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第二章 蛍宮宮廷

第五話 立珂の羽根【前編】

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 立珂の希望で街へ行くことにすると、不慣れな子供たちばかりでは心配だと慶都の両親も着いて来てくれた。
 まだ一日歩き回ることはできない立珂は車椅子だ。新しい腰布を使えるのが嬉しいようで、何度も裾をちらちらと捲っては握りしめ、また裾を摘まんでみたりと繰り返している。

「そんなにいじってたらしわしわになっちゃうぞ」
「んにゃ! だめ!」
「つーか街を見ろよ。お洒落な物を探すんだろ?」
「んにゃっ! そうだった! 見る!」
「前はちゃんと見る余裕なんてなかったけど、凄い人だな」

 薄珂は一度この街に足を踏み入れている。金剛一味に立珂が誘拐された時だ。
 宮廷に入ってからは立珂のお洒落や歩く練習があったので今日まで街に出ることは無かったが、ようやく立珂に元気が戻ったので出かけることになったのだ。
 宮廷にも人はいるが、それとは桁外れの人数がひしめき合っている。
 薄珂はぽかんと口を開けている立珂の車椅子を押して進んだが、すぐに立珂が身体半分だけ振り向いてきた。人の多さに驚いたのか少し震えていて、ぎゅうっと薄珂の腕を握りしめている。

「立珂おいで。抱っこしてやる。創樹。車椅子頼んでもいい?」
「ああ。そっか。お前ら森育ちで街は初めてだもんな。怖いか」
「ようやく侍女の人数に慣れたとこだしね。まだ無理だったかな。戻るか?」
「……ううん。平気。ちょっとびっくりしてるだけ」

 薄珂は震える立珂を抱き上げた。景色を見ようとしてはいるが、やはり不安げにきょろきょろとしている。
 立珂は自分一人では何かあった時に対処ができない。襲われ捕らえられるという恐怖も経験しているためか、見ず知らずの相手と同じ空間にいるのを怖がるような傾向にもある。
 だから薄珂は無理に街へ出そうとは思わないし必要も無いと思っていたが、お洒落をできる物や服があるというのはずっと興味惹かれているようだった。
 自分から外に出たいと言ってくれるのは心に余裕ができたのかもしれない。薄珂はぎゅっと立珂を抱きしめた。
 
「俺もおじさんもいる。何かあっても守ってやるから大丈夫だ。立珂は何が見たい?」
「羽根売ってるとことお洒落専門店。いろんなの見たい」
「じゃあ隊商から見ましょうか。羽根製品は蛍宮内よりも他の国の方が豊富です」
「隊商ってなに?」
「馬車であちこちの国を回って商売する人たちのことです。蛍宮には無い変わった物がいっぱいありますよ」

 慶真を先頭に人込みを抜けていくと、着いたのは港の手前の広場だった。
 屋台だったり地面に敷物を敷いていたり、立ってて売りをしたりと販売の形は様々だ。広げられている商品には統一感がない。
 広場から少し離れた辺りには個人の住宅もあれば商店もあり、中には公共施設と思われる建物もある。たくさんの荷馬車が停められていて、その前で店を広げる露天商もいる。市場といえば市場のようだが、ただ広げているだけのようにも見える。

「ここは宮廷が『お店を出していいですよ』と許可してる場所です」
「これがお店なんだ。立珂どうだ?」
「お洒落じゃない。お店の壁紙の色が綺麗じゃない。売り物もはちゃめちゃでお洒落に見えない。全部お洒落じゃない」
「立珂君の審美眼は鋭いですね。実はあまり整備されてないからごちゃついてるんです。けど有翼人の羽根商品は多いですよ」

 慶真は広場を見渡した。目につくのは広々と店を構えている大きな店だが、少なからず並んでいるのが有翼人の羽根を使った商品だった。
 食料品店であっても装飾品や小さな寝具など、何か一つは置いている店が多い。

「こんな風に売ってるんだ。ほら、あそこにもあるぞ立珂」
「……でもお洒落じゃない。何で野菜屋さんが羽根の髪飾り売るの? 食べ物の匂いが移っちゃうよ。色だってくっついちゃうかもしれない」
「自慢してるんですよ。うちはこんなたくさん有翼人の羽根を扱えるほどの良い店だぞ! って」
「たくさん? たくさんなんてどこも置いて無いよ?」

 言われて再び商店を見回すが、たくさんというほどの量を扱っている店は無かった。多くても衣料品店が首飾りを五個ばかりだ。

「羽根商品は貴重で高価なんです。一般の商店であれば五個陳列してれば多い方で、十個以上は相当有名なお店だと思っていいです」
「そんななの? 僕の羽根もどっかにあるかなあ。あ、無いんだっけ」
「立珂君の羽根は殿下が他の国の偉い方にだけ贈る特別な物ですからね」
「何で? 同じ羽根だよ」
「見れば分かりますよ。あの店に行ってみましょう」

 薄珂と立珂は顔を見合わせてきょとんと首を傾げた。
 連れられて入ったのは衣料品店だった。他の店よりも大きい建物で、築年数は長そうだが店内は小綺麗で高級そうな衣類や装飾品が並んでいる。その中でもひと際厳重に保護されている棚があった。そこには有翼人の羽根で作られた装飾品と寝具が並べられている。

「これが一般的な羽根です。立珂君のと比べると小さいでしょう」
「色もあんまり綺麗じゃないね」
「有翼人の羽根は美しさを保つのが難しいといいますからね」
「そうなの? なんで?」
「有翼人は心身の状態が羽に出るからさ。常に最高品質とはいかないもんだ」
「んにゃー! んにゃっ! あにゃっ、にゃっ!」
「立珂! 大丈夫だ。落ち着け。大丈夫だ」

 急に机の下から男が姿を現した。立珂は驚いて思わず薄珂にぎゅうとしがみ付いた。
 男は整った身なりをしていた。薄手で艶のある黒い生地に金糸で龍のようなものが刺繍されている。
 品の良い知的な雰囲気はまるで宮廷の文官のようだが、手には商品と思われる衣類を持っている。

「いらっしゃい。うちは羽根交換はお断りだ。買うなら現金で頼むよ」
「羽根交換? ってなに?」
「商品と羽根を交換するのさ。ここらじゃ羽根で買い物するだろ、有翼人は」
「待って下さい。交換は中央区以外じゃ禁止ですよ」
「だからうちはやってませんよ。けど他じゃみんなやってる。こっそりと」

 まさか、と慶真は店の窓から外を観察し始めた。しばらくすると眉を顰め、大きなため息を吐いて頭を抱えていた。
 どうしたのか気にはなったが、立珂が身を乗り出して羽根飾りに食いついたのでそちらへと足を向けた。

「君は運が良い。今日はお偉いさんが来るからありったけを並べてある。買うなら今のうちだ」
「ふあー。どうして首飾りって大きいのより小さい方が高いの?」
「あんまり数が無いんだよ。生えたばかりの時しか取れないんだろう?」
「う? あ、そっか。育っちゃうもんね。この小さい枕はなあに?」
「何ってことは無い。抱きかかえたり座ったり。安いからすぐ売り切れるぞ」
「本当。銅二十枚は手頃ね。安すぎない?」
「これに使ってる羽根は装飾品にできないやつだからな。捨てるくらいなら使おう、ってことだよ」
「捨てるのなら僕もいっぱいある! これも枕にできる?」

 立珂は背中に手を回し、ごそごそと羽を漁ると一本だけ引き抜いて差し出した。
 それは先が割れているうえ途中で折れていて装飾品にはできなそうだ。こういう使い道のない羽は立珂の背に残り、薄珂が羽繕いをして捨てていく。
 だがたしかに袋に詰めてしまえば関係無い。これも、これも、と立珂は嬉しそうにふんふんと鼻息を鳴らした。

「もちろんさ。羽根交換はしてないが買取ならしよう。お前さんの羽根は立派だし、一本銀一枚出そう」
「ほんと!? おもしろーい! 売りたい!」
「駄目ですよ! 他の人にあげてはいけないという契約です!」

 立珂のはしゃぐ声を聞きつけて、慶真が割って入ってきた。
 天藍と立珂の交わした専属契約はその名の通り、天藍以外に羽根を渡してはいけないという契約だ。
 立珂自身の羽根だが、契約を結んでる間は勝手に売買してはいけないのだ。

「そっか。そうだったね」
「そいつは残念。気が変わったら来てくれよ。俺は商品より羽根そのままが欲しい」
「そうなの? 出来上がってた方がよくない?」
「いつもの布団の中身だけ入れ替えるんだよ。肌に合った寝具がいいだろ?」
「あ、肌触り。うん、とっても大事。高級な生地でもこれは動きにくいな~とかあるもん。お洒落でも気持ちよくないと嫌だよね」
「よく分かってるじゃないか。そういやお嬢ちゃんは良い服を着てる」
「う? 僕お嬢ちゃんじゃないよ。男の子だよ」
「ああ、そうなのか。そりゃ失礼。男が羽を大きくしてるのは珍しいな」
「どうして? 性別関係あるの?」
「関係というより流行だな」

 店主は見てごらん、と窓の外を指差した。
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