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第二章 蛍宮宮廷

第七話 少年狂いの皇太子【後編】

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 明恭国。
 それは蛍宮から北に位置する極寒の国だ。年中寒いが冬になれば凍死する者もいるほどで、蛍宮から有翼人の羽根寝具を輸入するようになりようやく死者を大幅に減らすことができたという。
 蛍宮にとっては羽根寝具のほぼ全てを買ってくれる最大の顧客だが、定期的に商品品質と品質を保つ環境を有翼人に提供しているかの視察に来る。
 今回の視察で代表に立っているのが愛憐という成人したばかりの姫君だ。
 これまでは政治面で皇王代理も務める第一皇子の麗亜が代表だったが、それにとって代わるほどの才女なのかと護栄を始め宮廷内は警戒していた。
 けれど代表に立ったのは間近で有翼人を見たいというだけの理由で、精神年齢は歳以上に幼い姫だった。

「あのお姫様に視察なんてできるんですかね」
「現地視察をしているのは麗亜皇子の選出した方々で、彼らは馬鹿な噂だと理解しています。ですが幼い姫は鵜呑みにした」
「ああ、それで嫌味言ったんですね」

 愛憐姫は薄珂と立珂に遭遇していた。
 玲章が護栄と共に宮廷内を案内していた時に、彼等が外から帰って来たところに出くわしたのだ。その時に薄珂と立珂のみならず、創樹と慶真まで馬鹿にするような暴言を吐き捨てた。
 玲章は子供同士の喧嘩程度にしか感じなかったが、護栄にとっては重大な事件だったのだ。

「明恭から他国へ少年狂いが拡散されたらどうします。国の威信は崩れますよ」
「悪評を逆手に成功をもぎとるのは護栄の得意技じゃないか」
「……玲章殿は何故我らが明恭に謙っているか分かっていますか?」
「へ? ええと、あっちの軍が大きいから?」

 明恭は生産力では蛍宮に劣るが、軍事力では圧倒的強者だ。
 蛍宮にも軍はあるが、何しろ天藍は先代皇討伐という反乱による成り上がりのため、当時の戦で蛍宮は相当数の軍事力を失った。とても他国と武力衝突できる状態ではないのだ。
 敵対したら勝ち目がない以上、明恭に何かしらを提供し侵略しないと確約してもらうしかない。そのため護栄は明恭の要望を汲み蛍宮に不利な条件で輸出入契約を呑んだ。そうすることで蛍宮は身を守っているのだ。

「もし悪評を利用され今以上に厳しい条件を要求されれば財政は困窮し、明恭の傘下に降る可能性も出て来ます」
「ねえだろ。慶真殿が戻った今、蛍宮に軍事的圧力は効かない」

 慶真はかつて軍に身を置き恐怖を振りまいた鷹獣人だ。
 実際に一人でどこまでできるかと言えば保証できるものはないし戦績の噂は誇張されたものが多い。
 真相はどうあれ、鷹獣人への対策などそう簡単にできるものではない。どうしたって戦闘に長けた鳥獣人が必要で、慶真を超える鷹獣人の存在はどこからも聞かない。ましてや明恭のように獣が住むのに難がある国は獣人自体が少ないのだ。
 鷹獣人の慶真が蛍宮に戻った。それだけで明恭は退かざるを得ない――と玲章は思ったが、護栄は大きなため息を吐いた。

「本気で言ってるんですか? それは慶真殿が宮廷を最優先に考えて下さるという前提が必要になるんですよ」
「あ~……」
「慶都殿が有事の時は宮廷を捨てるのは解放戦争で実証されている。私は戦力に数えていません。いれば助かるいなくても構わないんです」
「護栄! 口が過ぎるぞ!」
「そうですか? ここで戦力に数えてるので尽力しろと言われる方がよっぽど嫌だと思いますけどね。ねえ慶真殿」

 慶真はぐうっと言葉を呑み込んだ。
 先代皇を討った解放戦争で天藍率いる解放軍最大の危機は、慶真が前触れもなく前線を離脱したことだった。それにより死者も少なからず出た。
 だがその離脱は妻と息子を守るためで、国や国民の救助なんていう大義名分は何もなかった。鳥獣人である妻と子が軍事利用されるかもしれないことを恐れ、天藍にも護栄にも、誰にも何も言わず姿を消した。それを責めた者も多く、今でも復職は誤りだと呈する者も少なくない。
 慶真は蛍宮にとって最大の武器であり、同時に爆弾でもあるのだ。護栄も慶真の復職に反対したが、むざむざと手放すにはあまりにも惜しい。
 そこで天藍は諸々の誓約を取りつけ、業務は立珂のお目付け役という表向き重要な任務を担い現在に至る。そんなことをするくらいな追い出せという声もあるが、これは渋々護栄が沈静化させた。これもまた天藍が護栄に頭が上がらない一因でもあった。
 これは勝ち目ないな、と玲章は再び気配を消した。

「分かりましたね。愛憐姫の滞在中だけは自制していただきます」
「あとふた月はいるじゃないか! その間ずっと薄珂に会うなっていうのか!」
「国民と子供一人どちらが大切ですか!」
「そういうことじゃないだろう」
「そういうことです! 愛憐姫のことは私がどうにかします! 殿下は少年たちとの接触は禁止です!」

 護栄は怒りを爆発させたまま部屋を出て行っってしまい、天藍は大きなため息を吐き机に突っ伏した。

「護栄は頭が固すぎる」
「けど明恭の支配下に置かれたら立珂殿の身柄を寄越せと言われかねないぞ」
「そうなったら争うまでだ」
「では薄珂君と立珂君が明恭を選んだらどうします?」
「無い。立珂を犠牲にする選択をするはずがない」
「そうとも限りません。二人は専属契約の更新はせず里に戻ろうかと話していましたよ」
「は!?」

 え、とこれには玲章も驚き思わず身体を震わせた。
 玲章は二人の馴れ初めは天藍から聞いた限りでしか知らないが、こんなに誰かに尽くそうとする天藍を見たのは初めてだった。
 それは護栄の言った薄珂に溺れて判断が鈍るというのはあながち的外れでもないと感じるほどだ。だが決して一方通行ではなく、薄珂もまた天藍を必要としているのは見て取れた。
 しかし天藍と違うのは彼が天藍を必要とするのは弟のためという点だ。天藍への愛情と弟への愛情、種類は違えどどちらか一方を選べと言われたら弟を選ぶであることは見ていれば誰でも分かった。立珂が宮廷を嫌悪したら薄珂も離れて行くのは明白だ。

「俺はあの子らのことはあんまり知らないんだが、何が不満なんだ?」
「契約による行動制限を不自由に感じたようです。それに立珂君は体調も崩しまた。そのうえ殿下にも会えないなら宮廷にいる理由はありませんよ」
「なるほど……」
「護栄様のおっしゃりようは乱暴ですが一理あります。少々考えた方が良いでしょうね」

 天藍は何か言いたそうだったが何も言わなかった。ただ悔しそうに拳を震わせていた。
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