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第四章 翼衣專店

第三十一話 薄珂に秘められた可能性(一)

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 薄珂も響玄と一緒に立珂の元へ行こうと思ったが、柳にとんっと肩を叩かれた。

「話しがしたい。ちょっと付き合え」
「嫌だ。立珂のとこ行く」
「もう少し社交性持てよ。俺は皇太子殿下の客で明恭皇子のご友人ってやつだぞ」
「……何」

 政治的立場を出されては護栄の部下でもある身としては断れない。
 薄珂は口を尖らせ、壁に寄りかかる柳の隣に立った。

「お前は響玄殿に師事しているんだったな」
「そうだよ。色々教えてもらってる」
「止めた方が良い。邪魔だ」
「……何で」
「当たり前だろ。お前は商人じゃない」
「商人だよ。だから羽根生地を売ったんだ」
「いいや違う。今の取引で成されたのは売買じゃない。価値の創造だ」

 柳はにやりと笑んで顔を覗き込んできた。

「羽根生地が売れたのは相手が極寒の明恭だからだ。お前はこの世界に『寒い土地で売れる生地』という新たな価値を作った。売買はその経過に過ぎない」
「それは……」
「お前が動かしてるのは価値であって金じゃない。そんなのは商人じゃない」
「だから響玄先生じゃ駄目だって?」
「駄目ではない。だた商人から学べるのは商売だけなんだよ。お前自分の適職が何だかわかるか?」
「そんなのなんでもいいよ。俺は立珂が幸せになることをやるんだ」

 これは薄珂の本音だ。別に偉くなりたいわけでもお金が欲しいわけでもない。
 けれど柳はふうんと馬鹿にしたように小さく笑った。

「幸せね。弟君は他に何が好きなんだ? 服の他に」
「腸詰」
「いいね。じゃあ腸詰屋をやりたいと言い出したらどうする」
「やるよ」
「劇団を作って演劇をしたいと言ったら?」
「劇団作る」
「そうだな。君は弟君の臨む何かをやる。それが何であってもだ。それを何ていうか知ってるかい?」
「知らないよ。何」

 柳はにやりと笑い、そしてとんっと薄珂の胸を突いた。

「事業家さ。それも弟という新規事業特化型」
「何それ」
「有翼人の羽根事業は蛍宮の拡大に比例して注目度が上がってる。今回の羽根生地は世界最先端。そしてお前はこの先も弟の望みに応じて有翼人絡みの新規事業を成功させる。世界中がお前の事業を真似て、結果流行が生まれる。これがどういう事か分かるか」
「分からないよ。何」
「歴史さ。お前は市場に新たな歴史を築く」

 柳はぱちぱちと手を叩いた。
 褒められているのか馬鹿にされているのか、その真意は読めない。 

「あんた何者なの?」
「経営者さ。服飾に家具に飲食に、あれこれ手広く経営してる。麗亜は取引先だよ」
「経営者……?」

 職人には見えないし、商人にしては護栄に通じる鋭さもある。
 どちらとも付かない独特の雰囲気があったが、多角経営をする経営者というのは薄珂が初めて出会う存在だった。
 柳は薄珂に向き合い、どんっと拳で軽く胸を叩かれる。
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