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第二章 蛍宮宮廷

第十六話 宮廷の助力、そして決別【前編】

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 薄珂は護栄の指示通り立珂と共に医務局へ飛び込んだ。
 医務局には常に数名の宮廷医師が待機しており、怪我を見るとすぐに手当てをしてくれた。
 医師は全員人間のようだったが、立珂が有翼人であるにもかかわらず処置はてきぱきとしたものだった。

「出血は多いですが大したことありません。痕も残らないですよ。それよりも抱き方を変えて下さい。横抱きではなく膝に乗せ正面から抱えるように。顔を肩甲骨と顎の間に収めてあげてください」
「駄目だよ。それは安定感が悪いんだ」
「具合が悪いのは怪我による痛みではなく匂いによる意識の混乱です。有翼人は血の匂いが特に嫌いなんです」
「それなら薫衣草があるといいよ! 立珂は薫衣草が好きなんだ!」
「駄目です。血のにおいと混じると悪臭となり、より不快に感じるそうです」
「え? そうなの?」
「はい。全てのにおいを遮断するほうが良いのです。羽へにおいが移ってはいけないので覆いますね」
「う、うん……」

 医師は薄珂が想像していたよりも知識が豊富だった。戸惑いおたつく事もなく、むしろ自分がどれだけ冷静さを失っているかが分かった。
 ぽかんとしていると、医師は紙に何かを書き無言で薄珂に差し出してきた。

『怪我を負った驚きで羽がくすむ場合があります。不安は口に出さず笑顔で安心させてあげてください』

 それは侍女がやってくれたのと同じ筆談だった。
 あの時は目を覚ますことをさけるためだったが、確かに不安な言葉を出せば立珂は恐ろしく思うだろう。
 ならばここまで医師がしてくれた適切な処置を聞いたことで安心したかもしれない。

「みんな有翼人に詳しいんだね」
「護栄様が有翼人の医療教本を持って来て下さったんだよ。あの山」

 医師が苦笑いで指さした先にはまさに山といえる本があった。
 有翼人に関する本が存在するなんて初めて知った。元々解明の進んでいない有翼人に関する書物など目にしたこともなく、芳明に聞くのが薄珂の知る全てだった。

「この数分でどこから集めてきたんだか」
「しかしよく医務局へ来たね。孔雀先生のところは薫衣草もあるし医療器具は無いし、あちらへ行ったら悪化していたかもしれない」
「護栄様が、そうしろって……」
「そうか。さすが護栄様だ」

 薄珂は複雑な心境だった。
 怪我は愛憐の暴行によるものだとしても、そもそも立珂を追い詰めたのは護栄だ。言葉で傷つけ立珂を理解しない職員をあてがい、立珂を愛してくれる人を遠ざけようとした。
 けれど今立珂を助けてくれたのも護栄で、手当してくれたのも護栄が指示を出していた医師だ。
 思い返せば護栄は常に天藍のことを想っていた。その言葉は立珂を傷つけるものだったけれど、立珂自信を憎いだの疎ましいだのとは言っていなかった。

(……悪い人じゃないのかな)

 立珂はぐりぐりと首に頬を摺り寄せ、薄珂のにおいをくんくんと嗅いでいる。顔色は良くなっていて呼吸も落ち着いてきている。
 護栄の用意した医師がいなかったら血のにおいが原因だなどと気付くこともできず、こんなすぐに落ち着くことはなかったろう。

(護栄様どこ行ったんだろう。天藍のとこかな)

 何を話せば良いかは分からなかったが、今話をしなければいけない気がした。
 そう思った時、ばたばたと数名が医務局へ駆け込んできた。護栄が来たのかと期待して見たが、やって来たのは芳明と孔雀、慶都一家、そして彩寧と美星だ。
 宮廷の医師は芳明と目を合せるこくりと頷いた。立珂を不安にさせないためにだろうか、無言のまま身振り手振りで立珂の状態を伝えてくれている。
 芳明は慶真を振り返り大きく頷き、慶真は薄珂の足元に膝をついた。
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