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第五章 多様変遷

第十六話 響玄の秘めた真実(二)

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「何故あそこを獣人『保護区』というか分かるか? 北区南区のように区ではなく『保護』とした理由だ」
「本能のままに生きるためじゃないの?」
「有翼人保護区はそうだな。だが先代皇は獣人優位で国民の大半が獣人だった。国内どこでも本能のままで良いだろう。だが一部の獣人を何かから守る必要があったんだ。何だか分かるか?」
「……そうか! 先代皇と先々代皇は敵同士だった!」
「そうだ。先代皇は獣人であっても先々代皇に従う者は殺せと言った。だが先々代は皇位も宮廷も全て渡すから国民だけは助けてくれと懇願し受諾された。そして保護された先が『獣人保護区』と名付けられたんだ」
「へえ……」

 てっきり国民を想いやっての政策と思っていただけに虚を突かれた。
 保護と言えば聞こえはいいが、それはまるで追いやり迫害しているように思える。しかも同種族内でとなると、生態などどうにもならないことが理由でもない。ただ考え方が違うというだけで、完全な私情だ。
 そうなると、立珂主催の食事会で聞いた護栄の言葉の意味がようやく分かってくる。『決して分断や政治的対立を示すものではありません』と護栄は言ったのだ。

(政治的に重要な場所だから閃里様達は有翼人保護区を警戒してたのか。あれ? 閃里様って獣人保護区の区長だよな。何で天藍の味方をした閃里様が区長なんだろう。年齢的に初代ではないだろうし)

 外見年齢で言うなら天藍とそう変わらないだろう。獣人保護区設立当時という先々代皇の時代にはまだ子供だったはずだ。ならば先代から後を継いだということになる。しかし薄珂はそんな昔の話は知らない。

(……浩然様は『あの二人は昔からああなんだ』って言ってたな)

 何かしっくりこなかった。流れだけ見れば別に不思議はないのだろう。業務の担当が変わることなど珍しくは無いし、年齢により世代交代なんて当然だ。
 だがとても違和感があった。さらりと流せない程度には薄珂の胸に何かが引っかかり考え込むが、響玄にぽんっと背を叩かれ現実に引き戻される。

「気にするな。お前は立珂のことだけ考えていれば良い」
「もちろんそのつもりだよ。でも俺を皇族として巻き込みたい奴がいて、それは立珂を苦しめるかもしれない。なら放ってはおけないよ」
「殿下と護栄様が守って下さる。伴侶契約はこの上ない守りだ」
「んー……それも気になることがあるんだよね……」
「何か問題が起きたのか?」
「問題ってほどじゃないよ。ただ何で護栄様は伴侶契約を許したのかなと思って。あの時はよく分かって無かったけど、結構大きいことだよね」
「殿下の想いを尊重なさったんだろう」
「それはそうなんだろうけど……」

 伴侶契約を持ち掛けられたのは宮廷を出て、立珂が店を始めるにあたりその準備――という道筋を辿っている。
 まだ蛍宮の政治も制度も分かっていなかった薄珂は、いつでも解約できるということで軽い気持ちのまま契約をした。それが傍にいる理由になるのならそれは立珂を抜きにしても嬉しいことだったからだ。

「けど天藍に悪影響なら護栄様が許すはずないよ。実際この前揉めたし」
「お前達を宮廷に繋ぎ止めておきたかったんじゃないか?」
「そんな重要なことを他人任せにするかな。俺なら有翼人保護区設立を建前に自分が伴侶になるよ」

 護栄は全てを手のひらで転がすが、それは自分の努力でどうにかなる範疇ということでもある。その規模が大きいので万能に見えるが、実際世の中には自分の努力では覆せないこともある。例えば人の感情や考えだ。もし世界のためになるから立珂を捨てろと言われても薄珂は従わない。いくら護栄でもできないことはあり、そうなる手段を選ぶとは到底思えないのだ。

「きっと護栄様は伴侶契約できない理由があるんだ。いや、そうしてはいけない別の目的かな」
「……私には分からんが、護栄様の目的という意味ではお前達のいた森を調べた方が良いかもしれんな」
「森を? どうして?」
「護栄様ならもっと以前にお前達の居場所を掴み、独自の動きをなさっているのではないかという気がしている」
「えっ。それは羽付き狩りを誘導したのが護栄様って可能性も出てくるよ」
「護栄様ならやるだろう。今でこそお前達を可愛がってくださっているが、最初からそうではなかったはずだ」

 けろりと当然の様に響玄は言い捨てた。薄珂が共に過ごしてきた限りで、響玄は子供が怖がるようなことは言わなかった。薄珂が自分は宋睿と同類だと話した時も、悲しそうな顔をして話を終わらせたほどだ。
 そんな響玄にしてはあまりにも残酷な断言だ。

「……先生らしくないね。護栄様がそんな人じゃないことは知ってるはずだ」
「まあな。だが別で気になることがあるんだ。殿下が近々東への遠征をなさるというのは聞いたか?」
「え? そうなの?」
「ああ。旅支度の手配を頼まれている。護栄様はお前と立珂にも話すとおっしゃっていたが、立珂の耳にいれるのはどうなんだろうな」
「嫌だよ。思い出させたくない」
「私もだ。いつもの護栄様なら私とお前へ同時に伝え、立珂の耳に入らないよう注意しろと言うはずだ」
「……立珂を巻き込みたい理由がある?」
「私はそう感じた。そんな方ではないのは分かっているが、釘を刺した方が良いとは思うな」
「そうだね。うん。有難う先生」

 響玄は茶を置き立ち上がった。見上げると響玄は両手で包み込むようにして抱きしめてくれる。

「無茶はしてくれるな。お前と立珂はもうこの家の子だ」
「……うん。有難う」

 薄珂はいつも立珂を抱きしめている。立珂も小さな手で抱き返してくれて、その度に愛しく想い守ろうという思いはいっそう強くなっていく。
 しかし今は薄珂が抱きしめられている。まるで薄珂が立珂にするのと同じようで、薄珂はぎゅっと強く抱き返した。
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