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第三章 蛍宮室家

第十九話 獣人の服

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「慶都。そのまま飛べる?」
「高く飛んじゃ駄目よ」

 慶都はきぃ、と小さく鳴くと羽を広げた。そして羽ばたき空へと舞い上がると、慶都の腹には先程の丸い物がくっついていた。

「あら。くっついちゃってるわ」
「くっつく布なの。ちゃんと飛べるね。もういいよー!」

 立珂がぶんぶんと手を振ると、慶都はすぐに戻って来て人の姿へと戻った。
 すると腹にくっついていた丸い物もぽとりと落ち、立珂はこれこれ、と指差し慶都に拾わせる。

「なんだこれ」
「広げてみて!」

 首を傾げながらそれを広げると。どうやら大きな布のようだったが、何かの形をしている。
 慶都は何だ何だと不思議そうな顔をして広げきるとそれは――

「服だ! これ服だ!」
「そうなの。獣化してもすっぽんぽんにならない対策」
「凄いじゃない! これ凄く良いわよ! 鞄に入れておけるし、女には最高だわ!」

 獣化すること自体もだが、人間に戻る時も問題がある。
 何しろ服を着ていないのでどこかに入るか人目のないところで着替える必要があるが、緊急時にそんな悠長なことはしていられない。身体の大きな獣だと扉をくぐれないこともある。
 だから女性は獣化を嫌うが、そうすると獣の姿を活用するような仕事はできない。けれど服を持ちあるくのはかさばる。なら獣化しなきゃいい――となるが、獣化をできないというのは本能を押さえつけることでもあり精神的苦痛にもなる。
 これが人間社会における獣人の苦悩だ。天藍はへえ、と慶都の服をじいっと見た。

「凄いな。立珂が考えたのか?」
「そうだよ! 薄珂がすっぽんぽんだと天藍が変なことしそうだから!」
「り、立珂!」
「こらこら。いくらなんでも時と場合と場所は選ぶ」
「天藍!」

 この前天藍の家で獣化をさせてもらったが、こう言われると急に恥ずかしくなってくる。
 天藍をぺんっと叩き、立珂を抱っこして取り上げた。

「それはともかく、獣人にはとても良いですよ。私も欲しいです」
「私も。響玄さんのお店で作ってくれるの?」
「ううん。侍女のみんなが作ってくれて、気に入った人も作り始めてるみたい」
「みんなの分もお願いして作ってもらうよ! あ! 家族でお揃いにする!?」

 立珂は自分の服が認められて嬉しいのか、薄珂の腕の中でばたばたと暴れた。
 少し重くなっても良いなら冬用のが作れる、生地はこういうのもある、とまるで専門家のようだ。
 こうして生き生きし出すと立珂は止まらない。降ろしてやると、地面にこういう形もいいよ、と描いてみせる。慶都一家はすっかりそれに引き込まれ、ここはこうできますか、もっとこうしてほしい、と注文をし始めた。

(獣種によって悩みは違うよな。人数少ない獣種は専用の物も少ないだろうし)

 薄珂は獣化自体そんなにしないので不便を感じるほどのことはないが、思い返せば慶都はしょっちゅう服を汚したり破いたり、酷い時はどこかで失くして裸のまま帰ってくることもあった。
 両親に我慢しろと言われている姿はよく見たが、裏を返せば本能的にそれが必要ということにも見える。
 そしてそれに寄り添う解決方法がないから我慢を強いられるわけで、解消できれば獣化して過ごしたいのかもしれない。きっと立珂の服はそういう役割になっているのだ。
 ふうん、と考え込んでいると、天藍がこつんと小突いてきた。

「どうした?」
「服に困るのは有翼人だけじゃないんだなと思って」
「そうだな。宮廷でも獣人は気苦労が多い」
「どこでも同じなんだね……」

 薄珂は立珂のようにお洒落ではないし興味もない。ただ立珂が楽しそうにするから一緒に見るだけで、どちらかと言えば立珂の汗疹や皮膚炎が解消したという利便性の方が重要だった。
 けれど獣人もそういう悩みがあり、服を整えれば解決することもあるのかもしれない。
 そう思うと急に服が着になり出したが、ぴょんっと立珂が飛びついて全開の笑顔を見せてくれたのでそんなことはふっとんだ。

「どうした?」
「薄珂! 冬用のお揃いも作ろう!」
「そうだな。そろそろ作らないとな」
「冬はもこもこした生地が素敵なんだよ。僕の羽根使っても良いよね」

 えへへ、と立珂は薄珂にしがみ付いた。その姿が可愛くて薄珂もぎゅっと立珂を抱きしめる。
 こんなに愛しいものが腕の中にいてくれるなんて、こんな幸せは他にない。

「拾ってくれたのが父さんでよかった。立珂に会えたんだから」
「そうか。二人は親が違うんだな。父は同じで母が違うんだったか」
「あー……」

 実の親が誰で血の繋がりがどうかはあまり興味が無かった。薄珂にとって父は育ててくれたあの父で、立珂は大切な弟だ。それだけで十分だ。
 だが考えたことが無いわけでは無い。
 薄珂と立珂は少しだけ見つめ合い、けれど立珂はふにゃりと微笑み薄珂を抱きしめた。
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