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第四章 翼衣專店

第二話 劇団『迦陵頻伽』【後編】

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 それを合図に演者が煌びやかな服で歌い舞い、みるみるうちに美しい空間が広がっていく。

「すごい! あれどこの服かなあ!」
「見たことないな。先生知ってるかな」
「あっちの男の人もすてき! 何ていう生地だろ!」

 立珂はきゃあきゃあとはしゃぎ、大きな目はきらきらと輝いている。
 すっかり演者の衣装に魅了されている立珂だが、薄珂が気になったのは演者の方だ。

(全員有翼人だ。裏方は人間か獣人みたいだけど)

 有翼人が目立つ行為をするというのはあまりない。
 薄珂と立珂もそうだったが、羽目当てで襲われるのはよく聞く話だ。強欲な者の目に付いた有翼人がどうなったかは語られないが、数日は市場に有翼人の羽根を用いた商品が流通する。
 だから有翼人は隠れ住み、こんな風に派手な服で人の前に立つことなどありえない。

(そうか。みんなこれを見に来たんだ。だから今日は有翼人が多いんだ)

 立珂がお洒落に目覚めたように、着飾ることは有翼人の憧れなのだろう。
 なにしろ客はみなくたびれた服を着ていて、見える肌は皮膚炎で真っ赤だ。滑らかな白い肌に艶やかな髪、そして美しい衣装で歌い舞う彼らとは違う種族なのではないかとすら思うほどだ。
 そして演技が終わると、壇上の彼らは客席へ降りて来た。
 客はみなわあっと声を上げ、思い思いの演者へ駆け寄っていく。

「薄珂! 僕お姫様とお話したい!」
「ああ。並ぼう」

 あまりにも人気だからか、演者と話をするための列があった。
 劇団員も列整理には慣れているようで、最後尾はこちらです、と案内をしている。
 薄珂と立珂も列に並ぶが、立珂はそわそわと待ちきれないようだった。
 そして数十分してようやく順番が回ってくると、女優は驚いたような顔をした。

「よかったわ来てくれて。会いたかったの」
「う?」
「立珂を知ってるの?」
「壇上から見えたの。とってもお洒落だわその服」
「本当!? お姫様のはどこの服!? とっても素敵でびっくりしちゃった!」
「南の国の装束だけど、作ってるのはこの国の職人よ。歴史ある衣装で迦陵頻伽所属女優の憧れ。君のは? あちこち渡り歩いてるけど初めて見る型だわ」
「僕が作って売ってるの! 『りっかのおみせ』っていうの!」
「え? 君が作ってるの?」
「そうだよ! 有翼人専用服!」

 立珂はくるりと背を向け羽を持ち上げた。
 すると女優はまじまじと立珂の背を見つめ、横も見せて、こっちも見せて、と立珂をくるくる弄り回した。

「……凄いわ。南にも有翼人専用服はあるけどこんなお洒落なのはないわ」
「ふふふー。すごいでしょ」
「凄いわ本当に。生地の質もいいし配色が斬新。団長。団長ちょっと来て!」

 女優が声を上げて手招きすると、白髪交じりのでっぷりとした男性がやって来た。

「見て、この子の服。自分で作って売ってるんですって」
「こんなお洒落な服を? こりゃ凄い」
「えへへ」
「こんな良い品を作る店を知らないとは迦陵頻伽の名折れだ。君、貸し出しはやってるかい」
「う?」

 立珂は何を言われたのか分からなかったのか、くりっと薄珂を見上げてきた。
 こういった商売の話は薄珂の担当だ。

「貸し出しはやってないけど一着から希望通りに作るよ。基本価格は上下別で各銅五、全身繋ぎは銅十で装飾無し。装飾は追加料金。支払いは抜け羽根でもいいよ。個人依頼は一着十枚から。装飾は一か所追加ごとに一枚」
「羽根? 羽根ってこれ?」
「うん。捨てるのでいいよ。くすんだのとか」
「本当か。なんだ、良いこと尽くめだな。詳しく聞きたい。今度店へ行くよ」
「うん! 僕立珂だよ! こっちはお兄ちゃんの薄珂!」
「私は蓮花れんかよ。絶対行くわ」
「うん! 待ってるね!」

 蓮花と話し終えると、今度は劇団員が群がってきて見せてくれとねだってきた。
 演者の服を用意しているという青年は特にあれこれと訊ねてきて、立珂は嬉しそうに答えていく。
 ひとしきり話し終えると、立珂は向日葵が咲いたような笑顔で薄珂にしがみ付いた。
 薄珂はこの笑顔を見るために生きているようなものだ。

「みんな褒めてくれた!」
「当然だ。立珂の服はすごいんだからな」
「ふふふ。楽しい。とっても楽しい!」
「もっと色んな人に見てもらいたいな」
「うん。でも有翼人がどこに住んでるか分からないよね」
「そうなんだよな。有翼人保護区が完成したら一気にできるけど今はな……」
「んにゅ~……」

 その時、薄珂の視界の隅で『迦陵頻伽』の旗が揺らめいた。
 とても大きく美しく、それを見つけて駆け寄ってくる人々もいる。どんどん人は増え、演者と話すための列は伸びていく。
 薄珂はそれを見て目を見開いた。

「これだ!」
「どれだ?」

 薄荷はこてんと首を傾げる立珂を抱き上げ走り出した。
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