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第二章 蛍宮宮廷

第十五話 崩壊の鐘が鳴る【後編】

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 天藍の執務室で、玲章は悲惨すぎる状況にげんなりしていた。

「おい天藍。どう責任取るんだ。文官が辞めたいとか言い出してるぞ」
「俺も辞めたいんだが……」
「ふざけんな。護栄を外した以上その責任はお前が取れ」

 護栄に謹慎処分を言い渡して直後、天藍と文官全員がため息を連発していた。
 中には未来を想定し眩暈を起こし頭痛で倒れる者もいた。いっそ護栄が戻るまで宮廷の全てを一旦停止にしてはどうかという提案すら出た。
 そしてその提案に賛成の声を叫びたいのは謹慎を告げた天藍自身もだった。

「無理だ……絶対無理だ……」
「安心しろ。全員そうだ」
「ぜんぶ護栄に任せてたから何も分からん」
「安心しろ。全員そうだ」

 兵の訓練や街の警備が仕事の玲章には護栄の不在はさして影響がない。影響があるのは主に文官で、その悲鳴を一身に受けるのは天藍だ。
 来賓として招かれている立珂にしたことを考えれば謹慎という処罰は可愛いものだが、いかんせん護栄の影響力が可愛くない。
 さてどうやって乗り越えるのやらと我関せず眺めていると、廊下から止めて下さいと縋るような叫びが聞こえてきた。その悲鳴には護栄様と呼ぶ声もある。

「何だ? 皇太子の決定を無視して護栄を連れ戻したか?」
「……よし! 謹慎場所はここ! 仕事はやらせる!」
「妥当だな。じゃなきゃ文官が全員退職する」

 情けないやら、天藍はうきうきと護栄を迎えようと入り口へ向かった。いっそ微笑ましいなと眺めていると、激しい音を立てて扉が開かれた。
 そこには予想通り護栄がいたが、しかし何故かその手には愛憐姫がいる。それもまるで罪人を捕縛するかのように押さえつけている。

「……どういう状況だこれは」
「天藍様! お助け下さい! 護栄様が急に訳も無くこのようなことを!」

 そんなことあるわけないだろ、と玲章は心の中でため息を吐いた。
 護栄の顔は珍しく怒りと苛立ちに染まり感情が剥き出しになっている。
 しかしどんなに感情的になろうとも、護栄が冷静さを失い天藍を貶めるようなことをするわけがない。
 その護栄が皇女にこれだけの仕打ちをしているのならよほどのことがあったのだ。

「何があったんだ。説明しろ」
「愛憐姫が立珂殿が療養中の離宮へ侵入なさいました。御璽をもって立ち入り禁止とされていることを知りながら」
「侵入なんて大袈裟な! 少し入ってみただけですわ!」
「ほお。立珂殿に出血するほどの怪我を負わせたのも『少し』だと?」
「ちょっと手を払っただけでしょ! ろくに立てやしないのに掴みかかる方が悪いでしょうに!」
「……護栄。薄珂と立珂はどうした」
「慶真殿と白那殿が医務局へ連れて行きました。孔雀先生と芳明先生をお呼びしているのですぐに手当てに入ります。薄珂殿は立珂殿の傍におられます」

 天藍から冷ややかな空気が流れ出て、玲章は額を抑えてがくりと肩を落とした。
 天藍は薄珂が関われば判断が鈍るというのは玲章も否定できない。護栄の謹慎などまさにそれだ。
 だというのに、罪を罪とも思わず立珂が悪いなどと言われては姫がこの後どうなるかは目に見えていた。

「御璽を犯したため緊急的に裁判の準備をいたします。それまで姫は地下留置場に拘留でよろしいですか?」
「許す。玲章、連れて行け」
「承知致しました」
「無礼な! 私は明恭国の皇女ですよ!」
「……皇女殿下には一番広い牢を」
「承知致しました。誰か! 使節団を全員牢へ!」
「はっ!」

 玲章の一声で武官は使節団の滞在する離宮へ向かった。
 そして玲章は愛憐とその側近を牢に入れたが、皇女は反省するそぶりなどこれっぽっちも見せなかった。
 それどころかお前達は不敬罪だと叫び、玲章が立ち去る最後の最後まで罵倒し続けていた。
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