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第五章 多様変遷

第五話 宋睿の正義(二)

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 わいわいと盛り上がり有意義な意見交換は続いたが、出て来る意見は『宋睿様はこうしてくれてた』という敬愛していたようなものばかりだ。

(宋睿って悪い人じゃないのか?)

 誰一人として『先代皇』とは呼ばないようだった。教育がされていないだけかもしれないが、それでも虐げられたのならこうはならないはずだ。
 薄珂はこそっと創樹に耳打ちをした。

「宋睿ってどんな人だったんだ? 俺見たことないんだけど」
「んー。しょっちゅう街中歩いてたから『よくいるおっさん』て感じだったな。華美にしてたのは見栄だ。全然似合ってないの」
「でも国民を苦しめたんだろ? 獣人からも嫌われてたって聞いた」
「ああ、増税な。けど生活できない人には給付金あったから関係無い気するけど」
「そうなの? じゃあ有翼人が嫌いだっただけ?」
「だろうな。けど有翼人狩りはやりすぎだ。あんな人だと思わなかったよ。宋睿にも皇太子っていたけど有翼人に反撃されて死んじまったんだと」
「創樹にはそんなことする人には見えなかったってこと?」
「見えないって! 大体揉めてたのは獣人と人間で、宋睿様でも有翼人でもない」
「え? でも有翼人は迫害されてたんだろ?」
「とばっちりでな。有翼人と仲良くする奴とそうじゃない奴がいて、そいつらが揉めると原因の有翼人も悪者にされる」
「宋睿がいじめてたわけじゃ」
「ないよ。揉めた時は宮廷の兵が止めに来てたし」
「へえ……」

 それからも創樹は有翼人狩りに対する怒りを語った。けれどどれも宋睿の人間性を否定するものでは無く、急に変貌したことへの落胆ばかりだった。

(随分話が違うな。いや、天藍も反対勢力が強かっただけで総数は分からないって言ってたっけ……)

 しばらく職員の側に立ち獣人からの要望に耳を傾けたが、そのどれもが宋睿のやっていたあれを再開してくれ、宋睿はこうだったのに、と過去を懐かしむ声ばかりだった。それはまるで天藍と護栄を否定しているようで、職員たちの顔は曇る一方だった。

*

 その夜、はしゃぎすぎて疲れた立珂は獣人保護区で眠りについてしまった。
 家は少し距離があるので響玄の家に泊まらせてもらうことにしたが、薄珂は響玄に話を聞きたいというのもあった。

「先生。宋睿について教えて貰えないかな」
「どうした急に」
「獣人保護区で聞くのと世に出てる話はずいぶん違うんだ。実際どうたったのかなって」
「獣人にとっては神のような方だったからな。我らは虐げられる毎日だった。あまり思い出したくはないな」
「けど差別を取り締まってたみたいな話聞いたよ」
「それは莉雹様のように有翼人へ好意的なごく一部だ。知られれば厳罰を受けていたという」
「でもそれは宋睿が有翼人を迫害した証拠にはならないよ。それに政治的に失策だ」
「政治?」

 薄珂は有翼人狩りにはずっと違和感を覚えていた。
 それは獣人の隠れ里で長老が貸してくれた『極北明恭公吠伝』を読んでからだった。

「解放戦争は五年前。公吠様が羽根集めを始めてる頃だ。普通なら有翼人を差し出す代わりに攻め込まないでくれって取引をするよ。実際そうしてる国もある。有翼人が嫌いならそうするべきだ。いなくなるうえに外交の役に立つんだから」
「だが当時は今ほど明恭と交流がなかったからな」
「交流無いならなおさら外交材料にしそうだけどな。俺ならそうする」
「……そういう言い方をしてくれるな」

 響玄は居間で立珂を寝かしつけている美星に目をやった。
 かつて有翼人狩りを逃れるために美星は羽を切り落としたという。当然それを守った響玄も思うことは多いのだろう。大切な家族とその同胞を軽んじるような発言を好むはずがないしその気持ちは薄珂にも分かる。
 だがそれ以上に、薄珂は共感できるものがあった。

「俺は宋睿の気持ちが少し分かるんだ」
「何を言う! お前は人を虐げるようなことはしない!」
「……それは先生が知らないだけだよ」

 虐げたいと思ったことはない。けれど人生で二回、薄珂は怒りで殺意を向けたことがある。
 一度目は立珂を攫った金剛達。もう一度は立珂に怪我をさせた愛憐。
 どちらの時も暴力を振るうことに躊躇しなかった。愛憐のようなか弱い女の子でさえ、護栄が止めてくれなければ殴っていただろう。
 薄珂はぐっと拳を握りしめた。自分の手で守れるものは少ない。最優先は立珂で、もっと多くの者を守れたとしても守りはしないだろう。余力があるなら全て立珂のために残しておく。

「大切に想う種族が違う。きっとそれだけだったんだ」
「薄珂……」
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