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第二章 蛍宮宮廷

最終話 薄珂と立珂はじめての家【後編】

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 孔雀に薫衣草畑を作りたいと相談をしたらたくさんの苗を用意してくれた。
 護栄が宮廷で下働きをしている少年を集め、総出で薫衣草の植栽を手伝ってくれたおかげで家の周りはあっという間に大きな薫衣草畑となった。

「わあい! 僕の薫衣草畑!」

 中央にはごろごろできるだけの草むらもあり、お昼寝するにはぴったりだ。

「慶都! こっちに止まり木っぽいのあるよ!」
「本当だ! ちょうどいい!」
「学舎のお休みはここで遊ぼう! 気持ちいいよ!」
「ああ! すっごく気持ちいいな!」

 立珂と慶都はきゃっきゃと薫衣草の中を走り回り、林の中に入っては出て隠れては出て――……これでもかというくらい遊んでいる。
 里で育った慶都も自然の中が楽しいのだろう。無邪気な二人を見ていると幸せになる。
 つい嬉しくなっていると、ぽんっと肩を叩かれた。振り向くとそこにいたのは久しぶりに会う天藍だった。

「間に合わなかったか」
「誰も皇太子殿下に土いじりさせようとは思ってないよ」
「殿下なんてやめてくれ。天藍でいい」
「……でも殿下だし」

 薄珂は天藍の顔を見ることが出来なかった。
 何しろ天藍に会うのは立珂が倒れた一件で突き放して以来なのだ。立珂を助けてくれて手を尽くしてくれた護栄とは和解できたが、いつも高い場所にいる天藍とは顔を合わせていない。
 護栄は天藍の意思を代行しているだけだと言ってくれたが、それでも目の前にいるのは護栄で天藍ではない。
 目には見えない高みで天藍が何を考えて何をしているかは分からないままだ。

「色々すまなかった」
「……その話はしたくない。俺はまだ天藍のせいじゃないとは言えないから」

 天藍はそうかと頷くこともいい加減にしろと怒鳴ることも、子供だなと馬鹿にすることもしなかった。
 ただ少しだけ悲しそうに微笑んで、はしゃぐ立珂と慶都に目線を移した。

「慶都は一緒に住むって言うと思ったんだけどな」
「うん。俺も」

 それは、ここに住むことを慶都一家に報告した時のことだ。
 慶真の真意は分からないが、もともと慶都たちも身の安全を考えて移住して来たのであって慶都が勉学に励むためではない。親の教育方針は分からないが、きっと慶都は一緒に住みたいと言うだろうと誰もが思っていたが、慶都には慶都の決意があった。

「このまま宮廷に住む? 護栄様は宮廷を出ても学舎に通っていいって言ったんだろ?」
「僕らの新しいおうちすっごく良いところだよ。一緒に来ていいよ」
「ううん。俺は宮廷でがんばる。もっと勉強するんだ」
「勉強? どうしたんだよ急に」
「そうだよ。僕慶都と一緒がいいよ」

 慶都は一瞬嬉しそうな顔をしたけれど、すぐにしょんぼりとうなだれた。
 どうしたのと立珂が慶都の手をにぎにぎとすると、慶都はぎゅっとその手を握り返した。

「……俺は前も今回も何もできなかった。立珂を守るって言っといて何も」
「そんなことないよ。前は慶都のおかげで助かったもん」
「違う! 何か起きてからじゃ遅いんだ! 何も起こらないように守れないと駄目なんだ!」
「慶都……」
「だからもっと勉強して訓練して賢くて強い男になるんだ! 会えない時間は増えるけど我慢する! 俺が立珂を守るんだ!」

 慶都はぎゅっと立珂に抱き着いた。
 薄珂からは悔しそうに涙を浮かべている慶都の顔が見えていたけれど、立珂には見えていないだろう。けれど立珂は慰めるようにぽんぽんと慶都の背を軽く叩いた。

「うん、頼りにしてる」
「ああ! 学舎が休みの日は会いに行くからな!」
「約束だよ。待ってるからね」

 立珂は寂しそうな顔をしていたけれど、そのぶん会える時はべったりと全力で遊んでいる。
 そうするとその間は薄珂も響玄に付いて勉強をできるので都合も良かった。

「薄珂は商売を始めたんだよな。うまくいきそうか」
「まだ何もしてない。あれこれするのは立珂が落ち着いてからにしようと思って。でも護栄様が練習相手になってくれてるから」
「取引きしてるんだったか」
「うん。それに商人って不安定だから、独立する前に自分だけの商品見つけといた方がいいって先生が」
「商品か……」

 ふうん、と天藍はすこし考えると首飾りから一つの石をもぎ取り薄珂の手に乗せた。
 それはうっすらと青緑に輝く天然石のようだった。

「なにこれ」
「蛍石だ。宮廷の裏で採れるんだが、採掘費用と販売額が見合わないから放置してる。これをお前の商品にすればいい」
「それじゃあ天藍から買わなきゃいけないし意味無いよ」
「採掘場所ごと買い取ればいい。そうすればその土地で採れる物はすべてお前の物だ」
「……微妙な気がする。場所の管理も必要だし採掘もしなきゃいけないし」
「その辺も含めて取引を考えればいい。例えば管理と採掘は宮廷職員に頼んで支払いは羽根にするとか」
「ああ……」

 ぱっと聞く限りは悪くないような気がしたが、結局羽根頼みである事に変わりはない。
 それに先に口約束をしてしまうといざ契約となった時に不利になる可能性もあるから、知り合いと商談になった場合は必ず持ち帰れ――と響玄に口酸っぱく言われている。

「ここじゃ決められないから考えさせて」
「必要な時は意地を張らずに頼れ。じゃないと立珂を守れないぞ」
「意地じゃないよ。取引は護栄様とするからいい」
「護栄か。すっかり懐いたな。取引の時は俺のとこにも顔を出してくれよ」
「ううん。行かない」
「え、な、なんで」
「意地だよ。与えられるだけだから傷つけられる。そんなんじゃ傍にはいられない」
「……蛍宮は嫌いか」
「好きだよ。立珂は楽しそうだし助けてくれる人もいるし。ついでに天藍もいるしね」
「ついでか」

 天藍はがっかりしたように肩を落とした。
 こうしていると皇太子なんていう凄い人物のようには思えない。薄珂には天藍の凄さが分からないのだ。
 だがそれを知って理解したいかというとそうでもない。何しろ薄珂の大事なものはそれではないのだから。

「俺は立珂が一番大事だ。天藍だけを選ぶことは無いよ」
「会ってすらくれないのか」
「そうじゃないよ。そうじゃないんだ」

 天藍は悔しそうに口を曲げたがそれ以上は何も言わなかった。
 きっと薄珂以上に天藍の身辺は複雑で、寄り添えるとしたら薄珂の方だ。けれど薄珂はわずかにも立珂以外を優先することなどできはしない。それをすれば手に入るものもあるだろうけれど、それは薄珂にとってもつらいことだ。
 けれどあっさりと天藍との縁を捨てるられるほど物分かりが良いわけでも執着が無いわけでもない。
 ならせめて、一方的に与えられるのではなく与えられるくらいになれれば違うのかもしれない。けれどまだ薄珂は一人では何もできないのだ。

「里からここまで助けてもらうだけだった。それじゃ駄目なんだ。だから今度こそ自分の力で頑張る。天藍に会うのはそれからだ」

 そうすれば立珂以外にも大切な物を持てるかもしれない。

「それまで待っててね」
「分かった。待ってる」
「……うん」

 薄珂は天藍と握手をした。今の薄珂にはこれが精いっぱいだったが、この手は離さずにいようとひっそりと誓った。
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