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第二章 蛍宮宮廷

第十八話 明恭の終焉【中編】

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「くそっ! 独占どころかこれで全て終わりだ!」
「では今から話せば! 私も謝罪に参りますわ!」

 謝罪で済むと思ってる愚かさに、麗亜は何度目になるか忘れてしまいそうなため息を吐いた。
 使節団に提出させた報告書をぱらぱらと捲ると、裁判の主導を取ったのは護栄だと記載されている。
 外交の一切を取り仕切る麗亜は護栄を良く知っていた。輸出入の利益率については幾度も護栄と話し合いをしてきたが、そのたびに費用を吊り上げられている。
 これは決して麗亜の能力が低いわけではない。むしろ二十代前半でありながら明恭の政に必要とされているその実績は他国からも高く評価されている。
 だが護栄の相手になるかと言うとそれはまた別の話だった。

「怒らせた相手が悪すぎるよ。口先で煙に負ける相手じゃない」
「お兄様ともあろう方が少年狂いの皇太子に臆するなんてらしくないですわ」
「……お前、まさかそれを護栄殿の前で言ったのかい?」
「ええ。こんな醜聞を放置なんて気が知れないですわ」

 ――馬鹿か貴様

 麗亜は穏やかに微笑んでいたが、限界を迎え悪態を投げつけそうになった。
 蛍宮の国政を動かすのは皇太子天藍ではなく護栄だ。護栄は皇太子を守るためなら容赦しない。怒らせたら三日で国を落とされるだろう。
 だからこそ麗亜は蛍宮を武力侵攻することは避けるべきだと強く訴えたのだ。蛍宮との交渉はいかに護栄の機嫌を取るかで大きく変わる。
 そして、麗亜が絶対に口にしてはならないと考えているのが『少年狂い』だった。

「愛憐。天藍殿が『少年狂い』と呼ばれるのは二度目だ」
「まあ、前もあったんですの? やはりそういう性癖なのね」
「……あれは天藍殿が先代蛍宮皇を討った時の話だ。彼の仲間は老若男女問わず多かった。しかし天藍殿が従える者の全てが『少年』と括られた。どうしてだと思う」
「さあ。実はみんな少年だったのでは?」
「天藍殿を勝利に導いた軍師が少年だったからだ。当時わずか十八歳」
「十八!? 私よりも子供ではないですか!」
「少年は噂を一つ二つ流させ己は座したままだった。言葉だけで国の行く末を狂わせたんだ。そしてこの少年は今も天藍殿の傍で政を行っている」

 こつん、と麗亜はすらりと細長い指で机を叩いた。

「『少年狂い』は天藍殿が少年に狂ったのではない。天藍殿の傍らに全てを狂わせた少年がいるという意味だ」
「傍に、って……じゃあ、まさか……」

 麗亜は立ち上がり、愛憐の前に報告書をばさりと投げて見せた。とんっと指差した先には一人の名前がある。

「お前が敵に回した護栄殿だ」

 びくりと愛憐は震えた。
 愛憐は政治を理解せず学びもしない愚かな妹だが、ここまで愚かだとは思っていなかった。

「『少年狂い』は護栄殿が最も嫌う揶揄だ。護栄殿を怒らせた以上は負け戦確定だ。できることなど無い」
「地に額を擦り付け赦しを乞え! 腕一本差し出してでも契約を取り付けてまいれ!」
「腕!? 正気ですか!? 第一皇子であるお兄様にそんな」
「もし!」

 がん、っと公吠は椅子を叩きつけた。その勢いで椅子の手すりは欠け公吠の手から血が流れた。その血まみれの手をゆっくりと愛憐に向けて指差す。

「もし愛憐の首でお許し頂けるのであれば、流罪も死罪も謹んでお受けする。そうお伝えしろ」
「……お父様? ご冗談でしょう」
「お前は民を殺したも同然。ならば己の命を持って償うのは当然だ。愛憐の命乞いをする必要はない。天藍殿の望むままにしろ」
「承知致しました」
「お兄様……ご冗談ですよね……」
「麗亜は使節団を再構成し急ぎ出立の準備をしろ。誰か! 此度の使節団全員を牢へ! 愛憐もだ!」
「お父様まで私を罪人扱いなさるのですか!?」
「お前は罪人だ!」

 ぼろっと愛憐の瞳から涙が流れた。ここまで言われないと気付けない愚かさに辟易する。

「お兄様……私を見殺しになんてなさらないですよね……?」

 麗亜はううんと首を傾げてからにこりと微笑んだ。愛憐は助けを得られたと思ったのか、ぱあっと明るい笑顔になる。
 しかし麗亜はくるりと背を向けた。

「生かす利益がありそうだったらそうするよ」
「お兄様!?」

 そして、麗亜はまた一つため息を吐いて妹を捨てて部屋を出た。
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