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第二章 蛍宮宮廷

第四話 お出かけ【後編】

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 侍女は皆とても良くしてくれていた。立珂も今まで以上にお洒落に傾倒し、笑顔が増えたのは侍女のおかげだ。
 だが今回のことで侍女を遠ざけるようなことになってしまった。これで立珂を嫌いになってしまったらどうしようかと不安があったが、それは無用な心配のようだった。
 美星を中心に、侍女がずらりと立珂の服を並べてくれる。

「立珂様、これはいかがでしょう。軽装なので動きやすいですよ」
「あら、派手すぎるわ。立珂様はもっと上品なほうがお似合いなのよ」
「お止しなさい。立珂様のご意志が優先よ。立珂様はどれがよろしいですか?」
「飴色のすてき。でもちょっと暗いかなあ」
「いいえ。これは金糸で織られているので日に当たると輝いて美しいですよ」
「お似合いだと思いますわ。だってほら、眩しさが立珂様の笑顔そっくり」

 立珂の事情を知った侍女たちは怒ることも不愉快な顔をすることもなかった。
 それどころか、日常生活は白那に任せて口は挟まず、お洒落に必要な生地の収納方法や縫製道具の管理など、どうするのが立珂に良いのかを考えてくれた。
 だがそれも立珂に決めさせるのではなく、会話の中で立珂の好む方法を聞き出し仕事の範疇であるように振る舞ってくれた。
 会いに来るのも二、三人が日替わりで、それも「立珂の世話」という業務を分担してやっていると教えてくれた。
 お香は止めるのではなく天然の薫衣草でできている商品を使ってくれて、だがそれも侍女の仕事であると言ってくれた。
 決して無理にわがままを聞いているのではなく、これが彼女たちのやるべき仕事だと分かると立珂は安心したようだった。でももっと立珂と遊びたいという意思表示もしてくれて、少しずつ立珂も人付き合いというのを覚えていった。
 面倒だからと立珂から離れてしまうと思ったけれど、変わらず愛して一緒にお洒落をしてくれるのはとても有難いことだった。

「そうそう立珂様。今日は新しいお洒落があるんですよ」
「う!? 新しいの! なになに!? 生地!? 色!?」
「腰布です。車椅子に座ったとき汚れた足元が見えるのが恥ずかしいとおっしゃっていたでしょう? その対策になるお洒落です」

 立珂はお洒落を好きになればなるほど、人目に触れる時にみっともない格好をしてるのを嫌うようになった。
 昔は羽で体が隠れてしまうので気にしたことが無かったが、車椅子に乗り服が見えるようになってからは特に裾を気にするようになっている。
 侍女の一人がわくわくしながら黄色い生地を広げた。薄珂には単なる腰布に見えたが、立珂は驚いたように目を丸くしてぴょんと飛びついた。

「端っこの紐なあに? あ、生地が二つ重なってる。引っ張るの?」
「着てみてくださいませ。紐が付いている方が下です」
「う……? 紐が下……紐はどうするの?」
「上の生地に丸く穴が開いているので出してください。それで反対側の紐を後ろから前に持って来て結ぶんです」

 どうしたら良いのか分からないようで、立珂はきょときょと首を傾げながら紐を穴に通した。
 後ろは羽で隠れてしまうため自分ではどうにもできず、侍女が紐を拾って立珂に渡してくれる。立珂は言われた通りにきゅっと結んだ。
 けれどこれがどういうお洒落なのかまだ分からず、薄珂も立珂も揃って首を傾げた。

「これ新しいお洒落なの? 腰布じゃないの?」
「ここからが新しいんですよ。さっき穴を通した方の紐を緩めてみてください」
「脱げちゃわない?」
「大丈夫なんです。さ、ゆるっとしてくださいませ」

 立珂は首をかしげながら紐を緩めた。このままでは脱げてしまうかと思ったが、緩めたと同時に二重になっていた生地がするりと落ちてきた。
 けれど内側で引っかかるようになっていて途中で止まり、それはちょうど立珂の足元を隠すくらいの長さだった。

「んにゃっ!? 隠れた! 足隠れたよ!」
「これならお着換えしなくても汚れを隠せるでしょう? 膝掛もお恥ずかしいとおっしゃってましたし」
「立っていると丈が長く感じますが、座るとちょうどよくなるんです。何も変わらないように見えるんですよ」
「座る! 座りたい!」

 立珂は部屋の隅に置いてあった車椅子に駆け寄り越しかけた。
 侍女がささっと姿見を持って来てくれて、立珂は鏡に映った自分の姿を見て身を輝かせた。

「同じだ! 同じ服に着替えたみたい!」
「本当だ。見た目は全然変わらないね。朝からこれで出かければ誰も分からないよ」
「そうでしょう。歩く時は長いと危ないですから車椅子の時だけになさって下さいね」
「すごーい! すごいすごい! とってもお洒落でとっても便利!」
「服も同じような工夫があるんですよ。肩と脇の釦に生地を付けることができるんです。後身頃と前身頃を二つ用意しておけば、汚れた時にぱっと付けて隠せます」
「汚れなくても付け替えればお着替えした気持ちになるんです。それもお洒落でしょう?」
「わああ! すごーい! 裏表で生地を変えれば差し色になって綺麗かもしれないよ! 袖の縁取りと合わせると素敵!」
「まあ、さすが立珂様ですわ。生地を選んで作りましょう」

 汚れた服を隠すとなると、膝掛を掛けるかだぼだぼとした羽織を着るしかない。
 けれどいかにも何かを隠してる風になるので立珂はそれを嫌がった。こればっかりはどうしようもなかったが、しょぼくれる立珂のために考えてくれたのだろう。
 立珂はきゃっきゃとはしゃいだが、それを見ていた創樹と慶都はぽかんとしていた。

「立珂はお洒落好きだよなあ。薄珂は興味無いの?」
「ないというより分からないな。侍女のみんながいてよかったよ」
「立珂は何を着ても可愛い!」
「慶都正解」
「お前ら本当に立珂立珂立珂立珂だな。おーい。立珂ー。早くしないと買い物する時間なくなるぞ」
「んにゃっ! そうだった! 忘れてた!」
「忘れてたんかい」
「ではこのくらいにいたしましょうか。さ、今日も可愛いですわ」

 侍女に手を引かれ車椅子から立ち上がると、にこにこと眩しい笑顔で駆け寄ってくる。
 立珂が着替えに満足し、ようやく薄珂達は宮廷を出た。
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