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第二章 蛍宮宮廷

第二十二話 仲直り【前編】

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 蛍宮皇太子の生誕祭に急遽招待された明恭国一行は慌ただしく蛍宮入りした。
 麗亜は護栄と笑い合えるほどには気持ちが軽くなっていたが、父と妹は気を張っているのか表情は硬く口数も少ない。
 本来なら両国は対等な立場として机を囲むが、明恭国皇王は叩頭することを望んだため謁見をする形となった。
 玉座に座る皇太子の横には被害者である立珂もいるが、相変わらず兄の脚の間に座り抱っこされている。父と妹は目を白黒させていて、その心境が分かる麗亜はおそらく無意味な叩頭をしながらこっそり笑った。
 まるでふざけているようにしか見えない兄弟に叩頭しながら、がちがちに固まった愛憐は震えながら挨拶を始めた。

「皇太子殿下、並びに立珂様。罪を重ねた私をお許し下さり有難うございます。今後は心を入れ替え」
「あ! 髪飾り使ってくれたの!?」
「は――」

 挨拶の意味が分かっているのかいないのか、立珂はぴょんっと飛び上がりとてとてと鈍い足取りで愛憐に歩み寄った。
 立珂は愛憐の腕を引いて顔を上げさせ、それを見た父は驚いて小さく唸り立珂へ叩頭した。許してくれた表明と受け取ったのだろうが、麗亜はこれが何の計算も無いことが分かっている。
 それに後ろで護栄がにこにことしているのを見る限りこれも彼の演出の一つなのだろう。
 ならば邪魔することは許されない。麗亜もただにこにこと微笑んだ。

「お姫様の髪黒くて真っ直ぐだから大きいふわふわが目立っていいと思ったの! 三枚は大きすぎるから二枚とちっちゃいのにしたんだ! どう!?」
「大きすぎないか?」
「天藍はお洒落が分かってないよ。これくらいがいいよね」
「え、ええ。立珂様の羽根は大きさを活かした飾りにしてこそ最も魅力を引き出せて」
「だよね! ほら!」

 立珂はきゃあきゃあとはしゃぎ、髪飾りの制作秘話を語り出した。
 怒り罰せられることを覚悟していただろう愛憐はどうしていいか分からないようでおろおろしている。
 さすがに助け船が必要だろうと思ったが、割って入ったのは弟を溺愛する兄だった。

「こら、立珂。遊ぶ前にすることあるだろ」
「んにゃっ! そうだった!」

 弟は兄に抱きしめられながら姿勢を正し、混乱している愛憐にぺこんと頭を下げた。

「この前はごめんなさい」
「何故、どうしてあなたが謝るの。私は罪を犯したのだから罰がなくてはいけないのに」
「う? 罪ってなあに?」
「私はあなたに怪我をさせたわ」
「うん。それはもう治ったよ。だから遊ぼうよ」
「でも、罰が必要でしょう」
「……お姫様も難しいお話するんだねえ。喧嘩したらごめんなさいすればいいんだよ」
「喧嘩なんて、そんな可愛い物ではないじゃない」
「そうなの? じゃあお姫様の気が晴れるようにしよう。それで早く遊ぼう」
「あそ、あそぶ、って」

 立珂は遊んでくれないことを不満に思ったのか、ぷうっと頬を膨らませた。
 蛍宮の面々は耐えきれずくすくすと笑いを零し始めた。見れば侍女は服をたくさん持っていて、既に遊ぶ準備は整っているようだ。
 麗亜もつい笑ってしまい、護栄と目が合うと小さく頷いてくれた。彼の筋書きは完了したのだろう。麗亜は薄珂が弟にするのと同じように、困り果てている妹の肩を抱いた。

「立珂殿。愛憐もお洒落が好きなんですよ」
「本当!? 僕もだよ! お姫様は何色がすき!? 僕は青が一番似合うんだけど顔色が悪く見えるから黄色を着るよ!」

 立珂がはしゃぎ始めたと同時に侍女がさささっと傍にやって来た。手に持っている服を広げて見せると、立珂はそれぞれの服のどこが好きなのか、作ってくれた侍女を紹介し始める。
 けれど愛憐はまだついていけないようで困惑して麗亜に助けてくれと目線を寄越す。

「立珂殿。遊ぶ前にきちんとごめんなさいをさせて下さい。よろしいでしょうか」
「あ、そうだった。うん、いいよ」
「有難う御座います。さあ、愛憐」
「……ごめんなさい。本当にごめんなさい」
「もういいよ。僕も怒鳴ってごめんね」

 弟は抱きしめてくれる兄に身を預け、頭を撫でられて嬉しそうにくふふと頬を緩ませた。
 麗亜はそれを見習い愛憐を抱きしめ頭を撫でる。

「よくできたな。偉いぞ、愛憐」
「お兄様。恥ずかしいですわ」
「恥ずかしくないよ。僕薄珂に頭撫でてもらうの大好き」
「ああ。偉いぞ、立珂。ちゃんとごめんなさいできて偉いな」
「えへへ」

 いつも通り兄弟は幸せそうだった。
 そして少し前の自分と同じように、その光景に驚いて固まっているだけの父親が急に恥ずかしく思えた。
 護栄はするりとその微笑ましい光景に入り込み、ぽんっと立珂の頭を撫でる。

「立珂殿。あとは私達で話をするので遊びに行っていいですよ」
「ほんと!? やったあ! 慶都ももう帰って来るんだ! 愛憐ちゃん行こう!」
「愛憐『ちゃん』?」
「立珂。友達でもお姫様なんだから気安く呼んじゃ駄目だ」

 友達ですと、と思わず声に出したのは未だに娘を罪人呼ばわりして取り消していない父親の方だった。
 そして何を思ったのか、友となった子供たちの輪に入ろうとしたので麗亜はその手を掴んで引き留めた。麗亜がそんな行動に出ると思っていなかったのか、父親は眉を顰めるばかりだ。
 けれどその娘は全て理解したのか、涙目になりながらにこりと微笑んだ。

「いいえ、嬉しいわ。私も立珂って呼んでいい?」
「もちろんいいよ! ねえ、愛憐ちゃん薫衣草すき?」
「香りのするお花よね。ちゃんと見たことは無いわ」
「じゃあ見よう! お花畑があるんだよ!」

 そして、子供達は大人が何を考えているか知らずはしゃぎながら謁見の間をどたばたと出て行った。
 その場の全員がはははと声を上げて笑ったが、やはり愛憐の父だけは大慌てで叩頭した。
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