上 下
258 / 356
第四章 翼衣專店

最終話(二)

しおりを挟む
「大繁盛だな」
「柳さん。来てたんだ」
「まあな。しかしまあ、こうくるとはな」
「だって客寄せ頑張るなら、頑張らずに客が来る場所でやるのが楽だよ」

 柳に言われてから集客について考えるようになった。
 しかし有翼人保護区が活発になった今、立珂は宮廷でも注目の的だ。つまり職員は客のようなものなのだ。
 しかも職員は必ず備品を必要とする。彼らは嫌でもこの部屋に来なくてはいけない。つまり、ここなら薄珂と立珂は客の有無を心配する必要などないというわけだ。

「本当に賢いなお前は」
「宮廷は大助かりだから構いませんよ。あなた方の給料で福利厚生が全て片付くんですから」
「天藍。護栄様」

 宮廷なので当然この二人もいる。
 宮廷を出て以来、元々多くない天藍に会う機会は格段に減った。けれどこうして宮廷に仕事を持ち通えば会うこともできる。
 伴侶契約をしてることは明らかにしていないが、名目は『かつて迷惑をかけた来賓の様子を見る』というのが通用した。
 おかげで日に一度は天藍と顔を合わせることが出来て、そういった意味でも薄珂にとって良い状況になった。

「どうだ、立珂は」
「すっごく楽しそうで可愛い」
「可愛い関係あるか?」
「あるよ。立珂が可愛いからみんなも笑顔になるんだ」
「この宮廷においてはそうだな。立珂は癒しだと評判も良い」
「ええ。あの笑顔を曇らせるのはしのびないですね」
「は? 何それ。許さないよ」
「だが仕方ない。別れは必ず来るもんだ」
「別れって、まさか」
「日程が決まりました。三日後です」
「……そっか」

 全員が残念そうにして立珂を見た。きっとこれを知れば立珂は悲しむだろう。
 けれどこの三日後、別れは予定通り訪れた。

「愛憐ちゃああん!」
「立珂ー!」
「寂しいよぉぉ!」
「私もよー!」

 今日は愛憐が帰国する日だ。
 麗亜が蛍宮に来る必要がなくなる日まで残るんだと粘っていたが、今日がその日なのだ。
 立珂と愛憐は別れを惜しんで、まだまだ遊び足りないと駄々をこねている。
 そしてもう一人、薄珂との別れを惜しむ者がいた。

「俺と来い」
「行かない」
「来いって」
「行かないって」

 柳はあれからも諦めず、何かにつけて一緒に来いと言い続けていた。

「政治家なんてやめとけよ。起業する方が楽で確実だ」
「だとしても断るよ。あ、でも南の国に行ってみたいんだ。協力してくれるなら恩返しはするよ」
「南? 何でまた」
「有翼人の生活を見たいんだ。服が流通してるならいっぱいいるよ、きっと」

 獣人の隠れ里で天藍は有翼人専用服をくれたのだが、あれは南の商品だった
 響玄にも調べてもらったがやはり南以外で流通は見られず、薄珂は有翼人が受け入れられている文化が気になっている。
 もしかしたら立珂が胸躍らせる物があるかもしれない。

「さすが目の付け所が良い。俺が連れてってやる。船も馬車も全部手配してやろう」
「えっ、いいの?」
「ああ。お前らを迎え入れる準備は来る前に終わらせて来てるからな」
「来る前? 何で? 初対面だよね、俺ら」
「面識はな。ところでお前、自分の姓は知ってるか」
「何急に。無いよ」
「まあそうだよな。知ってたら気付いたはずだ」
「何に?」
「あのな、俺は麗亜に呼ばれたんじゃない。頼んで連れて来てもらったんだ」

 柳は衣嚢から何かを取り出した。手のひらに乗る程度の長方形の紙を持っている。
 差し出されるままに薄珂はそれを受け取ると、そこには何か文字がいくつか書かれていた。
 小さくあれこれ書いてあるが、まだ文字をあまり知らない薄珂には読めないものが多い。
 けれど、中央の大きな三文字は分かった。一つは『柳』。言わずもがな柳の名前だが、その下にはまだ文字が二つ続いている。
 『哉』と『珂』だ。

「……え?」
「姓は柳、名は哉珂さいか。俺は透珂の血を引く者に会いに来た」

 透珂。
 それは牙燕に教えてもらった男の名。
 薄珂の父親の名だ。

「お前の姓は柳。柳薄珂だ」

 薄珂はびくりと震えた。
 どくどくと心臓が大きくなり始め、震える唇を動かそうとしたがふいに船の方から麗亜の声が聴こえて来た。帰るからさっさと来いと言っている。

「おっと時間だ」
「ちょ、ちょっと待って! どういうこと!?」

 手を伸ばしたが、柳は走って麗亜の元へ向かいそのまま船に乗り込んでしまう。

「待って! 待てよ! 何だよこれ!」
「忘れるな! 俺はお前の味方だ!」

 横では立珂が愛憐にぶんぶんと手を振っている。
 愛憐も薄珂と立珂の名を呼び大きく手を振っているが、薄珂の目にその姿は映らなかった。
 そして、柳もひらひらと手を振ると船内へ入り姿を消した。

(何だ、何の話だ)

 薄珂は立ち尽くした。
 与えられた情報が多すぎて、薄珂の脳内はぐるぐると渦巻いている。

『この先お前は大きな渦に呑み込まれるだろう』

 ふいに柳の言葉が脳裏に浮かんだ。あれは一体何を示唆していたのだろうか。
 そしてそれに繋がるようにあの言葉も思い出された。

『政治が偶然うまくいくことは無い。偶然に見えたのであれば、それは必然に導く者の渦に気付けていないだけ』

 船はもう見えない。
 見えるのは友と別れ肩を落とす立珂だけだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

大きくなったら結婚しようと誓った幼馴染が幸せな家庭を築いていた

黒うさぎ
恋愛
「おおきくなったら、ぼくとけっこんしよう!」 幼い頃にした彼との約束。私は彼に相応しい強く、優しい女性になるために己を鍛え磨きぬいた。そして十六年たったある日。私は約束を果たそうと彼の家を訪れた。だが家の中から姿を現したのは、幼女とその母親らしき女性、そして優しく微笑む彼だった。 小説家になろう、カクヨム、ノベルアップ+にも投稿しています。

私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。

木山楽斗
恋愛
伯爵令嬢であるアルティリアは、婚約者からある日突然婚約破棄を告げられた。 彼はアルティリアが上から目線だと批判して、自らの妻として相応しくないと判断したのだ。 それに対して不満を述べたアルティリアだったが、婚約者の意思は固かった。こうして彼女は、理不尽に婚約を破棄されてしまったのである。 そのことに関して、アルティリアは実の父親から責められることになった。 公にはなっていないが、彼女は妾の子であり、家での扱いも悪かったのだ。 そのような環境で父親から責められたアルティリアの我慢は限界であった。伯爵家に必要ない。そう言われたアルティリアは父親に告げた。 「私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。私はそれで構いません」 こうしてアルティリアは、新たなる人生を送ることになった。 彼女は伯爵家のしがらみから解放されて、自由な人生を送ることになったのである。 同時に彼女を虐げていた者達は、その報いを受けることになった。彼らはアルティリアだけではなく様々な人から恨みを買っており、その立場というものは盤石なものではなかったのだ。

所詮は他人事と言われたので他人になります!婚約者も親友も見捨てることにした私は好きに生きます!

ユウ
恋愛
辺境伯爵令嬢のリーゼロッテは幼馴染と婚約者に悩まされてきた。 幼馴染で親友であるアグネスは侯爵令嬢であり王太子殿下の婚約者ということもあり幼少期から王命によりサポートを頼まれていた。 婚約者である伯爵家の令息は従妹であるアグネスを大事にするあまり、婚約者であるサリオンも優先するのはアグネスだった。 王太子妃になるアグネスを優先することを了承ていたし、大事な友人と婚約者を愛していたし、尊敬もしていた。 しかしその関係に亀裂が生じたのは一人の女子生徒によるものだった。 貴族でもない平民の少女が特待生としてに入り王太子殿下と懇意だったことでアグネスはきつく当たり、婚約者も同調したのだが、相手は平民の少女。 遠回しに二人を注意するも‥ 「所詮あなたは他人だもの!」 「部外者がしゃしゃりでるな!」 十年以上も尽くしてきた二人の心のない言葉に愛想を尽かしたのだ。 「所詮私は他人でしかないので本当の赤の他人になりましょう」 関係を断ったリーゼロッテは国を出て隣国で生きていくことを決めたのだが… 一方リーゼロッテが学園から姿を消したことで二人は王家からも責められ、孤立してしまうのだった。 なんとか学園に連れ戻そうと試みるのだが…

こういうのを書いてみたい(思案)

クマクマ
ファンタジー
設定だけ書いてみた

【完結】あなたの色に染める〜無色の私が聖女になるまで〜

白崎りか
恋愛
色なしのアリアには、従兄のギルベルトが全てだった。 「ギルベルト様は私の婚約者よ! 近づかないで。色なしのくせに!」 (お兄様の婚約者に嫌われてしまった。もう、お兄様には会えないの? 私はかわいそうな「妹」でしかないから) ギルベルトと距離を置こうとすると、彼は「一緒に暮らそう」と言いだした。 「婚約者に愛情などない。大切なのは、アリアだけだ」  色なしは魔力がないはずなのに、アリアは魔法が使えることが分かった。 糸を染める魔法だ。染めた糸で刺繍したハンカチは、不思議な力を持っていた。 「こんな魔法は初めてだ」 薔薇の迷路で出会った王子は、アリアに手を差し伸べる。 「今のままでいいの? これは君にとって良い機会だよ」 アリアは魔法の力で聖女になる。 ※小説家になろう様にも投稿しています。

今さら、私に構わないでください

ましゅぺちーの
恋愛
愛する夫が恋をした。 彼を愛していたから、彼女を側妃に迎えるように進言した。 愛し合う二人の前では私は悪役。 幸せそうに微笑み合う二人を見て、私は彼への愛を捨てた。 しかし、夫からの愛を完全に諦めるようになると、彼の態度が少しずつ変化していって……? タイトル変更しました。

身代わりで嫁いだお相手は女嫌いの商人貴族でした

今泉 香耶
恋愛
全37話。アメリア・ナーシェ・ヒルシュは子爵令嬢で、双子の妹だ。 ヒルシュ家には「双子が生まれれば片方は殺す」という習わしがあったもの、占い師の「その子はのちに金になるので生かしておいた方が良い」というアドバイスにより、離れに軟禁状態で飼い殺しにされていた。 子爵家であるが血統は国で唯一無二の歴史を誇るヒルシュ家。しかし、そのヒルシュ家の財力は衰えていた。 そんな折、姉のカミラがバルツァー侯爵であるアウグストから求婚をされ、身代わりに彼女が差し出される。 アウグストは商才に長けていたが先代の愛妾の息子で、人々にはその生まれを陰で笑われていた。 財力があるがゆえに近寄って来る女たちも多く、すっかり女嫌いになった彼は、金で「貴族の血統」を買おうと、ヒルシュ家に婚姻を迫ったのだ。 そんな彼の元に、カミラの代わりに差し出されたアメリアは……。 ※こちら、ベリーズカフェ様にも投稿しております。

噂好きのローレッタ

水谷繭
恋愛
公爵令嬢リディアの婚約者は、レフィオル王国の第一王子アデルバート殿下だ。しかし、彼はリディアに冷たく、最近は小動物のように愛らしい男爵令嬢フィオナのほうばかり気にかけている。 ついには殿下とフィオナがつき合っているのではないかという噂まで耳にしたリディアは、婚約解消を申し出ることに。しかし、アデルバートは全く納得していないようで……。 ※二部以降雰囲気が変わるので、ご注意ください。少し後味悪いかもしれません(主人公はハピエンです) ※小説家になろうにも掲載しています ◆表紙画像はGirly Dropさんからお借りしました (旧題:婚約者は愛らしい男爵令嬢さんのほうがお好きなようなので、婚約解消を申し出てみました)

処理中です...