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第五章 多様変遷

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 生きているだけで幸せを与えてくれる。俺にとって立珂はそういう存在だ。

 立珂は絶え間なく可愛いくて、可愛くない瞬間など一秒もない。立珂の兄になれたことが俺の人生最大の幸運だ。
 歳を重ねるごとに立珂は愛らしい要素が増え、住む場所が変われば立珂の可愛さを演出する手段が増え幸せも増える。
 そうして幸せな日々を送り、蛍宮けいきゅうに来て初めての冬がやってきた。人々は冬服に着替え寝具を分厚くしたが、俺と立珂は変わらない。何故なら有翼人の羽はとても暖かく、それは明恭の凍死を激減させるほど温かいので冬用布団など必要ないからだ。
 だから冬は毎日立珂を抱っこして眠る。もちろん昨日も立珂を抱っこして眠った。夏は暑すぎて抱き着いて眠れないから冬は毎日ご褒美が貰える季節だ。
 しかしもう日が昇り朝になっている。至福のこの時を手放すのは辛いが、少し前まで歩けなかった立珂が元気にはしゃぐ姿を見るのはそれ以上の至福だ。それに今日着る服を選んではしゃぐ姿や、大好物の腸詰を頬が丸くなるまで詰め込む姿も見れる。朝限定ご褒美時間だ。
 俺の腹の上でぷうぷうと愛らしい寝息を立てている立珂の頭を撫で、ゆらゆらと身体を揺りかごのように揺らした。

「立珂。朝だぞ」
「んにゃぁ……」
「ん゛っ!」

 立珂はいやいや、と尖らせた口元を隠すように頬ずりをしてくれた。すっかり健康になりふっくらした立珂の頬は柔らかい。頬ずりするたびに真ん丸の頬がむにゅっと歪む。それは見過ごすことのできない愛らしさで、俺は呼吸困難に陥り身悶えた。
 この愛らしさに引きずられもう一度眠ってしまいそうだったが、小鳥のさえずりが俺を現実に繋ぎとめてくれる。

「お寝坊立珂は攻撃力が高すぎるな」

 俺は愛らしさに負けないよう、いや、どうしても負けるのでこういう時は視線を立珂からずらすしかない。身体を起こせば強制的に立珂の顔は見えなくなるので、俺はゆっくり上半身を起こす。ずるりと布団に落ちてしまうかと思ったが、どういうわけか立珂はがっちりと俺にしがみ付いていていた。やあ、と小さく不満げな声をもらしひたすら頬ずりを繰り返している。

「くっ……眠りながら追撃してくるとは……!」

 こんな可愛いことをされては起こすことができなくなってしまう。こうなったら自分から起きてもらわなければ俺にできることはもうない。
 だがたった一つ立珂が絶対に目を覚ます方法がある。それはある言葉だ。

「りーっか。起きないと今日は腸詰無しだぞ」

 立珂は腸詰が大好きだ。食べ物の中で一番好きで、毎食五本は必ず食べる。色々な種類のを並べてやると目を輝かせ、どれから食べようか悩む姿もまた愛らしい。寝ぼけている立珂が見れなくなるのは残念だが、その先に新たなご褒美が待っているのだ。
 これを言えば立珂秒で起きるのだが、どういうわけか立珂は起きようとしなかった。いつもの立珂からはとても考えられない。欲しがらないなら、それは欲しがる余裕がない異常事態が起きていると思って間違いない。

「立珂!? 具合悪いのか!?」
「ん~……」

 俺は慌てて立珂を抱き上げた。確実に何かしらの異変が起きているはずだ。抱いて立ち上がろうとしたが抱き上げた感覚がいつもと違っていた。
 立珂はもうじき十七歳だが、長年運動不足だったせいか発育が悪く十二、三歳くらいに間違えられる。
 けれど羽があるので重さは普通の子供と変わらない。しかし今日はいつもと感じる重さが違う。明らかに違う。抱き上げた立珂を見ると、明らかにな異常事態が発生していた。
 俺は立珂を抱っこして寝間着のまま家を飛び出した。
 全力で走り飛び込んだのは、保護者になってくれている響玄先生とその娘である美星さんの住んでいる家だ。

「先生先生先生先生先生先生先生!」
「お、おお。どうしたそんなに慌てて」
「立珂が、立珂が!」
「立珂様に何か!?」
「ち、ち……」
「ち?」

 立珂を抱きしめる俺の両手は震えていた。震える両手で立珂を二人の前に掲げて見せた。

「ちっちゃい!」
「う?」

 二人は目を丸くした。しかし立珂はいつもと同じようにこてんと首を傾げている。
 この愛らしさは間違いなく十歳頃の立珂だった。
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