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第二章 蛍宮宮廷

第二十三話 薄珂の見るちいさな光明【後編】

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「薄珂殿は質よりも値段が気になりますか」
「うん。あれ同じ羽根飾りなのに値段が違う。何でだろう」
「付いてる宝石が違うんですよ。色が違うでしょう」
「そっか。羽根だけの値段じゃないんだ。じゃあこれは偽物なのかな」
「偽物? この羽根飾りがですか?」
「だって最初のお店が限定五個って言ってたよ。なのにもう十二個目だよ」
「ああ、あれは引っかけです。あの店にあるのが五個というだけで、この世に五個という意味ではない。でもそう言われると今ここで買わなければ! と思ってしまう」
「騙して買わせようとしてるんだ」
「販売戦略というんですよ。あちらの店を見てみましょう。きっと面白いですよ」

 響玄が連れて行ってくれたのは、人の多い通りから離れて奥まった場所にある露店だった。
 日当たりが悪いせいかどこどなく陰気な雰囲気で、当然だが客はいない。しかし響玄は気分良さそうに笑ってその商店の羽根飾りを指差した。
 それは先ほどからたくさん見てきた物と同じ羽根飾りだったが、値段は銀五枚という破格の値段が付けられている。よく見ればどの商品もかなり安い。

「ねえ、こんな安くていいの? 銀三のとこもあったよ」
「だって安くないと来ないでしょ、こんな場所」
「ならもっと人の多いとこに出せば?」
「場所代が高いんだよ。俺じゃここが精いっぱい」
「お店出すのにお金がいるの? 広げるだけで?」
「当然。人が多い場所ほど高いんだよ」
「ふうん。でも俺はここがいいけどなあ。絶対売れるし」
「ほお。それは何故です? 私もこの場所はあまり良くないと思いますが」
「何で? だってここ宮廷南門への一本道だよ。宮廷の職員が毎日通るから宮廷で使う物ならたくさん売れる。羽根飾りは売れないと思うけど」
「職員が? そうなのかい? 南門はもう少し奥じゃないか」
「門を通るのは宮廷の中で働く人だよね。掃除とか雑用をやる下働きの子は裏口から入るんだけど、それがそこにあるんだ。お弁当とかお菓子が売れると思うよ。古着とか日用品も」
「ほー。そりゃいいこと聞いた。よし、明日から食いもん出すか。情報料だ。持ってけ」
「いいの? 有難う」

 気を良くした店主は林檎の香りがする飴玉をいくつかくれた。
 後で立珂と食べようと腰に下げた小さな鞄にしまうと、響玄はまだ興味深そうに見つめてきていた。

「質問してもよろしいですか。薄珂殿ならここで何を売りますか。実際に用意できるかはおいておきましょう」
「立珂の欲しい物」
「即断ですね。それはどうして? 失礼ながら、世の誰もが立珂様を愛するわけではありません」
「あ、えっと、立珂っていうか有翼人の欲しいものかな」
「有翼人の?」
「うん。護栄様が前に言ってたんだ。護栄様は有翼人のことを知りたいんだって」

 それは立珂が療養のため芳明の診療所にばかりのころだった。
 謝りたいと言って護栄がやって来たのだ。しかし立珂はまだ寝ていることが多く、回復したとは言い難い状態のため薄珂が一人で対応に出た。
 一体何の話をするのかと身構えていたが、驚いたことに護栄は土下座をしたのだ。

「申し訳ありませんでした」

 友人というわけではないし付き合いが長いわけでもない。けれどこんな風に頭を下げる男ではないことは分かっている。
 今度会ったらどうしてやろうかと思っていたけれど、こうされては怒鳴るに怒鳴れない。

「謝られても困るよ。許すことはできない。でも――」

 薄珂は護栄を立たせると、ぺこりと頭を下げた。

「立珂を助けてくれて有難う」
「薄珂殿……」
「護栄様の言うとおりだよ。俺は立珂を守らなきゃいけないのに傍を離れるなんて……」

 愛憐に怪我をさせられたとき、逆上した薄珂は立珂の手当ではなく愛憐を殴ることを優先したのだ。
 それを止めてくれたのが護栄で、立珂の手当てを最速でできたのも護栄がてきぱきと指示を出してくれたおかげだった。

「こんなことになってようやく分かりました。私はなんと恐ろしいことを敷いていたのかと」
「……うん」
「ですが私のように思う者が少なからずおります。私達には有翼人の大変さが分からないのです」
「分からなければ何したっていいの!?」
「いいえ。いけません。だから我々は有翼人を理解したいのです。これを見て下さい」

 護栄は両手で大きな紙を広げた。
 そこには勉強をしてこなかった薄珂では読めない複雑な文字がたくさん書いていある。かろうじて分かるのは数字と簡単な文字だけだ。
 唯一分かるのはこれが何かの図面だということだ。大きな円に様々な模様が描き込まれている。

「なにこれ」
「有翼人保護区の設計図です。水を中心に建てる予定でしたが、水がにおうとおっしゃられたとか」
「うん。そうみたい」
「それと有翼人はみな薫衣草と加密列を好まれると」
「それはよく分からない。孔雀先生がそうだって」
「薄珂殿はどう思われます。立珂殿やここで暮らす有翼人を見て」
「……そうだと思う。加密列は花本体っていうよりお茶が好きなんだと思う。何でかは知らないけど」
「そうですか。そう、そういったことが全く分からないのです。良かれと思ってした事が的外れで苦しめる」
「具合悪くなってからじゃ遅いよ」
「おっしゃる通りです。なので私達には種族を繋ぐ架け橋が必要です。そしてそれは薄珂殿と立珂殿だと思っています」
「架け橋?」
「異なる種族でありながら相手の望むものが分かる。これは長く共に生きた経験からくるもの。その経験を施設に反映できれば有翼人が過ごしやすい場所を作れます。どうかお力添えを頂けませんでしょうか」
「……って言われてもな……」

 率直な感想としては『勝手にやってくれ』だった。
 全ての有翼人に良い生活を、というのは立派なことなのだろう。けれど薄珂が大事なのは立珂であって、全有翼人ではないのだ。天藍のように全種族平等を掲げて大義を果たそうなどとは思っていない。蛍宮は立珂にとって安全である場所の候補にすぎず、そのために時間を割くつもりは毛頭ない。
 しかしこれが完成すれば立珂はもっと良い生活ができるかもしれないと思うと断りにくい。どうしたものかと迷っていると、後ろから眠そうな声が聴こえてきた。

「僕良いと思うよ」
「立珂!?」
「立珂殿! 具合はよろしいのですか!」
「うん。今日はとっても気分が良いの」

 ふらふらと頼りなげに歩く立珂に駆け寄り抱っこすると、護栄はまたも土下座をした。

「申し訳ございません。立珂殿がお望みのままいかようにも処罰を受ける所存です」
「僕そういう怖いのは嫌いだよ。けどもう嫌なこと言わないでね」
「……はい。二度とそのようなことはしないと誓います」
「立珂。助けてもらったお礼して」
「あ! そうだった! 応急処置が適切だったから大事にならなかったんだよって芳明先生が言ってたの。助けてくれて有難う、護栄様」
「……もったいないお言葉……」

 罰を受けるつもりなら感謝をされるとは思ってもなかったのだろう。護栄は目に涙を浮かべていた。
 それ以来、護栄は有翼人について薄珂と立珂に話を聞きに来ることが多くなっていた。
 獣人保護区のように、有翼人が快適に過ごすことのできる場所を作りたいらしい。だが、やはり薄珂はそれに手を尽くす気にはなれなかった。立珂と共に過ごす時間をその他大勢のために費やすことはできない。
 しかし立珂は、とっても良いね、と嬉しそうに護栄と話しをしていた。同じ有翼人が快適に過ごせるようになるのが嬉しいようだった。
 それを見ると薄珂は自分は心が狭いのだろうかとも思ったが、それでも立珂以外に時間を割く気にはなれない。だが立珂が望むことなのならば薄珂はそれを叶えるだけだ。
 そしてそれはこの露店で有翼人の好きな物を並べることでも叶うのだ。

「護栄様が有翼人のこと知りたいなら護栄様の部下も知りたいよね。なら立珂の好きな物は興味あると思うんだ。それに有翼人も買いに来ると思うよ。同じ種族同士の方が安心できるし。あ、孔雀先生の加密列茶を配ってもいいかも」
「これは素晴らしい。よく考えておられる。それに現実的で今すぐできそうなのがいい。情報を商売に繋げられるとは、薄珂殿には商才がおありですよ」
「え、そ、そう……?」
「ええ。それに薄珂殿の勧める品ならば有翼人の世話をする者も興味を示す。護栄様のおっしゃる架け橋とはまさにそれ」
「架け橋……」

 美星の父はいやいやすごい、としきりに褒めてくれた。
 だが薄珂はいつも通り立珂のことを考えているだけで、全有翼人のためだとか蛍宮のためだとか、そんな特別なことを考えたつもりはない。そうしたいと思った事も無かった。

「薄珂ー! これ見てー!」
「あ、可愛い! 可愛いぞ、立珂!」

 けれど、立珂が笑っていられるこの場所を大切にしたいとは思った。
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