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第三章 蛍宮室家

第三十九話 立珂の動揺

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 薄珂が目を覚ましたのはいつも通り朝食を作る頃だった。
 けれど立珂は起きてこなかった。昨日聞いた『皇太子が鳥獣人を隠している』という噂に動揺し、なかなか寝付けなかったのだ。
 こういう時は思う存分寝かせてやるのが良いのだろうと思っていたが、薄珂は眠り立珂の傍に膝を突いた。

(芳明先生が寝すぎは良くないって言ってたよな。立珂が眠ると羽も眠った状態で、辛い気持ちがたまって回復しない)

 有翼人は薄珂が思っていた以上に羽の扱いが重要なようだった。
 単純な寝不足であれば寝かせてやれば良いが、もし心が疲れたことがあったのなら適度な時間で起こして羽を撫でてやる方が良いらしい。
 気持ちよさそうに眠っているのを起こすのは忍びないが、もうじき昼になってしまう。
 薄珂はがっちりと抱き着いて眠っている立珂の頬をぷにっと突いた。

「りーっか。そろそろ起きないか? もう昼だぞ」
「んにゃぁ……」
「今日は慶都のとこ遊びに行かないか? 前にお泊りしてほしいって言ってたろ」
「ふゃっ! お泊り!」
「お昼持って離宮行こう。で、慶都が帰って来たらお泊りしてって頼む。どうだ?」
「お泊りしてほしい! 遊びたい!」

 立珂と慶都は共に過ごせる時間が少なくなっていた。
 慶都は日中学舎で夕方に帰ってくる。どうやら勉強することが多いようで、帰って来てからも宿題や勉強をしていることも増えたらしい。
 対して立珂は自由に過ごしているが、ここ最近は行動に規則ができつつあった。
 基本的に昼までは響玄の店で過ごす。護栄が美星の業務は立珂と語らい有翼人について治験を溜めることとしたようで、毎日立珂と遊んでくれる。
 昼が過ぎたら宮廷へ行く。基本的には侍女と服作りやお洒落談義をして過ごすが、三日に一度は莉雹と有翼人について語り合う。
 結果、里にいた時のように四六時中共に過ごすことはとても少なくなり、泊まるとなればきちんと日程を相談しなければいけないのだ。
 立珂はぴょんっと跳ね起き、きらきらと目を輝かせた。

「じゃあ起きて着替えて弁当作ろう。今日は何着る?」
「ごろごろできるのがいい! 慶都とごろごろする!」
「となると薄手のしかないな。動きやすい冬服も作らなきゃな」
「今作ってるよ! 背中だけ薄い生地にするの。異素材の服って可愛いんだ」
「異素材ってなんだ? 前からよく言ってるよな」
「質感の違う生地を使うことを異素材っていうんだよ! お洒落でしょ!」
「……凄いな、立珂。どんどん頭良くなってくじゃないか。俺にもお洒落なの作ってくれよ」
「もちろんだよ! 薄珂は僕とお揃いだよ!」
「ああ。俺も立珂とお揃いが良い」

 すっかり不安は吹き飛んだようで、意気揚々と冬のお洒落を語り始めた。
 最初は立珂が楽しければそれで良い程度に思っていたが、もはや生きがいのようにも見える。
 水飴を知ってからはお菓子作りもしたいと言い出し、美星とお菓子作りも二人でやったりしている。

「弁当は何が良い? いつもみたいに野菜茹でるか?」
「麺麭(ぱん)にお肉とかお野菜はさむのがいい!」
「ああ、玉葱食べられるようになったあれだな」
「うん! はさみたいのがあるんだ!」

 お菓子作りの経過で立珂の食べられる物と食べられない物も分かってきて、においにも強くなり好きな食べ物も増えつつあった。
 芳明が言うにはこれが有翼人の子供の一般的な成長で、五歳になるころには人間と変わらない食生活が可能になるという。
 それでも受け付けないものは有翼人の生態上摂取できない物だと判断するらしい。
 立珂は知らないものを知ることが面白くなってきたようで、立珂の楽しいことが増えるのは薄珂も嬉しかった。
 買い置きしてある麺麭と腸詰、その他の肉類、野菜を取り出し机に並べた。
 するとその時、こんこんと扉を叩く音がした。ここに薄珂と立珂が住んでいることを知っているのは響玄と美星、天藍、護栄、玲章、そして慶都一家だけだ。その中で約束無しで日常的に訪ねてくるのは一人しかいない。

「慶都!?」
「学舎休みだったのかな。はーい!」

 扉を開けると、同時に何者かが飛び込んできた。それは予想通りの人物だった。

「立珂! 遊びに来たぞ!」
「慶都だ! わあい! 僕も会いに行こうと思ってたんだ! 今日お泊りしない!?」
「泊る! 泊るつもりで来た!」
「やったー! お泊り! お泊り! 慶都とお泊り!」

 慶都は立珂に向かって、立珂は慶都に向かって走り出し、どんっとぶつかるように抱き着いた。
 その勢いで二人ともころんと転がり、きゃっきゃとはしゃぎだす。

(よかった。やっぱり慶都がいると違うな)

 今までの立珂は遊んで楽しむことも休息することも全て相手は薄珂だった。
 それは薄珂にとって幸せなことだったが、友達と遊べるのは立珂の世界が広がり楽しみも増え立珂は成長する。
 そして疲れたら薄珂の腕の中に戻り休んでくれて、これが今の薄珂にとって最高の幸せだ。

「慶都はお昼食べた? 僕ら今から食べるんだよ」
「まだだ。一緒に食べようと思ってたんだ」
「ちょうどいいな。好きな麺麭選んで具材を挟むんだ」

 三人で食卓を囲むと、立珂はいち早く腸詰に手を伸ばした。
 細長い麺麭に鮮やかな黄緑色をした萵苣(ちしゃ)の葉数枚入れ腸詰を三本も詰め込みかぶりついたが、立珂の小さな口ではめいっぱい広げても入らない。

「立珂。一本にしたらどうだ?」
「むりだった」

 そうして二人は好きな食べ物を挟んでお互い食べさせ合ったりしていたが、具材も無くなり始めたころ立珂が台所から何かを持って来て机に置いた。
 持って来たのは黄桃で、ぺんっと麺麭にはさんでしまった。 

「立珂! 桃は果物だぞ!」
「うん。お菓子みたいになるんだよ」

 さらに立珂は白い生凝乳(くりーむ)をぺとぺとと塗り、はい、と薄珂と慶都にも作ってくれた。
 薄珂も初めて見る食べ方で面食らったが、立珂が期待に満ちた眼差しで見つめてくるので思い切ってぱくりと食べた。
 麺麭がべとべとになりそうに思われたが、思っていたよりもふわふわで甘すぎずとても美味しい。

「本当だ! 美味しい!」
「でしょー! おいしーの!」
「凄いな。最近の立珂は発明家だ」
「これ小さいのをいっぱい作れば侍女のみんなとおやつに食べれると思うんだ。今度持ってくの」
「あ。もしかしてこの前買った包装紙ってそれ用か?」
「うん! 可愛くしたらきっと楽しいよ!」

 このところ立珂は今までとは違う物を欲しがるようになっていた。
 今までは生地や石といった服飾に関するものばかりだったが、最近は紙や飾紐を揃えている。
 侍女や職員に羽根飾りや装飾品を贈る時に梱包するのだが、それも可愛らしく凝った包みになっているのだ。
 それがまた評判になり、立珂に梱包の案をくれる者も増えてきた。
 立珂は何かを作ることにやりがいを見出しているようで、最近は様々な教本を読みたいと言い美星に文字を習ったりもしている。

(もっと色々やらせてやりたいな。立珂が大丈夫なら共同作業する相手は侍女じゃなくたって良いんだし)

 立珂に金儲けをさせる必要はないが、楽しいことはたくさん見つけてやりたい。
 朝市のように新たな刺激となる場があれば足を運ぶのも良いかもしれない。
 ちらりと立珂を見ると、食事を終えて慶都と二人で服を広げていた。慶都にはつまらないのではないかと思ったが、見目の美しさではなく動きやすさや快適さで慶都の服を考えていて、それは慶都の生活にも役立つので本人も意欲的に話を聞いている。
 決して趣味で自分をおしつけるだけではなく相手の需要に合わせるというのは自然にやっていて、もしかしたら薄珂よりも相手の気持ちに寄り添う提供ができるのかもしれない。
 様々な未来を想像させる立珂の成長はとても眩しく、そのためにも色々な情報を集めようと決心した。
 そうして二人は一日中はしゃぎ回り、気が付けば日が暮れていた。
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