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第四章 翼衣專店

第六話 伏魔殿【前編】

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「服飽きた」
「「え!?」」

 腸詰をかじりながらぷうっと頬を膨らませる立珂に薄珂と美星は勢いよく飛びついた。

「い、今なんて言ったんだ立珂……」
「飽きたと聴こえたのですが、私の聞き間違いですよね? ね?」

 立珂はもう一口腸詰を食べてごくんと飲み込むと、大きなため息を吐いてぷんっとそっぽを向いた。

「僕もう飽きた」

 薄珂と美星は揃って顔を真っ青にして、あまりの衝撃に涙を流し立珂にしがみ付いた。

「待ってくれ! お洒落な立珂が見れなくなるなんて嫌だ!」
「皆立珂様のお洒落を楽しみにしているのですよ!」
「考え直してくれ~! 可愛い立珂をもっといっぱい見たい!」
「立珂様に似合う生地をもっと探してまいります! どうかお考え直しを!」
「んにゃっ!? 違うよ! お洒落は大好きだよ! 同じ服を作るのに飽きたの!」
「「え?」」

 二人の慌てぶりに驚いたのか、立珂はあわあわと両手を大きく振った。
 大好きな腸詰を置いて薄珂に駆け寄り、違うよ、と抱き着き頬ずりをしてくれる。
 薄珂と美星はほっと安堵のため息を吐いた。

「同じのってなんだ?」
「『りっかのおみせ』の服だよ。今ってずっと同じことやってると思うんだ」

 立珂は棚から服を二つ取り出し並べた。
 それは形状も柄も、生地品質も風合いも全く違う二着で、同じ店の商品とは思えない。

「右のが売るの止めた服で左のが売ってる服」
「ええ。この着易さが人気ですわ」
「そうだよね。でも右の方がお洒落なんだ」

 立珂はそれを手に取り広げると、上下が一体になっている服だった。
 肩から足首まで大きな花が連なり刺繍されている。

「これは一枚布で柄が映えましたね!」
「けど分解できないし通気性悪いから止めたんだよな」
「そうなの。けど展示会ではお洒落なのも売れたでしょ? なのにおみせで売ってるのはいつも同じなんだ」
「ああ、つまり多少不便になってもお洒落さを追求した服も作りたいってことか」
「うん。でも着て疲れるのはいや。そんなの『りっかのおみせ』で売りたくない」
「確かにそうですね。うーん……」
「見れば欲しい人いると思うんだ、これも。けど僕もたまにしか着ないの。宮廷でちゃんとした服着なきゃいけない時くらい」
「けれどお洒落着が必要な時はあります。たしかに欲しい人はいそうですね」

 へえ、と立珂は思わず感嘆のため息を吐いた。
 これまで立珂は好きな服を好きなように作っていた。それが有翼人の自然体であり必要なことだから皆も受け入れている。
 しかし今立珂が言ったのは『需要はあれども店の理念に反する商品は陳列しない』という販売戦略だ。
 以前の立珂なら気にせず全て並べていただろうが、それは有翼人にとって適切ではないと考え始めたのだ。

(立珂も成長してるんだ。なら俺は――……)

 薄珂はにやりと笑み立珂を抱き上げた。

「大丈夫だ。それなら考えがある」
「本当!?」
「ああ。立珂の理念は損なわない新たな販売手法だ」
「う?」

 言葉の意味が分からなかったのか、立珂はこてんと首を傾げた。
 立珂は要望を出せても商売という形にするに至らない。だがそれをやるのが薄珂の使命だ。

「展示会よりも大変だと思うけど、挑戦するか立珂」
「する! するよ!」
「よし。じゃあ交渉に行こう」
「どちらにです?」
「それはもちろん、できる人の所へだよ」

 薄珂はにこりと微笑んだ。
 向かった先は――
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