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第五章 多様変遷

第十七話 混沌(二)

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「目的が金剛というのは嘘じゃない。俺は涼音様を探しているんだ。象獣人なら知ってるんじゃないかと思ってな」
「涼音を? 知り合いなの?」
「いいや。だが国を預かる者なら誰でも探す。象獣人の姫はそれほど価値のある存在なんだ。本人達の攻撃力もだが、象というだけで多くの獣人が従う。そうなれば巨大な軍隊を作ることもできてしまう。金剛を見れば分かるだろう」
「そうだね。それに――……」

 薄珂は途端に何かがしっくりきた。それは辻褄の合わない金剛の行動だ。売り飛ばすと言いながら売る算段は杜撰で、黒曜という未熟な者と手を組んだ。一度掴まったうえ、天藍と護栄の庇護があると分かった以上は逃げるのが普通だ。

(涼音と通じてるってのは的を得てるかもしれない。金剛の目的は俺を売ることじゃなかった。立珂の買い手が付かないとか言ってたけど、あれは立珂を涼音側に連れていく準備ができてなかったのかもしれない)

 これまで薄珂と立珂が狙われる理由は公佗児と純白の羽根が理由だと思っていた。しかし意味があるのは公佗児ではなく皇族の血筋であり、それがたまたま公佗児だっただけなら立珂が必要な理由もそれである可能性は高い。

「何としても見つけたい。妙な奴に利用される前にお守りしなくては」
「え? 守るの? 利用するんじゃなくて?」
「馬鹿を言うな! 強力な獣種だからといって利用されて良いわけがない! どこかの国に捕まればまた利用される。かつて宋睿がそうしたように!」

 天藍はぶるぶると震えた。強力な軍隊にするため利用したいのかと思ったが、それとは真逆だ。しかしそれはさらに違和感を増した。

(それなら尚更護栄様に動いてもらうべきだ。何で単独行動を……)

 ぎりぎりと天藍は唇を強く噛んでいた。特殊な獣種だから利用するというのは天藍が最も嫌う理由で、だから先代皇を討ったのだ。
 しかしその天藍は一人で動いた。目的のために護栄の傍を離れるというのはとても覚えがあった。
 それはまさに今、薄珂が選んだ行動だ。

「……そっか。護栄様は涼音を利用するつもりだね。天藍は護栄様から守りたかったんだ」

 立珂を守るため護栄から距離を取る。それは護栄の目的が自分と反するからだ。護栄の知略に敵わないのなら物理的に距離を取るのが一番早い。
 護栄はまた呆れたようにため息を吐き、椅子の背に深くもたれた。

「その通りです。象獣人の姫などいるだけで戦争の火種。殿下が何を言おうとこれだけは駄目です」
「そっか。なら俺が言っておきたいのは一つだけだよ」

 薄珂は立ち上がり天藍に向けて両手を広げた。

「ん」
「な、なんだ?」
「ぎゅーってするんだよ。ん」
「お、おお」

 唐突なことに混乱したのか、天藍は恥ずかしそうに首を傾げながら薄珂を抱きしめにきた。
 しかし今この場で薄珂の目的は色恋ではない。薄珂は腕だけ獣化させ振り回した。天藍は激しく驚きよろめいて、今度はつま先だけを獣化させ公佗児の爪を出すと天藍の背に突きつけた。

「は、薄珂!?」

 天藍は驚き薄珂を見上げようとしたが、護栄は驚きもせずただため息を吐いている。

「立珂は涼音に瓜二つらしいね。立珂を利用するなら天藍といえども容赦はしない」
「……分かってますよ。ただあなた方を東へ連れて行くのは難しい。せめて羽付き狩が完全に沈静化してからじゃなければ危険です。羽付き狩りの調査に協力してもらえればいずれ手配はしますよ」
「そう。ならそれでいいよ」
「有難う御座います。ではまた業務時間に聞かせて下さい。殿下も仕事へ戻って下さい」
「お、おお……」

 天藍はのそのそと立ち上がり、護栄はてきぱきと書類をかき集める扉へ向かった。廊下に出ようと扉へ手を掛けたが、薄珂はそこで声を掛けた。

「そうだ、護栄様」
「何です?」
「俺も人を狂わせることにしたよ」

 ここにきて護栄はようやく驚き目を丸くした。勢いよく振り返り、ひゅうっと息を呑むとしわになるほど強く書類を握りしめている。

「あなたが恨まれては立珂殿が悲しみますよ」
「そんなやり方はしないよ。俺は護栄様みたいに優しくないからね」

 にこりと薄珂は微笑んだ。天藍は訳が分からないというような顔をしている。

「選ばせる。俺と立珂を」

 護栄はそうですか、と小さく零すと部屋を出た。天藍だけがきょとんとしていて、薄珂はそれがとても嬉しいことのように思えていた。
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