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第三章 蛍宮室家

第二十六話 薄珂への期待

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 今日はいつものように立珂と一緒に響玄の店へ行ったが、美星がぜひ離宮へ顔を出して欲しいと言うので宮廷へやって来た。
 離宮で美星と遊んでいると次第に侍女が集まって来て、侍女に手を引かれ莉雹と彩寧も姿を現した。
 侍女はいそいそと戸棚から思い思いの物を取り出した。それは生地であったり宝飾品であったりと様々だったが、立珂はきらきらと目を輝かせた。

「うわああああ! なあに、この生地!」
「冬用の生地ですよ。ぜひ立珂様に使って頂きたいと皆で持ち寄ったのです」
「すごーい! これかわいい!」

 まだ半袖で過ごす時期だが、服や生地は季節を先んじて入って来る。
 響玄の店にも高級な生地が入荷していたが、洋服用ではなく窓に取り付ける日除け用や絨毯など服には向かない生地ばかりで立珂には面白くないようだった。
 それを見た美星が宮廷でその話をしたら侍女が我こそはと持って来たらしい。
 立珂は初めて見る冬服用の生地を前に飛び跳ねて喜んだ。
 すっかり立珂と侍女は盛り上がったが、ほほほ、と後ろで穏やかに微笑んでいる彩寧がいた。
 彩寧は薄珂と立珂が初めて宮廷に来た時から良くしてくれている。全侍女を束ねる人物で、宮廷では母親のように慕われているらしい。

「彩寧さんも話せば?」
「私は最初のころに独り占めさせて頂いていましたもの。それに立珂様の笑顔を拝見できるだけで幸せでございます」
「そっか。あ、じゃあちょっと聞いてもいい?」
「はい。なんなりと」
「彩寧さんて先代皇の時代から勤めてる? あと莉雹様も」
「そうですが、何故です?」
「年が上の人って規定服着てない人いるでしょ。もしかして昔規定服で嫌なことがあったのかなって」

 彩寧は、ほうっと息を吐きながら何度も瞬きをした。
 侍女には侍女の、女官には女官の、宮廷は職業ごとに決まった服があり、これが規定服と呼ばれている。
 だが彩寧と莉雹、ほか数名は規定服を着ていないのだ。お洒落をしたいという若い侍女の前でそんなことをしているのは違和感があった。

「それは薄珂様がお気づきに?」
「服に気付いたのは立珂だよ。俺が気になるのは試験合格者は獣人が多いって話。あれって先代の獣人贔屓だよね。だから先代の良くないことが規定服にも残ってるのかなって」

 彩寧はもう一度ほうっと息を吐き、少しだけ俯いた。

「……先代は獣人こそが最強の種族だと掲げるお人でした。勇猛果敢で、獣人にとっては拠り所だったのです。軍には世界最強と名高い豹獣人もいました。変幻自在の爪を操り時には体躯を巨大にし、蛍宮は獣人の武を持って世界を制すだろうと謳われた」
「待って。変幻自在って? 大きくなったり小さくなったりするの?」
「ええ。牙燕将軍という方です。ですが戦後、腹心だった有翼人の龍鳴という女性を連れ旅立たれてしまったのです」
「へえ……」

 薄珂は蛍宮の歴史にも獣人の歴史にも詳しくない。どちらかといえば全く知らない。獣人の生態すら、聞いて初めて知ることが多いくらいだ。
 身体が大きすぎて困る薄珂にとって変幻自在という情報は見逃せないものだったが、今ここでそれを掘り下げるには話の流れが悪い。
 さすがにこれは後回しだろうと彩寧の話に意識を戻した。

「先代はいつしか力に溺れ他国への侵略や戦争を繰り返し、高額な納税義務に食料の搾取、娯楽も失われ民は疲弊しておりました。それを行ったのはこの規定服を着用していた宮廷職員です。私達にとって規定服は悪しき時代の象徴。どうしてそんなものに袖を通せましょう」
「じゃあ規定服着てない人って」
「一時は退職し、けれど殿下に乞われて戻った者です。役職を名目に異装を許されています」
「全部変えちゃえばいいのに」
「私共もそうお願い申し上げました。けれど服作りは手も金もかかる。そんなことよりもまず国政です」
「でも嫌な気持ちで働くのは辛いよ。立珂はそれで病気にもなる」
「……嫌なら辞すれば良いという意見もあるのです。服ごときで殿下に尽くせない程度の心持ならば必要ないと。ですが薄珂様がいらして宮廷はざわめいております」
「俺? 立珂じゃなくて?」

 彩寧はふわりと穏やかに微笑んだ。
 髪につけてくれていた立珂の羽根飾りを外して手に取りそっと撫でる。

「護栄様と商談するのがどれほど凄いことかお分かりですか?」
「え? いや……」
「謁見を申し入れ審査が出るまでふた月。審査を通ったら予定調整で半年待機、謁見は下官が聴取し直接お会いになるのはほんの数名。一般人が会うことなどできない方なのです」
「そ、そうなの?」
「はい。文官は薄珂様に改革を見出しました。負けじと我らもと声を上げる者も多く出てきています」
「……でも俺は立珂だけが大事だ。立珂以外は大事にできない」
「それで良いのです。その実現には護栄様のお力が必要で、護栄様は得た利を国民へ広げる。これが殿下の力となるのです」

 彩寧はくっと立珂の羽根飾りを胸に当て、もう片方の手で薄珂の手を握った。

「あなたは立珂様を幸せにする。それが種族の架け橋になる」

 何度目かになる架け橋という言葉。それにどんな想いが乗せられ、どれほどの重さがあるのかを薄珂はようやく理解した。
 立珂を見ると、莉雹や美星、その他多くの侍女に囲まれている。皆立珂を愛しそうに見つめてくれていた。
 ぎゅっと拳を握りしめると、まるでそれに気付いたかのように立珂がぱっと振り返って来た。

「薄珂! お願いできた!?」
「あ、忘れてた」
「ええ~!? 何のお話してたの~!」
「ごめんごめん」
「どうなさいました。また楽しいお話ですか」
「うんっ! 新しい規定服を作りたいの! 羽が出せないから困るんだ! ね、莉雹様!」
「ええ。礼儀作法の改革も大切ですが、服はすぐに取り組めること。護栄様にご提案申し上げたいと思いまして」
「それはとても素晴らしいことですね。私も口添えを致しましょう」
「実はそれをお願いしたかったんだ。やっぱり侍女代表の意見は強い。これで説得材料は全部揃ったぞ」
「まあ。説得などせずとも、ご提案申し上げれば護栄様は聞いて下いますよ」
「聞いてくれても動いてくれなきゃ意味ないよ。それに護栄様が服なんて分かりやすいことに気付いてないわけがない。動かなかったなら何かしら理由があるよ。それをどうにかしなきゃいけない」
「それは確かにそうでしょうが……」
「まさか護栄様を動かすおつもりですか? それは容易では御座いませんでしょう」
「護栄様は動かないよ。というか動かれちゃ困る」
「は、はあ……?」

 きょとん、と莉雹と彩寧は目を見開いて薄珂を見つめた。
 けれど立珂はぱあっと笑顔になり、ぴょんと薄珂に飛びついた。

「また護栄様をぎゃふんて言わせる作戦があるんだ!」
「ああ、そうだ。立珂がみんなに規定服を贈れる作戦だ!」
「ま、まあ、護栄様をぎゃふんですか」
「それは……見物ですわね……」

 莉雹と彩寧はまだ呆然としていた。きっと護栄にぎゃふんと言わせようと企むなんて、この宮廷で、蛍宮で、世界でもそうはいないのだろう。

「よし! みんなが幸せになる規定服を作るぞ!」
「おー!」

 その場の全員がおろおろと冷や汗をかいたが、薄珂は立珂を抱き上げ笑った。
 けれど立珂だけは一点の曇りもない笑顔で薄珂を抱きしめていた。
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