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第三章 蛍宮室家

第四十話 異変

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 日が暮れてからの水浴びはとても冷えて、体力のない立珂は風邪を引きやすい。
 なので陽が沈む前にそういったことを済ませるようにしているので今日はもう水浴びは無理そうだった。

「立珂。今日は身体拭くだけでいいか?」
「うん。羽も水吸うの嫌がってるし」
「えっ。そんなこと分かるようになったのか?」
「なんとなく背中が元気ない気がするの」
「具合悪いのとは違うのか?」
「違う。羽はお水いっぱい吸わせると疲れるんだと思う。慶都は水浴びする?」
「俺も身体拭くだけでいい。立珂と一緒にやる」
「分かった。じゃあ水汲んでくるな。慶都は立珂と一緒にいて」
「うん!」

(凄いな立珂。今度芳明先生に詳しく聞きに行こう)

 薄珂が見てる限りの感想だが、立珂は自分に対する認識が変わってきている。
 自分で分かるようになれば薄珂があてずっぽうであれこれ試す必要もなく正解が分かる。これなら人と生活していくのに何の不自由もない日は遠くないかもしれない。
 慶都のように同じ歳の子供がいる学舎に通えたら良いのかと思ったこともあったが、これはやはり難しいと芳明は言っていた。
 それは立珂の心境がどうこうということではなく、有翼人は人付き合いで心を痛めて病気になることがあるからだ。
 相手に悪気が無くても気を使う場面があまりにも多すぎて、有翼人は総じて集団での共同生活は避けるらしい。
 ならばやはり、お洒落やお菓子といった物づくりで立珂が伸び伸びと過ごせる環境を作ってやるのが一番ということだ。

(宮廷で生活はできない。かといって響玄先生みたいに自分の店を持つのは問題が多すぎる)

 これはずっと薄珂が考えていることだった。
 商売を学び始めたのは立珂が心地よく過ごせる場を失わないためだ。けれど店を経営するというのがどういうことなのか、薄珂は未だによく分からない。
 響玄のように商品を作ってもらうよう工場に頼んだり運んでもらう手配をする必要が出てくる。
 だがそのためにはお金を払わなければならず、なら常に売り上げを作っている必要もある。
 もし売り上げがなければ立珂の羽根は常に宮廷で買ってもらわないといけないが、立珂の羽根が売れなくなったら店は続けられなくなる。
 思いつくだけでもやるべき事が膨大で、そこまで一人でやるには薄珂はあまりにも人間社会についてを知らない。
 商売をやるのが良いと思ったが、やるべきことは違うのではないかと思い始めていた。
 そう思うようになったのは護栄のあの一言がきっかけだった。

『薄珂殿。私のところで働いてみませんか』

 出勤は立珂と一緒でよくてそれも数時間だけということは、本格的に働くというより護栄も様子見をしたいと思っているのだろう。
 けれどそれで給料が出るなら、もし宮廷職員になったらどうなるのかを経験することができるのは魅力的だ。
 何より、この誘いは立珂ではなく薄珂自身を必要としてくれている。自立したいとは思ったが、それは全て一人でやらなければならないということでもある。
 それよりは、天藍と護栄の庇護下で仕事を与えてもらい、それで給料を得られるのは理想的かもしれない。
 けれど立珂が楽しく過ごすためには、既に宮廷は無くてはならない存在になっている。
 宮廷も有識者として立珂を迎え入れている以上、護栄の元で働くのは悪くないのかもしれない。
 
(……聞いてみようかな)

 次の納品は三日後に控えている。
 相談するだけしてみようと思ったが、突如家からがちゃんと何かが割れるような大きな音がした。

「立珂!?」

 慌てて桶を捨て立ち上がったその時だった。

「いたな」
「え――っ!!」

 がつんと何かに頭を殴られた衝撃がはしり倒れ込んだ。ぐらぐらと視界が揺れて動けない。

(なんだ……立珂、立珂は……)

 戻らなければと思うけれど、薄珂の身体は固い何かに掴まれた。そして次の瞬間ぶわっと持ち上げられ空へと舞い上がった。

(……鳥? 鳥獣人? なんだ、なんだこれ)

 家がどんどん小さくなっていく。立珂の姿は見えない。
 立珂、立珂、立珂。
 それだけを頭の中で繰り返したが、ふいに思い出した。

(天藍の隠してる鳥獣人! そうだ、慶都……!)

 薄珂と宮廷にとって最大の利益は立珂だ。だが誰しもがそうではない。
 慶都を狙う連中にとっては薄珂と立珂は『慶都の友人』なのだ。
 立珂が笑顔になったことで忘れていた。今立珂の傍には慶都がいる。
 慶都を手に入れるための保険として人質を得るのは当然だ。

(慶都……立珂を連れて逃げろ……)
 
 けれどそれは声にならず、薄珂の視界は暗転した。
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