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第一章
第七話 特別なもの
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それからひよちゃんは数珠作りに必要な素材を集めてくれた。
「材料これでいいですか?」
「有難う。あ、結構いびつだね」
「現世みたいな加工技術はないんです。作れませんか?」
「ううん。平気だよ。ある物で作れるから」
集めてくれたビーズやパーツは現世ほど綺麗な華やかではなかった。種類も少なく見目の美しい物は作れなそうだったが、父が教えてくれた数珠作りに重要なのは実はビーズや石ではない。
「それに一番重要な物はたくさんあるしね」
「どれですか?」
「これ」
私は一つの素材を摘まみ上げた。これが父のこだわりで、最も大変なところだ。
「……糸、ですか?」
「うん。見ててね」
作り方は簡単だ。ざっくり言えば、丸いビーズに紐を通すだけ。本来数珠というのは何の石を何個使うかなど細かな規定があるらしいが、父はそういうことは気にしなかった。選定に時間をかけることも無い。
だが唯一時間をかけるのがビーズを通す紐だ。家で使ってたのは父が自分で用意した赤か黒の紐やテグスだった。無い場合は細い糸を何本か使って一本の紐を作るのだが、この作り方に父独特の作法があった。
私は素材違いで三本選ぶと手のひらに閉じ込めてぎゅっと握った。凡そ十秒ほどそうしてからゆっくりとそれを結っていく。右の紐を左へ、左の紐を右へ。三つ編みのようでいてそれとは違う独自の結い方だ。しかし大変なのはそれではない。
「……すごいゆっくりですね……」
「うん。速度厳守なの」
「大変ですね。何の意味があるんですか?」
「分かんない。とまあ時間かかるから今回は手持ちのを使おう」
父が作ってくれた数珠は全て無くなったが、紐だけはいくつか持っていた。実はアンクレットやネックレスにして身に着けているのだ。父が御守りだと思えと言うので幼いころからの癖になっているが、今思えばいつ鯉屋に来ても良いようにという準備だったのかもしれない。
私は適当に色合わせが良さそうな石を通していった。最後を結び止める。
「よし、でき――っわ!」
できた、と思ったその時だった。
ぽんと数珠の輪の中から赤い何かが飛び出てきて私は数珠を放り投げた。
一体何が出てきたのかそっと目を開けると、数珠の上にすいすいとそれは泳いでいた。
「……金魚?」
数珠の上ですいすいとそれは泳いでいた。
どうみても金魚……
私はつんっと金魚を突くとそれを確かに存在していた。幻ではないようだ。けれど金魚の方は特に気にしていないようで、すいすいと泳いでいる。
これは一体……
数珠から出てきたのだから数珠の精霊か何かなのだろうか。そっと指を伸ばすと金魚は触ることができた。つんつんと突くと金魚はくるくる旋回したが、数珠から離れようとしない。ひよちゃんに手渡すとそちらへ付いて行き、私だけに付き従うわけではないようだった。
「すごい! すごいですよ!」
「金魚が生まれるのは凄いわね……。けど本当にできてるのかしら。いざ使ってみたら不良品で効果が無かったら困るわね」
「それは大丈夫です。これは金魚と同じです。ちゃんと魂です」
「それは何で分かるの?」
「金魚屋だからです。あの二つの水槽、違いは分かりますか?」
ひよちゃんが指差したのは庭に積み上げられている水槽だ。金魚屋は至るところに水槽があり、それは全て父の部屋にあった物と同じだった。
ただ違うのは、その中に金魚と出目金が分けて入れられているところだ。
「出目金と金魚に分けていれてるのよね」
「そうです。見て分かりますよね。でもこの世界の人はそもそも見えてないんです。襲われて初めてそこに出目金がいるんだと分かるんです」
「へ!? じゃあ逃げられないじゃない!」
「そうです。なので僕らが《死分け》をします。『死ぬ』を『分ける』と書いて死分け」
「死分け……?」
「金魚と出目金は全くの別物なんです。死因を覚えてるのが金魚で死因すら忘れたのが出目金。死因によって分けるので死分けといいます。でも黒曜様の水槽に入れてしまえば出目金も大人しくなります。金魚屋が死分けをすることで人々は守られ、だから金魚屋は店として独立してるんです」
「ふうん。特別なお店なんだ」
えへんとひよちゃんは自慢げに胸を張った。聞く限りでは確かに特別な存在だ。
でも水槽が無きゃ捕まえられない。なら特別なのはお父さんで、それは破魔屋もだ。特別な二つの店はお父さんがいて初めて成立してる。
父がどれだけ特別な存在であったか、ようやく分かったような気がした。そして父亡き今、同じ物を作れる私がどれだけ重要な存在なのかも。
ひよちゃんは嬉しそうにしていたが、突然廊下からどたどたと数名が走る足音がした。勢いよく襖が開かれると、やって来たのは従業員の女性だった。女性は汗だくで肩を上下に揺らして荒い呼吸をしている。
「雛依様! 大変です! 結様のところへ!」
「何かあったの!?」
「とにかく急いで! 早く!」
「うんっ!」
ひよちゃんは数珠を放り捨てて走り出した。どうしたものかと思ったが、小さなひよちゃんには追い付くのは容易いし無視するのも気が引ける。
私は完成している紐をポケットに詰め込むとひよちゃんを追った。
「材料これでいいですか?」
「有難う。あ、結構いびつだね」
「現世みたいな加工技術はないんです。作れませんか?」
「ううん。平気だよ。ある物で作れるから」
集めてくれたビーズやパーツは現世ほど綺麗な華やかではなかった。種類も少なく見目の美しい物は作れなそうだったが、父が教えてくれた数珠作りに重要なのは実はビーズや石ではない。
「それに一番重要な物はたくさんあるしね」
「どれですか?」
「これ」
私は一つの素材を摘まみ上げた。これが父のこだわりで、最も大変なところだ。
「……糸、ですか?」
「うん。見ててね」
作り方は簡単だ。ざっくり言えば、丸いビーズに紐を通すだけ。本来数珠というのは何の石を何個使うかなど細かな規定があるらしいが、父はそういうことは気にしなかった。選定に時間をかけることも無い。
だが唯一時間をかけるのがビーズを通す紐だ。家で使ってたのは父が自分で用意した赤か黒の紐やテグスだった。無い場合は細い糸を何本か使って一本の紐を作るのだが、この作り方に父独特の作法があった。
私は素材違いで三本選ぶと手のひらに閉じ込めてぎゅっと握った。凡そ十秒ほどそうしてからゆっくりとそれを結っていく。右の紐を左へ、左の紐を右へ。三つ編みのようでいてそれとは違う独自の結い方だ。しかし大変なのはそれではない。
「……すごいゆっくりですね……」
「うん。速度厳守なの」
「大変ですね。何の意味があるんですか?」
「分かんない。とまあ時間かかるから今回は手持ちのを使おう」
父が作ってくれた数珠は全て無くなったが、紐だけはいくつか持っていた。実はアンクレットやネックレスにして身に着けているのだ。父が御守りだと思えと言うので幼いころからの癖になっているが、今思えばいつ鯉屋に来ても良いようにという準備だったのかもしれない。
私は適当に色合わせが良さそうな石を通していった。最後を結び止める。
「よし、でき――っわ!」
できた、と思ったその時だった。
ぽんと数珠の輪の中から赤い何かが飛び出てきて私は数珠を放り投げた。
一体何が出てきたのかそっと目を開けると、数珠の上にすいすいとそれは泳いでいた。
「……金魚?」
数珠の上ですいすいとそれは泳いでいた。
どうみても金魚……
私はつんっと金魚を突くとそれを確かに存在していた。幻ではないようだ。けれど金魚の方は特に気にしていないようで、すいすいと泳いでいる。
これは一体……
数珠から出てきたのだから数珠の精霊か何かなのだろうか。そっと指を伸ばすと金魚は触ることができた。つんつんと突くと金魚はくるくる旋回したが、数珠から離れようとしない。ひよちゃんに手渡すとそちらへ付いて行き、私だけに付き従うわけではないようだった。
「すごい! すごいですよ!」
「金魚が生まれるのは凄いわね……。けど本当にできてるのかしら。いざ使ってみたら不良品で効果が無かったら困るわね」
「それは大丈夫です。これは金魚と同じです。ちゃんと魂です」
「それは何で分かるの?」
「金魚屋だからです。あの二つの水槽、違いは分かりますか?」
ひよちゃんが指差したのは庭に積み上げられている水槽だ。金魚屋は至るところに水槽があり、それは全て父の部屋にあった物と同じだった。
ただ違うのは、その中に金魚と出目金が分けて入れられているところだ。
「出目金と金魚に分けていれてるのよね」
「そうです。見て分かりますよね。でもこの世界の人はそもそも見えてないんです。襲われて初めてそこに出目金がいるんだと分かるんです」
「へ!? じゃあ逃げられないじゃない!」
「そうです。なので僕らが《死分け》をします。『死ぬ』を『分ける』と書いて死分け」
「死分け……?」
「金魚と出目金は全くの別物なんです。死因を覚えてるのが金魚で死因すら忘れたのが出目金。死因によって分けるので死分けといいます。でも黒曜様の水槽に入れてしまえば出目金も大人しくなります。金魚屋が死分けをすることで人々は守られ、だから金魚屋は店として独立してるんです」
「ふうん。特別なお店なんだ」
えへんとひよちゃんは自慢げに胸を張った。聞く限りでは確かに特別な存在だ。
でも水槽が無きゃ捕まえられない。なら特別なのはお父さんで、それは破魔屋もだ。特別な二つの店はお父さんがいて初めて成立してる。
父がどれだけ特別な存在であったか、ようやく分かったような気がした。そして父亡き今、同じ物を作れる私がどれだけ重要な存在なのかも。
ひよちゃんは嬉しそうにしていたが、突然廊下からどたどたと数名が走る足音がした。勢いよく襖が開かれると、やって来たのは従業員の女性だった。女性は汗だくで肩を上下に揺らして荒い呼吸をしている。
「雛依様! 大変です! 結様のところへ!」
「何かあったの!?」
「とにかく急いで! 早く!」
「うんっ!」
ひよちゃんは数珠を放り捨てて走り出した。どうしたものかと思ったが、小さなひよちゃんには追い付くのは容易いし無視するのも気が引ける。
私は完成している紐をポケットに詰め込むとひよちゃんを追った。
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