97 / 356
第三章 蛍宮室家
第十一話 【護栄陥落作戦】第三手・子供の心
しおりを挟む
「それでこっちが最大の目的です」
「最大? なんだ、まだあるのか?」
「はい。恩を売るにはまだ弱い。なので最後に――」
薄珂が取り出したのは蛍石を使った装飾品だった。
それはとても見覚えがあった。幼い頃美星が学舎に通っていた時に、礼儀作法の授業で使うときに用意したからだ。
学者の基準に沿って用意した装飾品は、高級商品を扱う響玄からしたら非常に陳腐でみっともないものだった。同じように思った親は多く、国営でも学舎はこんなものなのかと落胆した者もいた。
だがそれが宮廷御用達の品を使っているとなれば、落胆どころか栄誉へと一転するだろう。
「まさか、お前」
「これが最大の目的です。子供の心を掴む」
「待て。なぜ子供が最大の目的になると?」
「……金剛の件は知ってますよね。孔雀先生が勝った」
「ああ」
「俺にとって金剛は恩人で、父のような存在でした。裏切られたことは怒りではなくて悲しみだったんです」
薄珂は一瞬くっと唇を噛んだ。
深くは知らないが、薄珂と立珂は金剛に騙され売られそうになったと聞いていた。それまでは生活を共にしていたらしく、しばらくの間薄珂も立珂も意気消沈していたらしい。
この表情を見れば傷付いていることは分かった。
辛いことを思い出させてしまったかと肩を撫でようと思ったが、ぱっと薄珂は顔を上げにやりと笑った。
「最初に心を掴めばずっと残るんです。天藍が子供の心を掴めばこの先も支持してくれる。それを石ころで作れて羽根も貰えるなら護栄様は損をしない!」
「お、お前」
商談だった。今目の前のこの子供は泣きだすのかもしれないと思い同情し、きっとこれが本当の商談だったらよしよしとわがままを聞いただろう。
――うまい。
この子供は人の心を動かす術を分かっているのだ。だから金剛の話を持ち出したのだ。
「こいつめ! ああ、そうだ! 子供は蛍宮の次世代を担う存在。これは護栄様に響く!」
「でもそのためには蛍石が価値を持たないといけないです。なので提案する順は規定装飾、下働きの仕事、そして教材」
「その通りだ! 紹介する順で提案の価値は大きく変わる。良いぞ。これなら護栄様に恩を売れる。間違いない!」
商人は感情に流されてはいけない、と響玄は考えている。
情に流され本質を見失っては損をするからだ。だが響玄にとって薄珂は面倒を見てやらなければいけない子供という油断があった。そこにうまく付け込まれたのだ。
(感情に流されず冷静沈着。これは情報で人心操作する薄珂最大の武器だ)
想像よりはるかに美しく、流れるように進み響玄はもう褒めてやってもいいだろうと薄珂を振り向いた。
だが薄珂はまだ護栄をじっと見つめ穏やかに微笑んでいて、それを見ている弟もじっと耐えている。
「これは国民への心象が格段に上がる! 素晴らしいですよ、これは!」
この作戦の良いところは着眼点だ。
蛍石は関係無く案自体が優れている。たとえ蛍石で落とせなかったとしても『殿下の心象を上げる』という提案は護栄に響かないわけがないからだ。
だがこれをいきなり突きつけてもさして凄いことのようには思わなかっただろう。これは無価値な石ころから始まっているから素晴らしいのだ。
うまい、響玄は心の中で叫んだ。
「宮廷ではよくして頂いたので恩返しができればと」
「成長したものですね。良い師を得られた」
「私は物を手配するだけ。全てこの子の才でございます」
お世辞でもなんでもない響玄の本音だった。
何かを教えたわけでは無い。ただ教えたとすれば、響玄は物を作る手段を持っている、という情報だ。
つまり薄珂は、物を用意するのは他の誰かに任せて良いことだと判断したのだろう。だから響玄から商売を習わず護栄への勝負へ踏み切ったに違いない。
(提案する順序、内容、人心操作。これは作戦勝ちと言っていいだろう)
響玄は満面の笑みを浮かべた。
師匠と弟子など、さしてどうと思ったことも無かった。だが薄珂の勝利は誇らしく、これは何か褒美を用意してやりたいとも思った。
「いいでしょう。蛍石を納品のごとにお渡しします」
「有難うございます」
――よし、これで終わりだ。
響玄は立ち上がり、護栄も帰るために書類を整え始めている。
だが薄珂はまだ涼やかな顔をしていて、ちらりと立珂を見て頷いた。それと同時に、立珂が途端に立ち上がった。
「最大? なんだ、まだあるのか?」
「はい。恩を売るにはまだ弱い。なので最後に――」
薄珂が取り出したのは蛍石を使った装飾品だった。
それはとても見覚えがあった。幼い頃美星が学舎に通っていた時に、礼儀作法の授業で使うときに用意したからだ。
学者の基準に沿って用意した装飾品は、高級商品を扱う響玄からしたら非常に陳腐でみっともないものだった。同じように思った親は多く、国営でも学舎はこんなものなのかと落胆した者もいた。
だがそれが宮廷御用達の品を使っているとなれば、落胆どころか栄誉へと一転するだろう。
「まさか、お前」
「これが最大の目的です。子供の心を掴む」
「待て。なぜ子供が最大の目的になると?」
「……金剛の件は知ってますよね。孔雀先生が勝った」
「ああ」
「俺にとって金剛は恩人で、父のような存在でした。裏切られたことは怒りではなくて悲しみだったんです」
薄珂は一瞬くっと唇を噛んだ。
深くは知らないが、薄珂と立珂は金剛に騙され売られそうになったと聞いていた。それまでは生活を共にしていたらしく、しばらくの間薄珂も立珂も意気消沈していたらしい。
この表情を見れば傷付いていることは分かった。
辛いことを思い出させてしまったかと肩を撫でようと思ったが、ぱっと薄珂は顔を上げにやりと笑った。
「最初に心を掴めばずっと残るんです。天藍が子供の心を掴めばこの先も支持してくれる。それを石ころで作れて羽根も貰えるなら護栄様は損をしない!」
「お、お前」
商談だった。今目の前のこの子供は泣きだすのかもしれないと思い同情し、きっとこれが本当の商談だったらよしよしとわがままを聞いただろう。
――うまい。
この子供は人の心を動かす術を分かっているのだ。だから金剛の話を持ち出したのだ。
「こいつめ! ああ、そうだ! 子供は蛍宮の次世代を担う存在。これは護栄様に響く!」
「でもそのためには蛍石が価値を持たないといけないです。なので提案する順は規定装飾、下働きの仕事、そして教材」
「その通りだ! 紹介する順で提案の価値は大きく変わる。良いぞ。これなら護栄様に恩を売れる。間違いない!」
商人は感情に流されてはいけない、と響玄は考えている。
情に流され本質を見失っては損をするからだ。だが響玄にとって薄珂は面倒を見てやらなければいけない子供という油断があった。そこにうまく付け込まれたのだ。
(感情に流されず冷静沈着。これは情報で人心操作する薄珂最大の武器だ)
想像よりはるかに美しく、流れるように進み響玄はもう褒めてやってもいいだろうと薄珂を振り向いた。
だが薄珂はまだ護栄をじっと見つめ穏やかに微笑んでいて、それを見ている弟もじっと耐えている。
「これは国民への心象が格段に上がる! 素晴らしいですよ、これは!」
この作戦の良いところは着眼点だ。
蛍石は関係無く案自体が優れている。たとえ蛍石で落とせなかったとしても『殿下の心象を上げる』という提案は護栄に響かないわけがないからだ。
だがこれをいきなり突きつけてもさして凄いことのようには思わなかっただろう。これは無価値な石ころから始まっているから素晴らしいのだ。
うまい、響玄は心の中で叫んだ。
「宮廷ではよくして頂いたので恩返しができればと」
「成長したものですね。良い師を得られた」
「私は物を手配するだけ。全てこの子の才でございます」
お世辞でもなんでもない響玄の本音だった。
何かを教えたわけでは無い。ただ教えたとすれば、響玄は物を作る手段を持っている、という情報だ。
つまり薄珂は、物を用意するのは他の誰かに任せて良いことだと判断したのだろう。だから響玄から商売を習わず護栄への勝負へ踏み切ったに違いない。
(提案する順序、内容、人心操作。これは作戦勝ちと言っていいだろう)
響玄は満面の笑みを浮かべた。
師匠と弟子など、さしてどうと思ったことも無かった。だが薄珂の勝利は誇らしく、これは何か褒美を用意してやりたいとも思った。
「いいでしょう。蛍石を納品のごとにお渡しします」
「有難うございます」
――よし、これで終わりだ。
響玄は立ち上がり、護栄も帰るために書類を整え始めている。
だが薄珂はまだ涼やかな顔をしていて、ちらりと立珂を見て頷いた。それと同時に、立珂が途端に立ち上がった。
0
お気に入りに追加
135
あなたにおすすめの小説
童貞が建設会社に就職したらメスにされちゃった
なる
BL
主人公の高梨優(男)は18歳で高校卒業後、小さな建設会社に就職した。しかし、そこはおじさんばかりの職場だった。
ストレスや性欲が溜まったおじさん達は、優にエッチな視線を浴びせ…
膀胱を虐められる男の子の話
煬帝
BL
常におしがま膀胱プレイ
男に監禁されアブノーマルなプレイにどんどんハマっていってしまうノーマルゲイの男の子の話
膀胱責め.尿道責め.おしっこ我慢.調教.SM.拘束.お仕置き.主従.首輪.軟禁(監禁含む)
ガランド・マカロン「特別な人編」
さすらいの侍
BL
【20・30代女性向け】【完結】【土日休みにイッキ読み】【12万文字】【あらすじ】「オレたちに正しい恋なんていらない」超能力者・待鳥 十才は、覚醒剤密輸組織への潜入捜査を決意し、情報を掴もうとする。しかし、その先で待ち受けていたのは、同じく超能力者の賀野だった。十才が掴んだ情報は、実は幻に過ぎなかった。超能力の激闘が繰り広げられる中、戦いを制したのは賀野。彼は冷酷に告げる、「この薬を飲んで私の子分になるか、今この場で死ぬか、どちらか選べ」。絶望の中で、十才は選択を迫られ、運命が大きく動き出す…。【ご縁が続きますように。「⭐︎お気に入り」追加でいつもそばに。】
嫌われ者の長男
りんか
BL
学校ではいじめられ、家でも誰からも愛してもらえない少年 岬。彼の家族は弟達だけ母親は幼い時に他界。一つずつ離れた五人の弟がいる。だけど弟達は岬には無関心で岬もそれはわかってるけど弟達の役に立つために頑張ってるそんな時とある事件が起きて.....
名前のない脇役で異世界召喚~頼む、脇役の僕を巻き込まないでくれ~
沖田さくら
BL
仕事帰り、ラノベでよく見る異世界召喚に遭遇。
巻き込まれない様、召喚される予定?らしき青年とそんな青年の救出を試みる高校生を傍観していた八乙女昌斗だが。
予想だにしない事態が起きてしまう
巻き込まれ召喚に巻き込まれ、ラノベでも登場しないポジションで異世界転移。
”召喚された美青年リーマン”
”人助けをしようとして召喚に巻き込まれた高校生”
じゃあ、何もせず巻き込まれた僕は”なに”?
名前のない脇役にも居場所はあるのか。
捻くれ主人公が異世界転移をきっかけに様々な”経験”と”感情”を知っていく物語。
「頼むから脇役の僕を巻き込まないでくれ!」
ーーーーーー・ーーーーーー
小説家になろう!でも更新中!
早めにお話を読みたい方は、是非其方に見に来て下さい!
無自覚美少年のチート劇~ぼくってそんなにスゴいんですか??~
白ねこ
BL
ぼくはクラスメイトにも、先生にも、親にも嫌われていて、暴言や暴力は当たり前、ご飯もろくに与えられない日々を過ごしていた。
そんなぼくは気づいたら神さま(仮)の部屋にいて、呆気なく死んでしまったことを告げられる。そして、どういうわけかその神さま(仮)から異世界転生をしないかと提案をされて―――!?
前世は嫌われもの。今世は愛されもの。
自己評価が低すぎる無自覚チート美少年、爆誕!!!
****************
というようなものを書こうと思っています。
初めて書くので誤字脱字はもちろんのこと、文章構成ミスや設定崩壊など、至らぬ点がありすぎると思いますがその都度指摘していただけると幸いです。
暇なときにちょっと書く程度の不定期更新となりますので、更新速度は物凄く遅いと思います。予めご了承ください。
なんの予告もなしに突然連載休止になってしまうかもしれません。
この物語はBL作品となっておりますので、そういうことが苦手な方は本作はおすすめいたしません。
R15は保険です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる