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第二章 蛍宮宮廷

第十七話 護栄渾身の窮追【前編】

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 蛍宮の軍事最高責任者である玲章は罪人の送迎で地下牢へ出入りすることはまずない。雑事は全て部下が行っている。
 何しろ天藍の護衛が最優先で、それよりも守るべき相手などいないのだ。
 それでも今日ばかりは地下牢へ罪人を迎えにいかなくてはならなかった。皇女という高貴な身分を考慮しこちらも高位の官が出向くべきだろうという護栄の提案で玲章が送迎をすることになったのだが――

「お前まで来なくていいんだぞ、護栄」
「いいえ。正しい判決を下すには姫の一挙一動を確認しなくては」
「判決なあ……」

 一見正しいように聞こえるが、玲章にはいじめに向かういじめっこのように見えた。
 護栄は味方であれば勝利の女神ですらひれ伏すだろうほどに頼りになるが、敵に回せば死神のような存在だ。大小問わず、天藍を害する者には容赦がない。それは皇女などという身分程度では屈服させることなどできはしない。
 だが腐っても皇女だ。必要以上に追い詰めないでくれよ――と心の中では祈ったが口には出さなかった。
 何しろ護栄は既に勝ち誇ったように微笑んでいる。これに苦言を呈するなど自滅しにいくようなものだ。この護栄と戦わなくてはならない皇女が不憫でならない。
 せめて挨拶と相伴くらいは丁寧にしてやろうと思ったが、それをするよりも素早く護栄が愛憐に声をかけてしまった。 

「出なさい。これより明恭国第一皇女愛憐の裁判へ向かう」
「まあ! それが一国の皇女に対する言葉遣いですの!?」
「この状況でも皇女としての矜持を失わない心根は称賛に価しますね」
「こんなことをしてただで済むと思ってるの。明恭の軍が動けばこんな国三日と経たずに終わるわ」
「それは私三人分の軍師を得てからにしたほうがいいですよ。さあ、出て下さい」

 三日というのは護栄が蛍宮先代皇を討つのに要した日数だ。その護栄がいる国を落とすのなら当然護栄を超える軍師が必要だ。
 だいたい牢に居座っても良いことなどないだろうに、愛憐は自ら立ち上がろうとはしない。皇女ともなれば相伴も無しに起立すらしないのだろう。
 だが護栄が前面に立った今、玲章は皇女に手を差し伸べる気にはなれなかった。それでも何とか助け船を出したのは依織だ。

「護栄殿。せめて随伴をお許しください」
「罪人にそれは許可されません。皇女であっても罪は罪」
「ですが裁判はこれからです。まだ罪人と確定が言い渡されたわけでは」
「御璽を犯した時点で罪人と確定しています。今回の裁判は罪の是非を問うのではなく、余罪の検証を行うものです」

 そんな、と依織は項垂れた。それと同時に玲章はそうなんだ、と相伴を提案しなくてよかったと安堵した。こちらから規則に反することを許すようなものだ。そこに付け込まれたら玲章まで火の粉を浴びるだろう。
 冷や汗を流すと、ちらりと護栄が視線を寄越した。にこりと微笑み、しかし纏う空気は冷たい。

「玲章殿は口を開かず手を動かさず送迎だけお願いします」
「承知しました~……」

 相伴しようとした無知さも見抜かれていた。何も分かってないのだから歩く以外のことをするな――ということだろう。

「牢にいても構いませんよ。ただし裁判を放棄とみなし、弁明の余地なしで余罪も確定となります」
「余罪!? なによ余罪って!!」
「何を今更。立珂殿への傷害罪、及び侮辱罪と名誉棄損あたりですね」
「馬鹿言わないでよ! どうして私があんな子のために!」
「立珂殿は天藍様の来賓。来賓への侮辱は天藍様への侮辱罪になりますが」
「姫様! 従って下さい! これ以上は不利になるだけです!」

 護栄は正論で相手の感情を逆撫でし不利になる発言を誘発させることである。
 日常会話であれば単なる嫌な奴だが、政治的な場面においては国の意思として記録され場合によっては敵国と断定される。そして敗北した後は罪状が突きつけられ、何かしらの罰を受けることになる。
 これがまさに今の愛憐姫だ。政治を理解しないが政治的権限を持つ者は格好の餌食なのだ。
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