123 / 356
第三章 蛍宮室家
第三十七話 天藍の隠してる鳥獣人
しおりを挟む
天藍が隠す鳥獣人といえば薄珂のことしかない。
薄珂はぎくりとして固まったが、孔雀はそれを隠すようににこりと微笑んだ。
「鳥獣人といえば慶真殿でしょう。隠してはいないですよ」
「違う違う。他にもいるって話! すっげえ強いんだってさ!」
「私は聞いたことないですね。誰が言ってるんですか?」
「誰? 誰だろ。噂になってるよ、最近」
「最近ですか。それは鷹ですか? それとも他の種?」
「さあ。でもとにかく強くて速いって聞いた」
薄珂が公佗児獣人であることを知るのは金剛の一件に関わった者だけだ。
鳥獣人はたしかに目撃されたが、それは全て慶真だということにしてくれた。金剛を倒したことも孔雀が一人でやったことにしてくれている。
(……気を付けた方がいいかな)
だが存在するという噂だけで、狙われているわけでもない。そういう噂ががあると知っておけばいいだろうと、薄珂は再び立珂のお洒落談義を危機に戻った。
結局夕方になるまで装飾品作りで盛り上がり、そろそろ夕飯の支度をするという母親たちの号令で立珂のお裁縫教室は終了となった。
また遊んでね、と子供に誘われた立珂は嬉しそうにしていた。
薄珂は疲れ顔の立珂を抱っこしたが、獣人保護区を出たところで立珂が小声で訊ねてきた。
「天藍の隠してる鳥獣人って薄珂のことかなぁ……」
「違いますよ。この噂は殿下も把握してますが、慶都君と白那さんのことなんです。慶真殿の家族がどこかにいるというのは前々から言われているんですよ」
「けど薄珂のことかもしれないよ」
「いいえ。この噂は数年前からあるんです。大分沈静化してたんですが、殿下が慶都君を国営の学舎にいれたことで再燃してしまった。だから護栄様は急いで慶都君を違う学舎に移したんですよ」
「そうなの? いじわるしたのかと思ってた」
「そう見えたかもしれませんね。でも護栄様は今でも気にかけていて、この噂に注意するよう言われています。私の往診はその調査も兼ねているんですよ」
「さすが護栄様」
「なので二人は気にしなくて大丈夫ですよ。薄珂君のことではないですから」
「うん。有難う先生」
孔雀は大丈夫ですよ、ともう一度微笑んで立珂を撫でると宮廷へと帰って行った。
言われればたしかに慶都の方がずっと危険な身の上だ。けれど立珂はどうしても気になるようで、きゅっと薄珂にしがみ付いた。心なしか震えているようだ。
もしかしたら自分が酷い目にあったことと重ねているのかもしれない。
「立珂。今日はぎゅーして寝るか」
「うん。する」
「じゃあ腸詰買って帰ろう。まんまる腸詰のお店行ってみるか?」
「……ううん。今日はおうちのお野菜食べる」
「そっか。じゃあ畑で野菜採ろう。立珂は菠薐草(ほうれんそう)採ってくれるか?」
「うん」
街で買えば何でも揃うが、薄珂は昔からの習慣もあり畑作業をやりたかったので家の傍に畑を作った。
ずっと動けなかった立珂はそれを一緒にやれるのも楽しいようで、最近はあれこれと色んな物を植えている。
けれど腸詰を食べないと言うのは珍しい。
(しまったな。不安にさせた)
裁縫を教えてやろうと提案したことが悔やまれた。余計な話をせずに帰っていれば、水飴を買って楽しく買い物をしたりもできたかもしれない。
そして案の定立珂はあまり食事を食べず、蒲団に入ってもなかなか寝付けないようだった。
以前芳明に教わったのだが、こころが辛い時は抱きかかえ羽を撫でてやると良いらしい。
眠れないのなら気晴らしに楽しい話でもしようと、起き上がり足の間に座らせて、羽を挟むように立珂を抱きかかえた。
「また子供達に作り方を教えに行くか。すごく喜んでたじゃないか」
「侍女に憧れてるんだって。同じ髪飾り作りたいって言ってた」
「なら美星さんも来てくれないか聞いてみよう。憧れの侍女だからな」
「うん。あ、僕欲しい生地あるんだ。先生にお願いしたら探してくれるかなあ」
「どうだろうな。明日聞いてみよう」
「前に愛憐ちゃんが着てた薄くてふわふわのが素敵だったんだ。明恭はもっと色んな生地があるのかな」
「あ、確か次の朝市には他の国の服飾店が屋台を出すんだ。見に行くか?」
「行く! 腸詰も食べたい!」
ようやく立珂はぱあっと明るい笑顔を見せてくれた。
鳥獣人の話を忘れたわけではないだろうが、不安に震えることが無くなる術があるのは有難い。
そしていつの間にか話はお洒落から腸詰にすり替わり、いつものように目を輝かせ始めた。
どの屋台の腸詰が一番おいしかったか、苦手なのはあったかなど、朝市のことを話していると喋りつかれた立珂はぷうぷうと寝息を立て始めた。
(慶都に泊りに来てもらうか。立珂はそれが一番嬉しいだろう)
腕の中で眠る立珂の頭を撫でると、うにゃぁと寝言を言って薄珂の腹にぐりぐり頭を押し付けてくる。
よしよしと撫でてやると気持ちよさそうにくふくふと笑い、その愛らしい寝顔を見ているだけで幸せを感じて薄珂もようやく眠りについた。
薄珂はぎくりとして固まったが、孔雀はそれを隠すようににこりと微笑んだ。
「鳥獣人といえば慶真殿でしょう。隠してはいないですよ」
「違う違う。他にもいるって話! すっげえ強いんだってさ!」
「私は聞いたことないですね。誰が言ってるんですか?」
「誰? 誰だろ。噂になってるよ、最近」
「最近ですか。それは鷹ですか? それとも他の種?」
「さあ。でもとにかく強くて速いって聞いた」
薄珂が公佗児獣人であることを知るのは金剛の一件に関わった者だけだ。
鳥獣人はたしかに目撃されたが、それは全て慶真だということにしてくれた。金剛を倒したことも孔雀が一人でやったことにしてくれている。
(……気を付けた方がいいかな)
だが存在するという噂だけで、狙われているわけでもない。そういう噂ががあると知っておけばいいだろうと、薄珂は再び立珂のお洒落談義を危機に戻った。
結局夕方になるまで装飾品作りで盛り上がり、そろそろ夕飯の支度をするという母親たちの号令で立珂のお裁縫教室は終了となった。
また遊んでね、と子供に誘われた立珂は嬉しそうにしていた。
薄珂は疲れ顔の立珂を抱っこしたが、獣人保護区を出たところで立珂が小声で訊ねてきた。
「天藍の隠してる鳥獣人って薄珂のことかなぁ……」
「違いますよ。この噂は殿下も把握してますが、慶都君と白那さんのことなんです。慶真殿の家族がどこかにいるというのは前々から言われているんですよ」
「けど薄珂のことかもしれないよ」
「いいえ。この噂は数年前からあるんです。大分沈静化してたんですが、殿下が慶都君を国営の学舎にいれたことで再燃してしまった。だから護栄様は急いで慶都君を違う学舎に移したんですよ」
「そうなの? いじわるしたのかと思ってた」
「そう見えたかもしれませんね。でも護栄様は今でも気にかけていて、この噂に注意するよう言われています。私の往診はその調査も兼ねているんですよ」
「さすが護栄様」
「なので二人は気にしなくて大丈夫ですよ。薄珂君のことではないですから」
「うん。有難う先生」
孔雀は大丈夫ですよ、ともう一度微笑んで立珂を撫でると宮廷へと帰って行った。
言われればたしかに慶都の方がずっと危険な身の上だ。けれど立珂はどうしても気になるようで、きゅっと薄珂にしがみ付いた。心なしか震えているようだ。
もしかしたら自分が酷い目にあったことと重ねているのかもしれない。
「立珂。今日はぎゅーして寝るか」
「うん。する」
「じゃあ腸詰買って帰ろう。まんまる腸詰のお店行ってみるか?」
「……ううん。今日はおうちのお野菜食べる」
「そっか。じゃあ畑で野菜採ろう。立珂は菠薐草(ほうれんそう)採ってくれるか?」
「うん」
街で買えば何でも揃うが、薄珂は昔からの習慣もあり畑作業をやりたかったので家の傍に畑を作った。
ずっと動けなかった立珂はそれを一緒にやれるのも楽しいようで、最近はあれこれと色んな物を植えている。
けれど腸詰を食べないと言うのは珍しい。
(しまったな。不安にさせた)
裁縫を教えてやろうと提案したことが悔やまれた。余計な話をせずに帰っていれば、水飴を買って楽しく買い物をしたりもできたかもしれない。
そして案の定立珂はあまり食事を食べず、蒲団に入ってもなかなか寝付けないようだった。
以前芳明に教わったのだが、こころが辛い時は抱きかかえ羽を撫でてやると良いらしい。
眠れないのなら気晴らしに楽しい話でもしようと、起き上がり足の間に座らせて、羽を挟むように立珂を抱きかかえた。
「また子供達に作り方を教えに行くか。すごく喜んでたじゃないか」
「侍女に憧れてるんだって。同じ髪飾り作りたいって言ってた」
「なら美星さんも来てくれないか聞いてみよう。憧れの侍女だからな」
「うん。あ、僕欲しい生地あるんだ。先生にお願いしたら探してくれるかなあ」
「どうだろうな。明日聞いてみよう」
「前に愛憐ちゃんが着てた薄くてふわふわのが素敵だったんだ。明恭はもっと色んな生地があるのかな」
「あ、確か次の朝市には他の国の服飾店が屋台を出すんだ。見に行くか?」
「行く! 腸詰も食べたい!」
ようやく立珂はぱあっと明るい笑顔を見せてくれた。
鳥獣人の話を忘れたわけではないだろうが、不安に震えることが無くなる術があるのは有難い。
そしていつの間にか話はお洒落から腸詰にすり替わり、いつものように目を輝かせ始めた。
どの屋台の腸詰が一番おいしかったか、苦手なのはあったかなど、朝市のことを話していると喋りつかれた立珂はぷうぷうと寝息を立て始めた。
(慶都に泊りに来てもらうか。立珂はそれが一番嬉しいだろう)
腕の中で眠る立珂の頭を撫でると、うにゃぁと寝言を言って薄珂の腹にぐりぐり頭を押し付けてくる。
よしよしと撫でてやると気持ちよさそうにくふくふと笑い、その愛らしい寝顔を見ているだけで幸せを感じて薄珂もようやく眠りについた。
0
お気に入りに追加
134
あなたにおすすめの小説
主人公の兄になったなんて知らない
さつき
BL
レインは知らない弟があるゲームの主人公だったという事を
レインは知らないゲームでは自分が登場しなかった事を
レインは知らない自分が神に愛されている事を
表紙イラストは マサキさんの「キミの世界メーカー」で作成してお借りしています⬇ https://picrew.me/image_maker/54346
嫌われ者の長男
りんか
BL
学校ではいじめられ、家でも誰からも愛してもらえない少年 岬。彼の家族は弟達だけ母親は幼い時に他界。一つずつ離れた五人の弟がいる。だけど弟達は岬には無関心で岬もそれはわかってるけど弟達の役に立つために頑張ってるそんな時とある事件が起きて.....
魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました
タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。
クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。
死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。
「ここは天国ではなく魔界です」
天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。
「至上様、私に接吻を」
「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」
何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?
僕はただの妖精だから執着しないで
ふわりんしず。
BL
BLゲームの世界に迷い込んだ桜
役割は…ストーリーにもあまり出てこないただの妖精。主人公、攻略対象者の恋をこっそり応援するはずが…気付いたら皆に執着されてました。
お願いそっとしてて下さい。
♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎
多分短編予定
純情将軍は第八王子を所望します
七瀬京
BL
隣国との戦で活躍した将軍・アーセールは、戦功の報償として(手違いで)第八王子・ルーウェを所望した。
かつて、アーセールはルーウェの言葉で救われており、ずっと、ルーウェの言葉を護符のようにして過ごしてきた。
一度、話がしたかっただけ……。
けれど、虐げられて育ったルーウェは、アーセールのことなど覚えて居らず、婚礼の夜、酷く怯えて居た……。
純情将軍×虐げられ王子の癒し愛
ヒロイン不在の異世界ハーレム
藤雪たすく
BL
男にからまれていた女の子を助けに入っただけなのに……手違いで異世界へ飛ばされてしまった。
神様からの謝罪のスキルは別の勇者へ授けた後の残り物。
飛ばされたのは神がいなくなった混沌の世界。
ハーレムもチート無双も期待薄な世界で俺は幸せを掴めるのか?
副会長様は平凡を望む
慎
BL
全ての元凶は毬藻頭の彼の転入でした。
ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー
『生徒会長を以前の姿に更生させてほしい』
…は?
「え、無理です」
丁重にお断りしたところ、理事長に泣きつかれました。
ポメラニアンになった僕は初めて愛を知る【完結】
君影 ルナ
BL
動物大好き包容力カンスト攻め
×
愛を知らない薄幸系ポメ受け
が、お互いに癒され幸せになっていくほのぼのストーリー
────────
※物語の構成上、受けの過去が苦しいものになっております。
※この話をざっくり言うなら、攻めによる受けよしよし話。
※攻めは親バカ炸裂するレベルで動物(後の受け)好き。
※受けは「癒しとは何だ?」と首を傾げるレベルで愛や幸せに疎い。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる