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第三章 蛍宮室家

第十一話 【護栄陥落作戦】第三手・子供の心

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「それでこっちが最大の目的です」
「最大? なんだ、まだあるのか?」
「はい。恩を売るにはまだ弱い。なので最後に――」

 薄珂が取り出したのは蛍石を使った装飾品だった。
 それはとても見覚えがあった。幼い頃美星が学舎に通っていた時に、礼儀作法の授業で使うときに用意したからだ。
 学者の基準に沿って用意した装飾品は、高級商品を扱う響玄からしたら非常に陳腐でみっともないものだった。同じように思った親は多く、国営でも学舎はこんなものなのかと落胆した者もいた。
 だがそれが宮廷御用達の品を使っているとなれば、落胆どころか栄誉へと一転するだろう。

「まさか、お前」
「これが最大の目的です。子供の心を掴む」
「待て。なぜ子供が最大の目的になると?」
「……金剛の件は知ってますよね。孔雀先生が勝った」
「ああ」
「俺にとって金剛は恩人で、父のような存在でした。裏切られたことは怒りではなくて悲しみだったんです」

 薄珂は一瞬くっと唇を噛んだ。
 深くは知らないが、薄珂と立珂は金剛に騙され売られそうになったと聞いていた。それまでは生活を共にしていたらしく、しばらくの間薄珂も立珂も意気消沈していたらしい。
 この表情を見れば傷付いていることは分かった。
 辛いことを思い出させてしまったかと肩を撫でようと思ったが、ぱっと薄珂は顔を上げにやりと笑った。

「最初に心を掴めばずっと残るんです。天藍が子供の心を掴めばこの先も支持してくれる。それを石ころで作れて羽根も貰えるなら護栄様は損をしない!」
「お、お前」

 商談だった。今目の前のこの子供は泣きだすのかもしれないと思い同情し、きっとこれが本当の商談だったらよしよしとわがままを聞いただろう。
 ――うまい。
 この子供は人の心を動かす術を分かっているのだ。だから金剛の話を持ち出したのだ。

「こいつめ! ああ、そうだ! 子供は蛍宮の次世代を担う存在。これは護栄様に響く!」
「でもそのためには蛍石が価値を持たないといけないです。なので提案する順は規定装飾、下働きの仕事、そして教材」
「その通りだ! 紹介する順で提案の価値は大きく変わる。良いぞ。これなら護栄様に恩を売れる。間違いない!」

 商人は感情に流されてはいけない、と響玄は考えている。
 情に流され本質を見失っては損をするからだ。だが響玄にとって薄珂は面倒を見てやらなければいけない子供という油断があった。そこにうまく付け込まれたのだ。

(感情に流されず冷静沈着。これは情報で人心操作する薄珂最大の武器だ)

 想像よりはるかに美しく、流れるように進み響玄はもう褒めてやってもいいだろうと薄珂を振り向いた。
 だが薄珂はまだ護栄をじっと見つめ穏やかに微笑んでいて、それを見ている弟もじっと耐えている。

「これは国民への心象が格段に上がる! 素晴らしいですよ、これは!」

 この作戦の良いところは着眼点だ。
 蛍石は関係無く案自体が優れている。たとえ蛍石で落とせなかったとしても『殿下の心象を上げる』という提案は護栄に響かないわけがないからだ。
 だがこれをいきなり突きつけてもさして凄いことのようには思わなかっただろう。これは無価値な石ころから始まっているから素晴らしいのだ。
 うまい、響玄は心の中で叫んだ。

「宮廷ではよくして頂いたので恩返しができればと」
「成長したものですね。良い師を得られた」
「私は物を手配するだけ。全てこの子の才でございます」

 お世辞でもなんでもない響玄の本音だった。
 何かを教えたわけでは無い。ただ教えたとすれば、響玄は物を作る手段を持っている、という情報だ。
 つまり薄珂は、物を用意するのは他の誰かに任せて良いことだと判断したのだろう。だから響玄から商売を習わず護栄への勝負へ踏み切ったに違いない。

(提案する順序、内容、人心操作。これは作戦勝ちと言っていいだろう)

 響玄は満面の笑みを浮かべた。
 師匠と弟子など、さしてどうと思ったことも無かった。だが薄珂の勝利は誇らしく、これは何か褒美を用意してやりたいとも思った。

「いいでしょう。蛍石を納品のごとにお渡しします」
「有難うございます」

 ――よし、これで終わりだ。
 響玄は立ち上がり、護栄も帰るために書類を整え始めている。
 だが薄珂はまだ涼やかな顔をしていて、ちらりと立珂を見て頷いた。それと同時に、立珂が途端に立ち上がった。
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