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第三章 蛍宮室家

第九話 【護栄陥落作戦】初手・立珂の羽飾り

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 護栄は薄珂の広げたものをじっと見て、少しだけ眉をひそめた。

「これは天然石の――……」
「蛍石です。宮廷でも採れ、国の字を持つ石」

 薄珂が用意したのは天然石だ。だがそれもむやみやたらと集めたわけでは無かった。
 攻める武器は天然石の一つである蛍石だという。蛍石を使うというこの作戦を聞いた時に響玄が思ったのは、うまい、またこの一言だった。

「先に策を聞かせてくれ。護栄様に失礼はできんからな」
「はい。まず最初の提案は侍女の規定装飾です。ただし、必ず立珂の羽根と蛍石を使う」
「この前隊商で買ったやつか。狙いは?」
「蛍石に価値を持たせることです。前に天藍が宮廷で放置してると言ってたんです。俺はこれが不思議でした。国の字を持ち、しかも宮廷で採れるならそれだけで価値があるはず」
「天然石だからだろうな。蛍宮では価値が無い」
「でもそれが最大の利点だと俺は思います。だって孔雀先生の一言で価値が出たんです。ならこの国の英雄である天藍が『先代皇は蛍石の価値を見抜けなかった』とでも言えば価値が作れます」
「ふむ。殿下が価値を認めた宮廷産となれば宮廷御用達同然。だが少々無理矢理じゃないか? 護栄様が買って下さるとは思えんぞ」
「そうです。でも俺が売るのは蛍石じゃありません。『立珂の羽根飾り』です」

 薄珂が取り出したのは何の変哲もない、いつも通り美しい立珂の羽根だった。
 薄珂と立珂にとっては忌まわしくもあったというこの羽根が、今や国宝同然の扱いとなっている。
 羽根を装飾品にする時は当然国宝に見合うだけの宝石を扱うが、これも響玄が仕入れている。どれも一級品で、金十や二十はもはや当たり前のように動いている。中途半端な物は立珂の羽根には並べさせてもらえないのだ。
 つまり、立珂の羽根飾りに蛍石を付ければ、蛍石は高価な品だと証明しているに等しい。

「蛍石は立珂の羽根に見合う殿下の認めた品。これは宮廷の新たな価値になる」
「……うまい。お前は本当に商才のある子だ」
「良いでしょうか、これは」
「対護栄様という意味では良い。だが立珂の羽根は支給するには高すぎる」
「それです。それが俺たちの有利な点です」
「ん? 何がだ?」
「護栄様は守るものが多い。天藍と国民、心象、そして決められた予算。縛りが多いんです。でも俺と立珂は違う。羽根は本来邪魔なもので大金が欲しいわけでもない。『高すぎる』と思うのは護栄様であって俺たちじゃないんです」
「……そうだ。そもそもお前達は損をしない」
「なので護栄様が泣く泣く諦めている分を無償で提供できる方法を取ります。装飾品一つにつき二枚付け、一枚は装飾品に、もう一枚は護栄様が使えばいい」
「これはうまい手だ。護栄様には得しかない」

 響玄はこの時いくつかのことに驚いた。
 まず護栄が必要とするのは羽根自体ではなく、羽根の生み出す国の価値であることを理解しているところだ。
 羽根は確かに魅力的だが、無いなら無いでかまわないのだ。だが宮廷の価値が無くなることはあってはならない。そのために立珂の羽根を利用しているにすぎず、なら護栄に提供すべき商品は『価値』なのだ。
 だがやっていることが『商談』である以上は誰でも損得に囚われるだろうが、薄珂にはそれが無い。
 これはとてもうまい落とし穴だ――響玄は思わず息を呑んだのだ。

「ほお……」

 そして護栄も同じように息を呑んだ。出てきたため息がどんな意味を持つか、それを考えると響玄はつい笑みが零れそうだった。

(護栄様も気付いたか。だが……)

 薄珂をちらりと見ると、響玄とは全く逆で至って冷静だった。

「これを宮廷侍女の装飾品にすれば、宮廷で働くことの価値も高まるかと思いますが如何でしょうか」
「悪くないですね。価格はいくらに?」
「完成品であれば銀二枚。ですが宮廷の蛍石を無償で頂ければこの羽根飾りは無償で差し上げます」
「物々交換ということですか? それはそちらが損をしますよ」
「いいえ。しません」

 ――きたぞ。
 響玄はにっこりと微笑む薄珂に思わず見入った。
 これも薄珂から聞いている作戦の一つだ。

「ふむ。じゃあ蛍石は宮廷から買わなくてはならんな」
「それなんですが、殿下が蛍石の採掘場所ごと買い取ったらどうだと言ってくれたんです。これはどうなんでしょうか」
「買い取り? うーん……」
「俺はよくないと思いました。採掘費用と人を確保するだけで大変です」
「そうだな。ああ、そのとおりだ」
「なので護栄様への提案を『宮廷の蛍石と立珂の羽根飾りを交換したい』にしようかと思ってるんです。なら採掘は宮廷でやることになります」
「手間はあちらか」
「はい。これは護栄様が損をしますが、羽根が手に入り宮廷の価値も上がるならそこは汲んで下さるんじゃないかと。駄目ならその費用分羽根を上乗せすればいいだけですし」
「なるほどな。その通りだ。これはお前を手放せなくなるぞ!」
「俺というより立珂を大切に想って欲しいんです。だから今回の決定打は立珂に言ってもらいます」

 この時点ですでにうまい。利益と価値だけでなく販管費まで考えられている実にうまい手だと思った。
 だが響玄が最も感心したのはこの後だ。
 護栄に向けて立珂がぴょんと飛び跳ね、両手を勢いよく広げた。

「お金なんていいの! いつも遊んでくれるからお礼をしたいんだ! し、したいんです!」
「立珂が嬉しいなら、それは俺にとって最高の対価です」

 ――うまい。
 これがすさまじくうまいと響玄は思った。

(立珂の純粋な好意は最強の一撃だ。この好意を足蹴にしたら侍女と有翼人国民から非難を浴びる。心象第一の護栄様は頷かざるを得ない)

 薄珂は立珂を溺愛している。
 商売のような金がやり取りされる汚い裏を見せたくはないだろう、甘やかすだけでいたいだろう、響玄はそう思っていた。
 だから思ってもいなかったのだ。立珂の純粋な気持ちを利用して人心操作をするような卑怯とも言える作戦を取るなど考えもしなかった。
 護栄も目を見開き、なるほど、と零して小さく笑った。

「……これは有難い。立珂殿に会えないことを嘆く侍女は多い。侍女もさぞ喜ぶことでしょう」

 薄珂の狙い通り、護栄は快く頷いた。
 狙っていた内容くらい初手で察しはついただろう。だが立珂の好意を見せつけられては、即決じゃなかったとしても受け入れざるを得ない。

(だがここまでは薄珂の押し売り。恩を売ったとは言い難いが――……)

 薄珂の狙うところは天然石ではなく護栄に恩を売ることだと言った。
 つまりまだ終わりではない。

「これを納品するにあたりもう一つご提案があるんです」
「なんです?」
「はい。この装飾品は分解した状態で納品したいと思っています」
「は?」

(さあ、ここからが本当の始まりだ。護栄様相手にどこまでやれるか)

 護栄の呆れ果てた顔に、響玄は思わずほくそ笑まずにはいられなかった。
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