上 下
116 / 356
第三章 蛍宮室家

第三十話 護栄待望、薄珂のお手入れ

しおりを挟む
 薄珂と立珂の家の場所は一目に付かない場所にある。
 木々に隠れ他に家もない。訪ねてくるような客はいないが、今日は違っていた。

「護栄様。そんな目ぎらぎらさせなくても」
「一瞬たりとも見逃しませんよ」

 事の発端は響玄が薄珂のお手入れに立珂の羽が白い秘密があると言ったことだ。
 あれ以来ことあるごとにあれこれと質問攻めにあい、ならいっそ見に来てはどうだと提案したところお泊り会を実施することになったのだ。
 少し呆れはしたが立珂はとても嬉しそうだったし、何よりうれしいのは天藍も一緒に来てくれたことだった。

「取って食われるから近付くなよ」
「猛獣じゃないんだから」

 いつも忙しくなかなか会えなくなってしまった天藍も泊りに来てくれていた。きっと護栄が気を回してくれたのだろう。
 木々に囲まれた小屋でゆっくり過ごすのは、出会ったばかりの里を思い出してなんだか懐かしかった。

「水浴びはいつも川なんですか? 川でなければいけない?」
「別にどこでもいいよ。この前は家の前でやったし」

 護栄はお手入れの謎を解明すべく目を大きく見開いているが、薄珂もそんな方法は知らない。
 期待には添えないと分かっているが、とにかくいつも通り水浴びの支度を始めた。立珂の服を脱がせて川岸に畳むと、自分も上だけ脱いで立珂を抱き上げた。

「よし、立珂行くぞ!」
「はあい!」

 薄珂と立珂は真っ直ぐ川に向かって走り、ばしゃんと飛び込んだ。ぶくぶく沈むとゆっくり浮き上がり、ぷはぁ、と立珂は顔をぷるぷると振る。
 立珂はばしゃばしゃと水を振りまきはしゃぎ出すが、川岸ではじいっと護栄が観察し続けている。

「湯じゃなくて水がいいのですか?」
「うん。暑いと汗かいて汗疹になるから。。でも温かいお風呂に入りたがる時もあるからそういう時はお湯沸かすけど、その後結局川に入るから立珂の気分次第かな。よーし立珂。わしゃわしゃするぞ~」
「はあい!」

 立珂は川岸付近の浅いところにうつぶせに寝転がった。水面でゆらゆらと羽が揺れている。
 薄珂は羽の中に手を入れ、わしゃわしゃと掻き回した。すると立珂は声を上げて笑い出す。

「きゃー!」
「わしゃわしゃー!」
「わしゃわしゃー!」

 きゃはは、と立珂は手足をばたつかせて喜び、薄珂はもっとだ、とひたすらわしゃわしゃと掻き回した。 

「石鹸で洗わないんですか?」
「うん。これはにおいを落としてるだけ。立珂の羽根は汚れないんだ」
「けど土に転がったりするだろ」
「でも汚れない。立珂の羽は土とか埃とか、物は付かないんだ。だからいつも綺麗なんだよ」
「滑り落ちてしまうということですか? それは有翼人が全員そうなのですか?」
「さあ。でも羽汚れてる有翼人て見たことないよ。茶色いのは元々茶色いみたいだし」
「……確かにな」
「羽は要調査」

 護栄は手元の紙に何やら細かく記録をしている。けれど、当の立珂はわしゃわしゃわしゃわしゃと歌いながら水と戯れている。
 しばらく立珂はきゃあきゃあと遊んで、数分してようやく川岸に座った。薄珂はそこに向かい合って座り、それと同時に立珂がきゅっとしがみ付いてくる。

「その羨ましい体勢はなんだ」
「わしゃわしゃしてもらう準備だよ」
「わしゃわしゃ?」
「よーし。じゃあいくぞ~」
「はあい」

 薄珂はもう一度立珂の羽に手を差し込むと、同じようにわしゃわしゃと掻き回した。羽に含まれていた水がぱらぱらと落ちていく。

「それは何をしてるんですか?」
「水を切ってるだけ。一枚ずつは拭いてられないからこうやるんだ」
「抱き合う必要があるんですか?」
「僕が気持いいの。薄珂とぎゅーするの大好きなの。天藍はだめだよ」
「ちょっとだけ」
「お止めなさい。みっともない」

 もっと変わったことが起きると思っていたのだろう。護栄はつまらなそうな顔をして、それでも何か記録を取っていた。
 けれど薄珂としては腹に立珂が頬ずりしてくれているのが可愛くて、愛しいひと時だ。 

「よし! わしゃわしゃ終わり! 立っていいぞ」
「はあい!」
「うんうん。今日も立珂の羽はつやつやで綺麗だ」
「薄珂がわしゃわしゃしてくれるからね」
「じゃあ次はちゃんと乾かそう。家戻るぞ!」
「はあい!」

 立珂を抱き上げ家に戻ると、ぴょんと薄珂の腕から降りて大きな団扇を取り出し薄珂に渡した。

「ん!」
「ありがと。じゃあ寝転がって」
「はあい!」

 立珂は布団を引っ張り出すと羽を上にして寝そべった。
 まだ少し湿っていたので軽く掻き回すと、立珂の頭がゆらゆらと揺れ始める。

「寝ちゃっていいからな」
「はあい……」

 ほんの少しだけぽやぽやしていたが、数秒すると立珂はぷうぷうと寝息を立て始めた。
 おお、と護栄は立珂の寝顔を覗き込む。

「即寝ですね」
「可愛いでしょ。体力ないから水中は疲れるんだ。で、寝てる間に乾かして夕飯を作る」
「料理なら手伝いますよ。多少ならできます」
「いいよ。その代わり立珂扇いでてやって。軽く羽掻き回しながらそっとね」
「分かりました!」

 護栄はがしっと手を握って団扇を受け取るとぎらりと目を光らせた。
 まるで食いつきそうな顔つきだが、護栄は恐る恐るそうっと立珂の羽に手を伸ばした。指先が羽に触れると、おお、と感動してる。
 薄珂は毎日触れているが、初めて立珂の羽に触る人は皆感動して息を吐く。護栄は納品でいつも触っているから他の人よりは慣れているだろうが、背に生えている羽と抜いた羽は触り心地が違う。背に生えている方が何倍もふわふわで柔らかく、薄珂はそれ以上に気持ちの良いものは知らない。
 護栄も仰ぎながらその柔らかさに感動し、おお、おお、と言い続けていて、あの護栄も立珂の羽にかかれば子供のようで妙に可愛らしく思えた。
 二人が立珂を見てくれている間に薄珂は食事の用意をしていった。

「よし、できた。立珂、ご飯だぞー」
「んにゃ……」
「りーっか」

 ぷうぷうと眠っている立珂の頬をむにっと突くと、反射的に立珂は薄珂の指にしゃぶりついた。

「あむぅ」
「それは俺の指だそ、立珂。腸詰はあっちだ」
「腸詰!」
「お、起きたな」
「腸詰! 腸詰!」
「よしよし。じゃあ机出してくれ」
「はあい!」

 立珂はぴょんっと飛び起きると、ふんふんと興奮しながら隅に寄せている机を引っ張ってくる。
 狭いわけでは無いが、立珂は服を広げて遊ぶのが好きなのでできるだけ物を置かないようにしている。
 机もさして大きくなくて、二人でちょうどの大きさなので四人で囲むには少し小さい。今日は大皿に四人分を乗せて各自食べる分だけ取る形式にした。
 しかし、食卓に並んだ物を見て、護栄と天藍は目をぱちくりさせた。

「これが食事ですか?」
「そうだよ」
「腸詰~」

 並んでいるのは立珂の大好物である腸詰が二種類と茹でてある数種類の野菜、白米、そして豆腐のすまし汁だ。
 薄珂と立珂は森育ちということもあり、宮廷で出される高級な食事は口に合わなかった。彩寧に頼んで立珂が食べられる物を用意してもらっていたが、周りからは『そんなものでいいのか』としつこく尋ねられた。

「二人には地味だよね。でも俺も立珂も香辛料はあんまり好きじゃないんだ。そのままが一番良い」
「仕方なくこうしてるのわけじゃないのか? 美味いのか?」
「おいしい。お野菜好き」
「すまし汁の葱は大丈夫なのか? においするだろ」
「そのままはいや。でも薄珂が口移ししてくれれば食べれる」
「口移し?」
「立珂あーん」
「あーん!」

 薄珂はすまし汁を葱ごと口に含むと、ちゅっと立珂に口移しをして食べさせてやる。立珂はあむあむと一生懸命に口を動かし、こくりと飲み込んだ。
 今度は玉葱を口に含み少しだけ噛み砕くと、もう一度立珂に口移しをする。立珂は笑顔でもぐもぐと食べている。

「なんつー羨ましい食べ方だ……」
「何故急に口移しなんです」
「偏食対策。俺食べさせるってこういうものだと思ってたんだ。鳥獣人はこうみたいだよ」
「ちゅってしてもらうの好き。薄珂、人参もちゅってして」
「ん。あーん」
「あー!」

 ねだられるままに人参を軽く噛み砕き、口移しすると立珂は嬉しそうに笑った。この笑顔でもぐもぐと頬を揺らす姿が大好きで、至福の時なのだ。
 食事をしながら、立珂は朝起きてから何をするのか、どんなことが好きなのか、色々な話を聞かれた。
 どれも些細なことだったけれど護栄と天藍には珍しい話もあったようで、護栄は絶えず記録を取っていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

大きくなったら結婚しようと誓った幼馴染が幸せな家庭を築いていた

黒うさぎ
恋愛
「おおきくなったら、ぼくとけっこんしよう!」 幼い頃にした彼との約束。私は彼に相応しい強く、優しい女性になるために己を鍛え磨きぬいた。そして十六年たったある日。私は約束を果たそうと彼の家を訪れた。だが家の中から姿を現したのは、幼女とその母親らしき女性、そして優しく微笑む彼だった。 小説家になろう、カクヨム、ノベルアップ+にも投稿しています。

私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。

木山楽斗
恋愛
伯爵令嬢であるアルティリアは、婚約者からある日突然婚約破棄を告げられた。 彼はアルティリアが上から目線だと批判して、自らの妻として相応しくないと判断したのだ。 それに対して不満を述べたアルティリアだったが、婚約者の意思は固かった。こうして彼女は、理不尽に婚約を破棄されてしまったのである。 そのことに関して、アルティリアは実の父親から責められることになった。 公にはなっていないが、彼女は妾の子であり、家での扱いも悪かったのだ。 そのような環境で父親から責められたアルティリアの我慢は限界であった。伯爵家に必要ない。そう言われたアルティリアは父親に告げた。 「私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。私はそれで構いません」 こうしてアルティリアは、新たなる人生を送ることになった。 彼女は伯爵家のしがらみから解放されて、自由な人生を送ることになったのである。 同時に彼女を虐げていた者達は、その報いを受けることになった。彼らはアルティリアだけではなく様々な人から恨みを買っており、その立場というものは盤石なものではなかったのだ。

所詮は他人事と言われたので他人になります!婚約者も親友も見捨てることにした私は好きに生きます!

ユウ
恋愛
辺境伯爵令嬢のリーゼロッテは幼馴染と婚約者に悩まされてきた。 幼馴染で親友であるアグネスは侯爵令嬢であり王太子殿下の婚約者ということもあり幼少期から王命によりサポートを頼まれていた。 婚約者である伯爵家の令息は従妹であるアグネスを大事にするあまり、婚約者であるサリオンも優先するのはアグネスだった。 王太子妃になるアグネスを優先することを了承ていたし、大事な友人と婚約者を愛していたし、尊敬もしていた。 しかしその関係に亀裂が生じたのは一人の女子生徒によるものだった。 貴族でもない平民の少女が特待生としてに入り王太子殿下と懇意だったことでアグネスはきつく当たり、婚約者も同調したのだが、相手は平民の少女。 遠回しに二人を注意するも‥ 「所詮あなたは他人だもの!」 「部外者がしゃしゃりでるな!」 十年以上も尽くしてきた二人の心のない言葉に愛想を尽かしたのだ。 「所詮私は他人でしかないので本当の赤の他人になりましょう」 関係を断ったリーゼロッテは国を出て隣国で生きていくことを決めたのだが… 一方リーゼロッテが学園から姿を消したことで二人は王家からも責められ、孤立してしまうのだった。 なんとか学園に連れ戻そうと試みるのだが…

こういうのを書いてみたい(思案)

クマクマ
ファンタジー
設定だけ書いてみた

【完結】あなたの色に染める〜無色の私が聖女になるまで〜

白崎りか
恋愛
色なしのアリアには、従兄のギルベルトが全てだった。 「ギルベルト様は私の婚約者よ! 近づかないで。色なしのくせに!」 (お兄様の婚約者に嫌われてしまった。もう、お兄様には会えないの? 私はかわいそうな「妹」でしかないから) ギルベルトと距離を置こうとすると、彼は「一緒に暮らそう」と言いだした。 「婚約者に愛情などない。大切なのは、アリアだけだ」  色なしは魔力がないはずなのに、アリアは魔法が使えることが分かった。 糸を染める魔法だ。染めた糸で刺繍したハンカチは、不思議な力を持っていた。 「こんな魔法は初めてだ」 薔薇の迷路で出会った王子は、アリアに手を差し伸べる。 「今のままでいいの? これは君にとって良い機会だよ」 アリアは魔法の力で聖女になる。 ※小説家になろう様にも投稿しています。

今さら、私に構わないでください

ましゅぺちーの
恋愛
愛する夫が恋をした。 彼を愛していたから、彼女を側妃に迎えるように進言した。 愛し合う二人の前では私は悪役。 幸せそうに微笑み合う二人を見て、私は彼への愛を捨てた。 しかし、夫からの愛を完全に諦めるようになると、彼の態度が少しずつ変化していって……? タイトル変更しました。

身代わりで嫁いだお相手は女嫌いの商人貴族でした

今泉 香耶
恋愛
全37話。アメリア・ナーシェ・ヒルシュは子爵令嬢で、双子の妹だ。 ヒルシュ家には「双子が生まれれば片方は殺す」という習わしがあったもの、占い師の「その子はのちに金になるので生かしておいた方が良い」というアドバイスにより、離れに軟禁状態で飼い殺しにされていた。 子爵家であるが血統は国で唯一無二の歴史を誇るヒルシュ家。しかし、そのヒルシュ家の財力は衰えていた。 そんな折、姉のカミラがバルツァー侯爵であるアウグストから求婚をされ、身代わりに彼女が差し出される。 アウグストは商才に長けていたが先代の愛妾の息子で、人々にはその生まれを陰で笑われていた。 財力があるがゆえに近寄って来る女たちも多く、すっかり女嫌いになった彼は、金で「貴族の血統」を買おうと、ヒルシュ家に婚姻を迫ったのだ。 そんな彼の元に、カミラの代わりに差し出されたアメリアは……。 ※こちら、ベリーズカフェ様にも投稿しております。

噂好きのローレッタ

水谷繭
恋愛
公爵令嬢リディアの婚約者は、レフィオル王国の第一王子アデルバート殿下だ。しかし、彼はリディアに冷たく、最近は小動物のように愛らしい男爵令嬢フィオナのほうばかり気にかけている。 ついには殿下とフィオナがつき合っているのではないかという噂まで耳にしたリディアは、婚約解消を申し出ることに。しかし、アデルバートは全く納得していないようで……。 ※二部以降雰囲気が変わるので、ご注意ください。少し後味悪いかもしれません(主人公はハピエンです) ※小説家になろうにも掲載しています ◆表紙画像はGirly Dropさんからお借りしました (旧題:婚約者は愛らしい男爵令嬢さんのほうがお好きなようなので、婚約解消を申し出てみました)

処理中です...