森ではできなかった狩り、すなわち腸詰を食べるということをやり尽くしているのだろう。
 立珂としては甘やかしてもらっているだけなのか、ひたすらきゃあきゃあはしゃぎながら食べている。
 愛らしいその様子を見つめて幸福を噛みしめていたが、後ろから女性の声がした。振り向くと、そこにいたのは人間の姿の女性で、腕には立珂と同じくらいの有翼人の少女がそわそわして立っている。

「あの、ちょっといいかしら」
「あ、すみません。うるさかったですね」
「とんでもない。子供は元気に遊ぶのが仕事よ。実はその有翼人の子の服について聞きたくて。うちの娘も有翼人なんだけど」
「そんなお洒落なの華理じゃ見たことないわ! どこで売ってるの!?」
「ああ。これは」
「これはぼくがうってるよ!」
「え? 君が?」

 立珂はきらんと目を輝かせ、腸詰を放り出して立ち上がった。くるんと回って見せると、少女も同じように目を輝かせている。

「いいなあ! 私もほしい! これ買えるの!?」
「うん! 薄珂! 薄珂!」
「ああ。ちょっと待ってくれ」


 薄珂は背負ってきた鞄を引き寄せ中身を取り出した。それは『りっかのおみせ』の商品で、哉珂が持っていけと言った貴重品だ。
 ずらりと並べると、立珂は少女の容姿をじっと見つめて幾つかの服を手前に引き寄せた。

「羽が細身だからふんわりした服がつり合いが良いかもしれないね。薄い桃色してるから服は濃い方が良いと思うんだけど、今持ってるのだと色味が合わないと思うんだよね。ちょっと系統が違うけどこっちの桃色はいいかも。これとか」
「すごーい! とってもくわしいのね!」
「お洒落がすきなんだ! かみのけも色薄くてふんわりしてるから濃くて重めの髪飾り付けると引き締まるとおもう!」

 立珂は少女の身体にこれはどうかな、こうしたらどうかな、と語り始めた。少女も嬉しいようで、この色も素敵だわ、と大きな声で叫び続けている。次第に周りの有翼人達も興味を持ったようで、ちらちらとこちらの様子をうかがっていた。
 しかし少女の母親だけは不安そうな顔をして薄珂にひそりと小声でたずねてきた。

「あ、あの、ごめんなさい。おいくらなのかしら。凄く良い商品よね」

 立珂の服は宮廷品質だ。本当なら一般家庭では手に入らない生地ばかりで不安になるのも無理はない。
 けれど薄珂と立珂の目的は金儲けではない。ここでも提供金額は同じだ。

「どれも一つ羽根一枚で交換してます。お金なら五着で銅一なんですけど、羽根の方が助かります」
「羽根? 羽根って背中に生えてるこれ? 大損じゃないの?」
「ちょっと事情があって。もちろんお金でもいいですよ」
「いえ、いいならぜひ羽根で。どうぞ」

 母親は娘の背に手を突っ込むと抜く場所を探し始めた。探り当てて引き抜いたのは上下二段で密着して生えている羽根だった。
 有翼人の羽根は間引かないと増え続けるのでこうして定期的に抜くのだが、その場所は熟考する必要がある。一か所から抜くと重さが偏り見目が悪くなるからだ。そのため立珂も全体が綺麗に見えるよう場所を選んで抜くが、母親も慣れた手つきで娘が買おうとしている着数分を抜いていく。きっといつも抜いているから分かっているのだろう。

「あの。俺たち蛍宮から来たんですけど、華理じゃ羽根を間引くのは知られてるんですか?」
「もちろんよ。出産する時に病院で講習があるもの」
「講習? じゃあ汗疹は? 薬代だけでも結構かかりますよね」
「それも講習で習うわ。薬は病院で診察受ける時に無料で貰えるの。薬局で買うこともできるけど、保険がきくからどのみち安いわ。銅一で三か月分てとこかしら」
「保険? へえ。すごい制度があるんですね」
「生きるのに必要だから当然じゃない。羽根、これでいいかしら」
「あ、はい。有難うございます」

 母親は何でもないことのように言い、当然と言い切ることは薄珂に衝撃を与えた。
 蛍宮では羽の重さで歩けず皮膚炎に悩む者はまだまだ多い。それどころか迫害を忘れられず引きこもる者が多いので会うことすらままならない。有翼人保護区ができあがりようやく一部の交流が活発になったが、それでも情報交換は国民各自の積極性に頼っている状況だ。

(出産時に講習するなら確実に正しい知識が伝わる。これは男の護栄様じゃ気付けないかも)

 森から出たばかりの薄珂と立珂には蛍宮の生活はとても眩しく満足できるものだった。
 だが今それが揺らぎ始めた。立珂は笑顔ではしゃぎまわっているが、こうなれるまでに色々あった。十六年間歩くことができずにいたのに、華理に生まれていたら満足な十六年間を送れただろう。
 立珂を見ると少女だけでなく、いつの間にか他の有翼人も集まり輪ができている。持ってきた数着の服は既に完売していて、その料金分の羽根は慶都がしっかりと回収している。
 どくどくと薄珂の胸は大きな音を立て始めた。何かが変わり始める、そんな予感を告げていた。
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