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第三章 蛍宮室家
第四十四話 軍師護栄
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孔雀と金剛が去り、薄珂は怒りと悔しさで震えていた。
感情任せに格子戸を殴っていると、視界の隅で護栄が動く姿が見えた。
「落ち着きなさい」
「護栄様! 大丈夫!?」
「口が切れてますがなんとか」
「どういうこと。なんで護栄様が」
「金剛に聞きたいことがあり牢へ行ったんです。そこで孔雀殿に思い切りやられました」
「そんな……」
護栄の頬は赤く腫れていた。いつもきちんと結っている髪もぐしゃぐしゃになってしまっている。
薄珂が裏切られるのはこれで二度目だ。それも家族同然に思っていた相手にばかり。
しかも孔雀は金剛を倒したことで完全に味方だと思っていたし、それも虎視眈々と機会を狙っての演技だったなら今までの全てが嘘なのだ。
怒りと悔しさと、そして悲しさで薄珂は大きく項垂れた。
「落ち込むのは後にして下さい。まずは逃げましょう」
「ここが何処かも分からないのに?」
「分かります。ここは宮廷の真裏です」
「え?」
護栄はいつもと変わらず冷静で、それどころかやれやれと面倒くさそうな顔をしている。
そして、ぐいっと口元を拭い流れていた血を指先で確かめた。
「血の乾き方からしてそう時間は経っていないはず。あれをごらんなさい」
「あれは……」
護栄が目を向けたのは天井だった。そこにはいくつかの石が埋まっている。
振り返って周囲を見回すと、同じような石がぽこぽこと姿を覗かせていたがそれは薄珂もよく知っている石だ。
「蛍石!」
「下が空洞で掘り進めるのを中断した蛍石採掘場は一つしかありません。想定通りですね」
「想定?」
「以前金剛が立珂殿を捕らえた根城は崖に面した洞窟でした。なら連なる場所がないとも限らない。残党がいればそこへ逃げ込むのは当然」
「とっくに調べてたの!?」
「当然です。私が不在時の行動指示書は作ってあるので今頃私の部下が指揮を執ってますよ」
「……さすが護栄様」
「これくらいできなければ誰かを守ることなどできませんよ」
くすっと護栄は笑った。
それは暗に、あなたはまだ力量不足ですよ、と言われているような気がした。
たしかに立珂が狙われたらどうするかは考えていたが、自分が狙われた時どうするか、助けが来なかったらどうするか、助けがくるまでどうするか、何一つ考えていなかった。
立珂を守ってくれた慶都だって今は寂しくてもずっと立珂を守るために学舎へ通うことに時間を使っている。
(……俺は何もできてなかったんだ)
立珂が日々楽しく過ごせるようにと、そればかりを考えていた。
けれど護栄は国民の日々を考え宮廷職員の勤労についても考え、天藍の非常時についても手を打っている。
孔雀に裏切られたことに驚いてすらいないのは、信用してなかったのではなく何者かに裏切られた場合の対策を作っていたからだろう。
護栄が多くの人々に支持される本当の理由がようやく分かった気がした。
「問題は脱出ですね。出口が崖なら全員を掴んで飛んでもらう必要があるんですが」
「全員一度には難しい。子供は爪からすり抜けないように気を付けてないといけないし」
「まあそうですよね。でもそれは」
「薄珂。お前は本当に公佗児なのか」
問題と言いつつ問題などないというような顔をしている護栄の言葉を長老が遮った。
格子戸に手をかけ、祈るように見つめてくる。
「……うん。黙っててごめん」
「そうか……そうか、そうか……」
夢が崩れてがっかりしているのだろうか、長老は膝を付き、ああ、と小さく唸った。
申し訳ないような気になるが、そもそも崇拝される理由も薄珂はよく分からない。何を言ってやればいいのか分からずにいたが、ぱんぱんっと護栄が手を叩いた。
「そういうのは後でお願いします。子供達。獣種はなんです?」
「ここ五人は全員鼠よ。この二人は兄妹」
「俺と弟は猫だ」
「……うさぎ」
子供たちは不審そうな顔をして護栄を睨んだ。鼠の五人はまだ十歳かそこらだろう。
猫の兄弟は立珂と同じくらいに見えるが、筋肉もありこの中では一番力がありそうだった。
兎の子は一番年が上のようで、薄珂よりも年上に見えた。けれどとても臆病なようで、しゃがみ込み隅に隠れている。
「獣種ごとに分けたんですかね。獣化して見せて下さい。大きさを確認したい」
子供達は戸惑い、誰も獣化をしようとしなかった。
それを安心させるためか、長老が真っ先に獣化をして獣の姿を見せる。長老は薄珂が片手で抱えられるほどの白い猫だった。
薄珂も獣化したところを見るのは初めてだったが、痩せ細っていて毛艶も悪い。大きな傷を負った後があり、そこには毛が生えていない。その姿を見れば生きるのに精いっぱいだったのは想像に容易い。
長老に続いて子供達も獣化した。全員体はとても小さい。その対策なのか、彼らの格子戸には網が貼られている。隙間から逃げることもできないだろう。
くそ、と薄珂は唇を噛んだが、護栄はぱちぱちと拍手をした。
「いいですね。これならいけます」
「いけないよ! みんな普通に暮らしてたんだ。戦うなんてできない」
「別に戦いませんよ」
「え? でも逃げるなら戦って倒さないと駄目だよ」
護栄はくすっと笑い立ち上がると懐から髪紐を取り出した。端には立珂の羽根が付いている。以前立珂が渡した物だ。
「今日は大事な会議があるんです。早く帰らないと」
「帰るってどーすんだよ!」
「あいつらいっぱいいるのよ! たくさん!」
「そんなこと問題じゃありませんよ。私を誰だと思ってるんです」
「何か作戦があるの?」
「覚えておきなさい。勝敗を左右するのは戦略。戦うだけが力じゃありませんよ」
護栄は立珂の羽根飾りできゅっと髪を結った。
いつもと違い適当に結んだだけのそれは護栄には似つかわしくない。そのせいか、どこか少年のようないたずらっぽさを感じさせた。
「一時間で終わらせましょう」
にこりと微笑み、護栄は格子戸に手を掛けた。
感情任せに格子戸を殴っていると、視界の隅で護栄が動く姿が見えた。
「落ち着きなさい」
「護栄様! 大丈夫!?」
「口が切れてますがなんとか」
「どういうこと。なんで護栄様が」
「金剛に聞きたいことがあり牢へ行ったんです。そこで孔雀殿に思い切りやられました」
「そんな……」
護栄の頬は赤く腫れていた。いつもきちんと結っている髪もぐしゃぐしゃになってしまっている。
薄珂が裏切られるのはこれで二度目だ。それも家族同然に思っていた相手にばかり。
しかも孔雀は金剛を倒したことで完全に味方だと思っていたし、それも虎視眈々と機会を狙っての演技だったなら今までの全てが嘘なのだ。
怒りと悔しさと、そして悲しさで薄珂は大きく項垂れた。
「落ち込むのは後にして下さい。まずは逃げましょう」
「ここが何処かも分からないのに?」
「分かります。ここは宮廷の真裏です」
「え?」
護栄はいつもと変わらず冷静で、それどころかやれやれと面倒くさそうな顔をしている。
そして、ぐいっと口元を拭い流れていた血を指先で確かめた。
「血の乾き方からしてそう時間は経っていないはず。あれをごらんなさい」
「あれは……」
護栄が目を向けたのは天井だった。そこにはいくつかの石が埋まっている。
振り返って周囲を見回すと、同じような石がぽこぽこと姿を覗かせていたがそれは薄珂もよく知っている石だ。
「蛍石!」
「下が空洞で掘り進めるのを中断した蛍石採掘場は一つしかありません。想定通りですね」
「想定?」
「以前金剛が立珂殿を捕らえた根城は崖に面した洞窟でした。なら連なる場所がないとも限らない。残党がいればそこへ逃げ込むのは当然」
「とっくに調べてたの!?」
「当然です。私が不在時の行動指示書は作ってあるので今頃私の部下が指揮を執ってますよ」
「……さすが護栄様」
「これくらいできなければ誰かを守ることなどできませんよ」
くすっと護栄は笑った。
それは暗に、あなたはまだ力量不足ですよ、と言われているような気がした。
たしかに立珂が狙われたらどうするかは考えていたが、自分が狙われた時どうするか、助けが来なかったらどうするか、助けがくるまでどうするか、何一つ考えていなかった。
立珂を守ってくれた慶都だって今は寂しくてもずっと立珂を守るために学舎へ通うことに時間を使っている。
(……俺は何もできてなかったんだ)
立珂が日々楽しく過ごせるようにと、そればかりを考えていた。
けれど護栄は国民の日々を考え宮廷職員の勤労についても考え、天藍の非常時についても手を打っている。
孔雀に裏切られたことに驚いてすらいないのは、信用してなかったのではなく何者かに裏切られた場合の対策を作っていたからだろう。
護栄が多くの人々に支持される本当の理由がようやく分かった気がした。
「問題は脱出ですね。出口が崖なら全員を掴んで飛んでもらう必要があるんですが」
「全員一度には難しい。子供は爪からすり抜けないように気を付けてないといけないし」
「まあそうですよね。でもそれは」
「薄珂。お前は本当に公佗児なのか」
問題と言いつつ問題などないというような顔をしている護栄の言葉を長老が遮った。
格子戸に手をかけ、祈るように見つめてくる。
「……うん。黙っててごめん」
「そうか……そうか、そうか……」
夢が崩れてがっかりしているのだろうか、長老は膝を付き、ああ、と小さく唸った。
申し訳ないような気になるが、そもそも崇拝される理由も薄珂はよく分からない。何を言ってやればいいのか分からずにいたが、ぱんぱんっと護栄が手を叩いた。
「そういうのは後でお願いします。子供達。獣種はなんです?」
「ここ五人は全員鼠よ。この二人は兄妹」
「俺と弟は猫だ」
「……うさぎ」
子供たちは不審そうな顔をして護栄を睨んだ。鼠の五人はまだ十歳かそこらだろう。
猫の兄弟は立珂と同じくらいに見えるが、筋肉もありこの中では一番力がありそうだった。
兎の子は一番年が上のようで、薄珂よりも年上に見えた。けれどとても臆病なようで、しゃがみ込み隅に隠れている。
「獣種ごとに分けたんですかね。獣化して見せて下さい。大きさを確認したい」
子供達は戸惑い、誰も獣化をしようとしなかった。
それを安心させるためか、長老が真っ先に獣化をして獣の姿を見せる。長老は薄珂が片手で抱えられるほどの白い猫だった。
薄珂も獣化したところを見るのは初めてだったが、痩せ細っていて毛艶も悪い。大きな傷を負った後があり、そこには毛が生えていない。その姿を見れば生きるのに精いっぱいだったのは想像に容易い。
長老に続いて子供達も獣化した。全員体はとても小さい。その対策なのか、彼らの格子戸には網が貼られている。隙間から逃げることもできないだろう。
くそ、と薄珂は唇を噛んだが、護栄はぱちぱちと拍手をした。
「いいですね。これならいけます」
「いけないよ! みんな普通に暮らしてたんだ。戦うなんてできない」
「別に戦いませんよ」
「え? でも逃げるなら戦って倒さないと駄目だよ」
護栄はくすっと笑い立ち上がると懐から髪紐を取り出した。端には立珂の羽根が付いている。以前立珂が渡した物だ。
「今日は大事な会議があるんです。早く帰らないと」
「帰るってどーすんだよ!」
「あいつらいっぱいいるのよ! たくさん!」
「そんなこと問題じゃありませんよ。私を誰だと思ってるんです」
「何か作戦があるの?」
「覚えておきなさい。勝敗を左右するのは戦略。戦うだけが力じゃありませんよ」
護栄は立珂の羽根飾りできゅっと髪を結った。
いつもと違い適当に結んだだけのそれは護栄には似つかわしくない。そのせいか、どこか少年のようないたずらっぽさを感じさせた。
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