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第五章 多様変遷

第三話 浩然の焦燥(二)

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「明恭に製造を委託します。仲が良いって表明にもなるから誠意を示したい明恭的は嬉しいでしょう。それなら支払いは羽根でいい。こちらがお金を使うのは饗宴開催費です!」
「なるほど。目的を外交にすげ替え立珂の贈呈品はその手段としてしまうのか」
「それなら礼部の予算ですね。これは良い手です」
「君はとことん羽根を利用するね。悪いな~って思ったりしないの?」
「全然。だって有翼人にとって羽根は邪魔な物で、大事にしてるのは宮廷だけですよ」
「……だってさ、美星」
「なんで私に振るのよ。立珂様、寝起きに薄着はお風邪を召されます。靴下だけ履きましょう」
「はあい!」

 美星はつんっと顔を背け、立珂の小さな足に靴下を履かせた。これも立珂が自らの羽根で糸を作るという斬新な方法で生み出された品で、明恭からは可能な限りの増産を頼まれている。もはや国の財産だ。

(護栄様が羽根換金制度を提案した時に美星は激怒した。羽根を切り売りするのは有翼人狩りと同じだと。薄珂もそうだろうと思ってたけど)

 立珂は羽に手を伸ばし、雑な手つきで羽根をぷつっと抜き取った。その手には生えたばかりの小さな羽根が握られている。

「今ちっちゃいからちっちゃい羽根もちっちゃいよ! 今しか生えてこないよ!」
「貴重なやつだな。愛憐も好きだしいいかも。どうせ麗亜様は拒めないし」
「どうせって君ね……」

 可愛いでしょと立珂は笑い、薄珂はそれがいかに金になるかの算段を立てる。
 しかも世界最大の軍事国家である明恭第一皇子の麗亜までも平然と利用する図太さはすごいものがある。心理的に強い立場だからできることだが、そうなるよう仕向けたのも薄珂だ。

(他者を動かし自分は頭を回すだけ。目線も手段も完全に護栄様と同じだ。それしか知らないのかもしれないけど)

 知っていればできるというものではない。そんなことが出来るのはこの数年で敏腕政治家として頭角を現した麗亜と、それを手玉に取る護栄しか浩然は知らなかった。

*

 薄珂の案を聞き具体的にどうするかを議論し始めると、立珂は何かに気付いたようでぴょんと薄珂の膝を降りた。
 とたとたと羽の重量でおぼつかない足取りで向かったのは長椅子でぐったりと横になっている男性職員のところだった。職員の袖をつんつんと引っ張ると、顔を向けた職員にくるりと背を向けた。

「羽もふもふする? きもちいいよ!」
「え? いや、でも」
「僕の羽とってもきもちいいんだよ。薄珂がお手入れしてくれてるの! どうぞ!」

 立珂は自慢げに羽をふりふりしたが、その羽はもはや国宝と同等だ。とても一般職員が手を伸ばすのは恐れ多い。
 どうしたものか迷った職員は薄珂を見たが、薄珂はこくりと小さく頷いた。

「え、えっと、じゃあ……」

 職員はおそるおそる立珂の羽に手を伸ばした。するとその手はもふりと埋もれていき、職員はその感触に驚き飛び上がった。

「おおおおおおおおおおおおお!」
「きもちーでしょ!」
「はい! 皆が立珂様の羽根枕を欲しがるのも分かります……これはなんと気持ちが良い……」
「みんなもどーぞ! おかおつっこむと目にささってあぶないからきをつけてね」

 どうぞと立珂に手招きされて、職員はおろおろしながらも誘惑に勝てず立珂に群がった。代わる代わる羽に触れると、全員がひゃあと叫んで国宝級の柔らかな感触に腰を抜かしていく。
 もはや完全に仕事を忘れ皆立珂に夢中だった。どうやら話をしてみたかったのか、服を買ったことがあるだのどの商品が好きだだの、とここぞとばかりにお喋りを始めている。立珂もそれが嬉しいのか、きゃあきゃあと顔を真っ赤にしてはしゃいでいる。

「あーあ。簡単に心掴んでくれちゃって」
「羽は心と言いますが、有翼人は人の心の機微に敏感なのかもしれませんね。美星もそうですし」
「珍しく褒めましたね」
「事実を述べたまでです。それよりどうせ遊んでくれるなら一人会って貰えませんか。あなた方に会いたいと言っている者がいるんです」
「俺達に? いいけど、誰?」
「久しぶりの人ですよ」
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