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第二章 蛍宮宮廷

第十七話 護栄渾身の窮追【後編】

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「たしかに立珂は大切な少年ですが、その理由は彼の仕事にあります。なぜ立珂が来賓となったかご存知ですか?」
「殿下が囲っているんでしょう」
「いいえ。個人的な感情で置いているわけではありません」

 天藍は一枚の羽根を取り出した。
 一般的な有翼人の羽根とは比較にならないほど大きく美しいそれは、この宮廷に居れば誰もが知る立珂の羽根だ。

「立珂は私が専属契約を結んだ有翼人。この国の宝です。あなたがお気に召したその髪飾りも立珂の羽根」
「……え?」
「まさか使節団代表がご存知無いとは思いませんでした。道理で酷い扱いをなさるわけだ」
「嘘ですわ! あの子の羽は薄汚れていましたもの! 純白の羽ではなかったわ!」
「宮廷専属医孔雀。立珂の容体を説明しろ」
「はい。外傷で命に別状はございません。ですが精神的な衝撃が強かったようで、羽はくすみを通り越して濁っている状態。意識が混濁しております」
「羽が濁る? 何ですのそれは」
「有翼人は心を病むと羽が黒くなり死に至ることもあります。立珂殿は今まさにその状態」
「回復の兆しは?」
「兄君薄珂殿の愛情深い介護により回復をみせています。ですが侍女が作った服を破かれたことに大層心を痛めておいでとのこと。侍女に申し訳ないと泣き続けておられ、これがまた羽を濁らせているようです」
「侍女の作った服? 何よそんなの。来賓ともあろう者が庶民の手作りを纏うなんてみっともない」
「立珂が大切にしているのは物ではなく侍女の愛情です。そんなことも分かりませんか」
「民を愛さぬ国に我が国民の羽根を提供することはできません。やはり輸出入の継続は難しそうですね」

 護栄はちらりと視線を向けた。その先は死の可能性に目を白黒させる愛憐ではなく、第一皇子麗亜の傍で政治に向き合ってきた依織だった。
 視線がぶつかったと同時に依織はその場に土下座をした。

「申し訳ございません! すぐに先遣隊を送り迎えを寄越させます! 適切な人材で使節団を再構成いたしますので、それまでのひと月は我らを拘留頂くことでお許しください!」
「ちょっと! 何言ってるの! ひと月も拘留ですって!?」
「そうですよ。ひと月も拘留する必要はありません」
「そうよ! 馬鹿なことを」
「本日夜に明恭へ向かう貨物船がございます。それを利用しご帰国ください」
「……は?」

 護栄は驚きと怒りで目をひん剥く皇女へにこりと微笑んだ。
 姫でなくとも貨物船で帰れなんてそれこそ侮辱と言われてもいいだろうが、今回は状況が違う。
 これは暗に、罪を不問にしてやるからさっさと帰れ、と言っているのだ。
 それを理解した依織は再び土下座をした。

「有難う御座います! すぐに出立の用意を致します!」
「馬鹿言わないで! 一般の、それも貨物船ですって!? そんな物に乗れるものですか!」
「おや、よろしいのですか? 御璽を犯した場合は流罪や死罪もありえます。姫は罪状多数につき流罪は免れないでしょう」
「流罪? なにを、そんな馬鹿なことを言わないでちょうだい……」
「皇女のまま母国へ帰るか、罪人として流刑地へ行くか。どちらをお望みです?」

 ここにきて皇女は勢いが切れた。
 罪状を読み上げられるだけでは机上の空論のように感じていたのだろうが、貨物船という分かりやすい形になったことでようやく理解できたのだろう。愛憐はもう何も反撃が出来なくなっていた。

「来賓であることを考慮し即時帰国で姫の罪は不問。輸出入の契約更新は無しで判決とします。殿下、よろしいでしょうか」
「良い」
「そんな! お待ち下さい! 何卒新たな使者にて謁見のご温情を頂戴できませんでしょうか!」
「第一皇女の流罪を見逃すだけでは足りないと。それとも貴国の姫君はそれほどまでに軽い存在だったのですか。そんな者を使者にしたということは殿下への侮辱同然ですよ」
「とんでもございません! 愛憐姫は有翼人の羽根をとても愛しておられ、だからこそ我が国でどれほど必要とされているかという金銭以上の価値をお伝えできると考えておりました。ですが使者を務めるには精神的に幼く、それを見抜けなかったのは私共の不徳といたすところ。何卒謝罪の機会を!」
「問題が姫個人から国に変わったとたん饒舌ですね」

 依織はぺらぺらとそれらしい謝罪を続けるが天藍は頷きも拒否もせず護栄に合図を送り小さく頷いた。

「実績を考慮し一度だけ会議の場を設けます。開催場所は蛍宮宮廷内。代表には前任の第一皇子麗亜殿を立てられよ」
「承知致しました。間違いなく皇子に申し伝えます」
「では貨物船の手配をします。特別に愛憐姫は個室を用意するように伝えましょう」
「有難うございます! 護栄殿のご温情には必ず報いるとお誓い申し上げます!」
「有難うございます。しっかり覚えておきましょう」

 余計なこと言わなきゃいいのに、と玲章は苦笑いを浮かべた。
 自ら借りがあると認めては今後何かあったら骨の髄まで利用されるだろう。そしてこれも護栄の部下がきちんと記録をしていた。

「さあ、姫様。行きましょう」
「放しなさい! 貨物船なんて冗談じゃないわ! 服だってまだ着替えてないのに!」
「いい加減になさいませ!」

 愛憐はびくりと震えた。裁判にかけられただけでも大問題だというのに、唯一の味方である依織にも見限られたとなるとその心境には同情を禁じ得ない。
 何しろ愛憐が敵に回したのは立珂ではなく護栄なのだ。軍事国家である明恭の上層部は軍人だ。軍人からすれば護栄ほど敵に回して恐ろしいものはない。

「このような騒ぎを引き起こしたこと深くお詫び申し上げます。誠に申し訳ございませんでした」

 愛憐はついぞ頭を下げることも謝罪することもなく退廷したが、それも護栄の部下が記録を取っていた。
 これからあの皇女様はどうなるのか気になるが、何はともあれ一件落着だと。玲章は息を吐いたてぐっと伸びをした。

(さーて。昼飯だ。っとに無駄な時間を――)

 さっさと食堂へ行こうとしたが、裁判を終えたその場で思いもよらない光景が目に飛び込んできた。
 依織と同じように護栄が土下座をしているのだ。

「護栄! 何してんだ!」
「私も同罪です。罰せられて当然のことをいたしました」
「まあな。もし立珂がお前に罰を与えよと望めばそうしよう。だが現状要望は届いていない」
「罪は罪。皇女であっても政治家であってもです」
「分かっている。お前が詫びていたことは伝えておくが現状何もないんだ。何か言われる前に明恭をどうするか考えてくれ」
「……私にお任せ下さるのですか」
「お前以外に誰がやるんだ、こんな面倒なこと。今でさえ悲鳴が上がってるってのに」

 にやりと天藍は笑い、護栄を引っ張り無理やり立たせるとこんっと肩を叩いた。

「好機だ。必ず落とせ」
「承知致しました」

 なにを落とすんだと聞いたら巻き込まれて面倒になりそうなので、玲章は傍観を決めそそくさと退散した。
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