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第三章 蛍宮室家

第二十四話 立珂と有翼人の交流

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 響玄の店は高級品ばかりだ。
 一点の価格は平均して一般人の半年分の生活費に匹敵する額で、とても手に取ることはできないので客もほぼいない。
 だがこの店は販売ではなく取引先を見つける役割のようで、そもそも客を呼ぼうとは思っていないという。
 やってくる客といえば金を持て余した富豪らしいが、ふと店の高級感に似つかわしくない二人連れの少女が入って来ていた。二人とも有翼人だ。

「いらっしゃいませ。何かお探しですか」
「あの! 立珂ちゃんがいるって聞いて来たんですけど!」

 最近増えているのがこれだ。
 愛憐の一件で名が知れ渡り、どこから漏れたのか莉雹までもが立珂に夢中だという噂も広まり、立珂は一躍有名人になっている。
 そしてここに立珂がいることが少なからず噂になると、立珂を一目見ようとやって来る客がたまにいるのだ。
 だがこれは角が立たないよう響玄が追い返してくれる。

「すまないね。立珂は店員じゃないんだよ」
「でもいるんだよね。会えない?」
「ここは商売をする店で君たちは客だ。店として提供する以上のことはできないかな」
「少しも駄目? 立珂ちゃんてすっごく素敵な服着てるから見せてほしいの」
「あれって羽で困らなそうじゃない。どうなってるか知りたいんだ」
「あれはうちの店の商品じゃないんだよ。立珂が自分で作ってる物だから販売はできないんだ」
「別に商品かどうかなんてどうでもいいよ! 私たちもあんなお洒落してみたいわ!」

 有翼人の少女二人は不満げにぷうっと頬を膨らませた。
 お洒落をしたいという気持ちは響玄にもよく分かる。この店にもお洒落をするための商品が多数取り扱いがあるし、最も売れる高額商品は富裕層の女性が好む宝石や装飾品だ。
 だが立珂個人へ取り次ぐというのはまた別の話だ。どんな問題になるか分からない以上、響玄が勝手に約束を取り付けるわけにはいかない。
 けれどこの少女たちを追い返すのも気が引けて困り果てていると、わさわさという羽音と共に軽快な足音が聞こえてきた。
 この家で羽が擦れる者は一人しかいない。

「有翼人のお洒落なら僕におまかせだよ!」

 会話が聴こえたのか、ばんっと飛び出てきたのは立珂だ。自信満々な笑みを浮かべて頬をを紅潮させている。

「立珂。出てきては駄目だと言っているだろう。薄珂、何をしてる」
「ごめん。まさか腸詰を置いてくとは思ってなくて」

 いつも立珂を守っている兄の薄珂は、縦に焼き腸詰が刺さっている串を持っていた。
 腸詰は立珂の大好物で、食事でも間食でも、一日に何度も腸詰を食べている。薄珂が持っている腸詰の先端は小さくかじられていた。おそらく食べさせている最中だったのだろう。
 美星も手拭いで手を拭きながら追いかけて来たが、薄珂と美星が捕まえる前に立珂は少女二人に駆け寄った。

「服ならいっぱいあるよ! 見る!?」
「いいの!? 羽の出るお洒落なやつ見たいんだ!」
「今着てるのも可愛い! それどうなってるの!?」
「あっちで見よう! いろんなのあるんだよ!」

 立珂は嬉々として二人を連れて行った。響玄と美星はかつてない勢いのはしゃぎぶりにぽかんとしてしまったが、薄珂が美星に腸詰を渡したことで我に返る。
 薄珂はすぐに立珂に追いつき抱き上げ、響玄と美星もその後を追った。
 立珂の服は棚一つでは収まらなくなっていて、余っていた二部屋を丸々立珂の衣裳部屋にした。
 立珂は衣裳部屋へ行ったようで、入ると既にいくつもの服を手に取りひっくり返したり捲ったりと観察している。

「この釦でお腹と背中がばらばらになるの。背中は羽の上と下でばらばらになるよ」
「すごーい! いいなあ! 涼しそう!」
「涼しいよ! この肌着は一番すごいの! 汗疹も無くなったんだ!」
「ほんとに!? どこで売ってるの!?」
「う? 蛍宮で売ってないの?」
「売ってないよ! えー、いいなあ。欲しい。立珂ちゃんはどこで買ってるの?」
「僕は宮廷の侍女のみんなに作ってもらってるの」
「うわ。そりゃ無理だ」

 売ってないという少女の言葉を聞いて薄珂が首を傾げてすすっと寄って来た。

「有翼人専用服って蛍宮で流行ってるんじゃないの?」
「いいや。あれは南の華理で売っている商品だ。あそこは蛍宮より気温が高いからな」
「……変だな。天藍は有翼人に流行ってるって言ってたけど」

 薄珂は急に眉をひそめて何かを考え始めた。美星に立珂を見るよう目で促すと、大通りが見える窓に寄って外を見ている。
 響玄は思わず薄珂の隣に立った。護栄をもやり込めた薄珂が考えることには興味がある。

「何が気になるんだ?」
「有翼人の服。だいたい人間の服を切ったり縫ったりするよね。小さい子は布に包まるだけ」
「そうだな。どうしても羽を避けなくてはならん」

 薄珂はまた難しそうな顔をして、今度は立珂に目を移した。
 立珂もいつの間にか真剣な顔をしている。

「女の人なら前身頃を脇と三枚接ぎにして異素材にしても良いかもね。後身頃はどうしても涼しい生地になるから脇はそっちに合わせないとへんてこりんなんだ。なら前身頃だけ濃い色にした方がほっそりして見えるよ」
「え、分かんない。どういうこと?」
「んっと、僕らって羽があるから身体が大きく見えちゃうでしょ? でも胸とお腹だけ色が濃いと、そこだけが身体の線に見えるの。そうすると痩せて見えて、羽との釣り合いが良いんだよ」
「へー……よく分かんないけど立珂ちゃんみたいなのがいいな」
「じゃあ異素材がいいと思うよ。僕はそうしてるの」

 立珂の専門的な議論に響玄は息をのんだ。元々お洒落が好きなようだったが、侍女と服を作るようになってから服飾について考えるようになったとは聞いていた。
 だが精々『涼しいのが良い』ていどの要望を出すだけだと思っていたが、その形である意味も考えているようだ。

(莉雹様との一件以来、立珂に有翼人の相談をする職員も増えたと聞く。立珂のお洒落は健康に繋がると気付いたのだろう)

 立珂がどれだけ大変な思いをしてきたかは薄珂に聞いて知っていた。単にお洒落が楽しいのではなく、その根底には健康的な生活を送りたいという願いがあるという。
 だからこそ生地や形状にはこだわりがあるのだろう。

「立珂ちゃんの服ほんと可愛いよね。でもこんな良い生地うちらじゃ買えないしなあ」
「だね。でも形を真似するくらいならできるよ」
「そうかなあ。こんなくたくたの布じゃみっともないだけな気がする。立珂ちゃんのが可愛いのってちゃんとしてるからだよ」

 立珂の服は宮廷が用意してくれた生地を使っているものがほとんどで、響玄も自店で廃棄する生地や装飾品があれば立珂に渡している。
 どれも高級品で、それだけでそこらの服とは見栄えが違う。こればかりはどうしようもないだろうと思ったが、薄珂が少女の傍に腰を下ろした。
 商人としては『可哀そうだから生地を譲ろう』とはできないが、この状況で薄珂が何を気にするかは気になり響玄もこっそりとその傍に寄った。

「買えないって収入が無いってこと? なら宮廷に行くといいよ。羽根買ってくれるから」
「行ってるよ。でも綺麗じゃないのは凄く安くなるの。あたしたちこんなだからさ」

 薄珂が気にしたのはやはりお洒落や生地の質ではなかった。立珂とは成長する方向が真逆で、両極端な兄弟が響玄はとても興味深い。
 薄珂は少女二人の羽根を見た。確かに茶色くくすんでいて、立珂の純白の羽と比べると汚れていると評価せざるを得ないだろう。

(どうだろうな。彼女たちの羽は一般的だ。だが宮廷は最高品質に立珂を据えているから国民とは『一般的』の基準が違う。これは護栄様の認識不足か、それとも何か狙いがあるのか……)

 蛍宮の有翼人は茶色のような濁った色をしていることが多い。
 羽色の原理や生態についてはまだ解明されていないが、少女二人は泥にまみれて茶色いのではなく元から茶色いように見える。全体を見てまだらになっているわけでもなく一律だ。もし生まれ持った色なら改善などできないだろうし売価は変わらない。
 これは改善の余地がありそうだが、今すぐどうできるものでもない。響玄は考え込む薄珂の隣に座った。

「有翼人は生活補助制度もあるだろう。それは使っているかい?」
「うん。でも親がいたり働ける場合は補助額が低いのよ。でもこの国って水不味いから買わなきゃいけないじゃない? 補助金なんてそれで無くなるわ」
「飲むだけじゃないわ。お風呂も羽洗うのも水が必要よ」
「そっか。立珂は川でいいけど女の人は無理だよね。先生、補助額ってどういう基準なの?」
「詳しいことは分からんな。だが先代皇の定めた基準を引き継いでいるなら十分とはいえないだろう」
「そ。だから仕事したいんだけど、どこでも羽根が舞って困るからって断られるのよ。飲食店は特に」
「羽があるから荷物運びもきついしね」
「というか汗かくのは全般無理よ。汗疹になって余計薬代もかかるから」
「なるほどな。これは宮廷に検討してもらわなくてはならんだろうが、殿下も護栄様も国民の情報全てを把握しているわけではない。大きな変化を即時に生み出すのは難しいだろうな」
「てか期待できない。宮廷って有翼人はお断りなんでしょ? どうせ何もしちゃくれないわ」
「そんなことないよ! 天藍も護栄様も有翼人に優しいよ! 莉雹様もいっぱい考えてくれてるんだよ!」
「そうなの? でも実際いないじゃない」
「有翼人は好きじゃないんでしょ。結局そういうものなのよ」

 あ、あ、と立珂は何かを言おうとしていたけれど少女二人の勢いに負けてしまい、しょんぼりと俯き薄珂にしがみついてきた。
 けれど薄珂が仕事を斡旋してやれるわけでは無いし、宮廷だってそうそうすぐには変わらない。
 しかしここで彼女達を追い返すほど人でなしにもなれないし、立珂が悲しむ顔は見たくない。
 響玄はずいっと少女二人の前に出た。

「それなら相談がる。有翼人の助けが必要な仕事があるんだが、それを手伝ってはくれないか。そうすれば私が給料を払おう」
「本当!?」
「ああ。だが準備と時間が必要だ。有翼人の子をもう何人か呼べるか」
「もちろん! 子供? 大人? 何人?」
「いればいるほどいい。だが数日かかる。日をまたいで作業できる者を明日の朝ここに連れて来てくれ」
「任せて! いくらでもいるよ、そんなの! 作業って何すんの!?」
「じゃあ奥で説明しよう。何、難しいことじゃない」

 響玄はにやりと笑い、店を急遽閉店にして奥の部屋へ向かった。
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