上 下
122 / 356
第三章 蛍宮室家

第三十六話 広がる立珂の人気

しおりを挟む
 蛍宮には色々な店や仕事がある。客商売だったり学舎だったり、役所などもある。
 だが薄珂と立珂が日常生活で関わるのは露店と隊商くらいで、建物の中に入っている店や役所に関わることはない。
 自宅のある南区から出ることはあまりないが、最近は立珂が街で過ごすことにも慣れてきたので少しずつ行動範囲は広がっている。
 最も抵抗がないのは獣人保護区だ。皇太子の来賓ではなく『孔雀様のご友人』ということでみんなよくしてくれるので安心感もあり、保護区にある孔雀の出張診療所へ足を運ぶことも増えていた。

「孔雀せんせー!」
「おはようございます。おや、立珂君は珍しい物を食べてますね」
「水飴! 昨日朝市でみっけたの」
「来る途中の屋台でも売ってたんだ」
「でも昨日のはもっときらきらしてた。宝石みたいだったの」
「南区はお金持ちが多いですからね。良い物が多いんです」

 立珂は水飴がとても気に入ったようで、似たような物を見つけたので買ってやったのだ。
 終始にこにこと笑顔で、やはり新しいものに触れるのは正解だった。

「そういえば、最近保護区で亮漣君をよく見かけますよ」
「先生に会いに? 獣人はみんな孔雀先生に会いたいもんね」
「それはどうだか分かりませんが、東の伝承に詳しくて天然石の意味を教えてくれているんです」
「へー。そうなんだ。色々あるんだねあれって」
「一緒に行ってみませんか? 女の子たちが立珂君がお洒落だから紹介してほしいと頼まれてるんです」
「お洒落!? 行く!」
「よし。じゃあ広場に行くか」

 そんな話をして広場へ出た。特に何をするでもなく獣人達が集い好きに過ごしている。
 その中から一人、手を振りながら駆け寄ってくる少年がいた。

「おーい! 薄珂!」
「亮漣!」
「よかった! 会ったら礼言おうと思ってたんだ。もう天然石売れまくり!」
「それは孔雀先生効果だよ」
「そりゃあまあな。なんたって孔雀先生は英雄だ!」

 孔雀先生、という言葉を聞きつけた獣人たちはすぐにざわつき集まり始めた。日を追うごとに孔雀の人気は上がっていて、もはや教祖のように崇める者もいる。
 しかしその輪に入れず、遠巻きにじいっと立珂を見つめる少女がいた。
 もじもじしているばかりだったので、孔雀がにこりと微笑み声を掛けた。

「立珂君とお喋りしたいんですか?」
「あ、あの……あのぅ……」
「なあに?」
「……そ、その、かみのけ結んでるの……」
「う? これ? あ、欲しいの?」
「あ、う、うぅ……」

 立珂はもともと髪型にはこだわりがなかった。暑ければ結うし寒ければ結わない。その程度だ。
 けれどお洒落を覚えて服を楽しむようになってからは髪型にもこだわるようになっていた。美星が色々な髪型にしてくれるので、自分でもやるようになっている。
 今日は横で一つ結びにしているが、留めているのは侍女と一緒に作った髪紐だ。天然石を使っているので目に留まったのだろう。

「立珂。作り方を教えてあげたらどうだ?」
「そうだね! うん! 僕ねえ、お裁縫道具持ち歩いてるんだよ」
「さすが立珂君ですね。じゃああちらで一緒にやりましょう。いらっしゃい」
「う、うん!」

 少女は孔雀に手を引かれ、広場に設置されている机に向かった。
 薄珂も立珂と亮漣を連れて向かい、背嚢から立珂の裁縫道具と多種多様な生地、それから天然石を取り出した。

「色んなのがある!」
「きれいでしょ。石は穴があいてるのも売ってるんだよ。そしたら紐に通して飾りにして、それを髪紐にくっつけるんだ」
「うわぁ……!」
「布をくっつけても可愛いよ。宮廷の侍女さんは布でお花を作ってくっ付けてるよ」
「宮廷の!? おんなじがいい!」
「じゃあ布を選ぼう! 何色がいい?」

 最初は立珂に針を持たせるのに不安があった。
 けれど美星や侍女と話してお洒落を学ぶうちに、立珂は自分で作りたいをしたいと言い出したのだ。それは自立したいと思い響玄に商売を習い始めた薄珂と同じ成長で、ならばそれをもっと楽しくできるようにしてやろうと決めた。
 ならばどこでも遊べるように天然石と端切れを持ち歩くのが良いだろうと美星が提案してくれた。だから薄珂の背嚢にはいつでも立珂の着替えとお洒落道具が入っている。
 少女は次第に熱量も高くなり、そのはしゃぐ声に他の子供も集まってきた。
 以前なら怯えて引き下がっていた立珂だが、今日は日との和の中心で楽しそうに盛り上がっている。人と話すことにも慣れ、こうして交流もできるようになった。立珂が好きなことを教えてやるだけで回りも楽しくいられるならこんなに良いことはない。
 子供達もすっかり立珂と打ち解けて、いつもは何してるの、と色々な会話で盛りあがり始めた。

「ねーねー。りっかちゃんは鳥獣人なの?」
「僕は有翼人だよ。飛べないの」
「そっかあ。じゃあ違うね」
「何が?」
「あ、あれだろ! 殿下が鳥獣人を隠してるってやつ!」
「「「鳥獣人?」」」

 亮漣が急に身を乗り出して目を輝かせた。これには薄珂と立珂、孔雀も思わず同時に声を上げざるを得なかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

冬生まれ
BL
モテる友人、斉藤 結那【さいとう ゆな】とは全く真逆の奏人【かなと】は、いつも彼と比べられ馬鹿にされていた。そんな結那に逆恨みした奏人は、彼を陥れようとある作戦を思いつき、実践するのだが……。

膀胱を虐められる男の子の話

煬帝
BL
常におしがま膀胱プレイ 男に監禁されアブノーマルなプレイにどんどんハマっていってしまうノーマルゲイの男の子の話 膀胱責め.尿道責め.おしっこ我慢.調教.SM.拘束.お仕置き.主従.首輪.軟禁(監禁含む)

何故か正妻になった男の僕。

selen
BL
『側妻になった男の僕。』の続きです(⌒▽⌒) blさいこう✩.*˚主従らぶさいこう✩.*˚✩.*˚

攻略対象者やメインキャラクター達がモブの僕に構うせいでゲーム主人公(ユーザー)達から目の敵にされています。

BL
───…ログインしました。 無機質な音声と共に目を開けると、未知なる世界… 否、何度も見たことがある乙女ゲームの世界にいた。 そもそも何故こうなったのか…。経緯は人工頭脳とそのテクノロジー技術を使った仮想現実アトラクション体感型MMORPGのV Rゲームを開発し、ユーザーに提供していたのだけど、ある日バグが起きる───。それも、ウィルスに侵されバグが起きた人工頭脳により、ゲームのユーザーが現実世界に戻れなくなった。否、人質となってしまい、会社の命運と彼らの解放を掛けてゲームを作りストーリーと設定、筋書きを熟知している僕が中からバグを見つけ対応することになったけど… ゲームさながら主人公を楽しんでもらってるユーザーたちに変に見つかって騒がれるのも面倒だからと、ゲーム案内人を使って、モブの配役に着いたはずが・・・ 『これはなかなか… 面白い方ですね。正直、悪魔が勇者とか神子とか聖女とかを狙うだなんてベタすぎてつまらないと思っていましたが、案外、貴方のほうが楽しめそうですね』 「は…!?いや、待って待って!!僕、モブだからッッそれ、主人公とかヒロインの役目!!」 本来、主人公や聖女、ヒロインを襲撃するはずの上級悪魔が… なぜに、モブの僕に構う!?そこは絡まないでくださいっっ!! 『……また、お一人なんですか?』 なぜ、人間族を毛嫌いしているエルフ族の先代魔王様と会うんですかね…!? 『ハァ、子供が… 無茶をしないでください』 なぜ、隠しキャラのあなたが目の前にいるんですか!!!っていうか、こう見えて既に成人してるんですがッ! 「…ちょっと待って!!なんか、おかしい!主人公たちはあっっち!!!僕、モブなんで…!!」 ただでさえ、コミュ症で人と関わりたくないのに、バグを見つけてサクッと直す否、倒したら終わりだと思ってたのに… 自分でも気づかないうちにメインキャラクターたちに囲われ、ユーザー否、主人公たちからは睨まれ… 「僕、モブなんだけど」 ん゙ん゙ッ!?……あれ?もしかして、バレてる!?待って待って!!!ちょっ、と…待ってッ!?僕、モブ!!主人公あっち!!! ───だけど、これはまだ… ほんの序の口に過ぎなかった。

愛などもう求めない

白兪
BL
とある国の皇子、ヴェリテは長い長い夢を見た。夢ではヴェリテは偽物の皇子だと罪にかけられてしまう。情を交わした婚約者は真の皇子であるファクティスの側につき、兄は睨みつけてくる。そして、とうとう父親である皇帝は処刑を命じた。 「僕のことを1度でも愛してくれたことはありましたか?」 「お前のことを一度も息子だと思ったことはない。」 目が覚め、現実に戻ったヴェリテは安心するが、本当にただの夢だったのだろうか?もし予知夢だとしたら、今すぐここから逃げなくては。 本当に自分を愛してくれる人と生きたい。 ヴェリテの切実な願いが周りを変えていく。  ハッピーエンド大好きなので、絶対に主人公は幸せに終わらせたいです。 最後まで読んでいただけると嬉しいです。

目が覚めたら、妹の彼氏とつきあうことになっていた件

水野七緒
BL
一見チャラそうだけど、根はマジメな男子高校生・星井夏樹。 そんな彼が、ある日、現代とよく似た「別の世界(パラレルワールド)」の夏樹と入れ替わることに。 この世界の夏樹は、浮気性な上に「妹の彼氏」とお付き合いしているようで…? ※終わり方が2種類あります。9話目から分岐します。※続編「目が覚めたら、カノジョの兄に迫られていた件」連載中です(2022.8.14)

奴隷商人は紛れ込んだ皇太子に溺愛される。

拍羅
BL
転生したら奴隷商人?!いや、いやそんなことしたらダメでしょ 親の跡を継いで奴隷商人にはなったけど、両親のような残虐な行いはしません!俺は皆んなが行きたい家族の元へと送り出します。 え、新しく来た彼が全く理想の家族像を教えてくれないんだけど…。ちょっと、待ってその貴族の格好した人たち誰でしょうか ※独自の世界線

迷子の僕の異世界生活

クローナ
BL
高校を卒業と同時に長年暮らした養護施設を出て働き始めて半年。18歳の桜木冬夜は休日に買い物に出たはずなのに突然異世界へ迷い込んでしまった。 通りかかった子供に助けられついていった先は人手不足の宿屋で、衣食住を求め臨時で働く事になった。 その宿屋で出逢ったのは冒険者のクラウス。 冒険者を辞めて騎士に復帰すると言うクラウスに誘われ仕事を求め一緒に王都へ向かい今度は馴染み深い孤児院で働く事に。 神様からの啓示もなく、なぜ自分が迷い込んだのか理由もわからないまま周りの人に助けられながら異世界で幸せになるお話です。 2022,04,02 第二部を始めることに加え読みやすくなればと第一部に章を追加しました。

処理中です...