上 下
7 / 30
第一章

第五話 魂の罪人が集う《鉢》

しおりを挟む
「う゛っ」
「きついでしょう」

 私は何かが腐ったような匂いに思わず鼻をつまんだ。息をするだけで吐き気を覚えるが、そのにおいの元は水だった。
 鯉屋に連れてこられた時に見た水壁に似ているが、その水は全く違う。目の前にあるのは泥水の壁で、その中にはごみだか何だか分からないが色々な物が浮いている。

「何ここ……」
「《はち》です。輪廻の理から道を踏み外し出目金にもなれない魂の罪人が住む街」
「その輪廻とか理とか、なんなの? 罪人て何の罪?」
「死んだら昇天するのが理です。でも未練を持って死ぬと金魚になってしまい昇天できなくなるんですよ。でも一度だけやり直す機会を与えられます。それが鯉屋のお役目である《金魚の弔い》という輪廻転生の儀」
「いきなりファンタジーね」
「輪廻し昇天すれば良し、それでも昇天できなかったら理に従う意志無しとして鉢に入ることになります」
「だからってこんな場所に入れる必要あるの? 理由はどうあれ現世に行けない者同士でしょ。生活格差つける必要ないじゃない」
「え?」

 ひよちゃんはきょとんと目を丸くした。ぱちぱちと強く瞬きを繰り返し、じいっとこちらを見上げてくる。

「変なこと言った?」
「いいえ! そう思えるなら鉢で働くのが良いと思います!」
「……え? ここで?」
「はい! こっち来てください!」
「ちょ、ちょっと待った待った待った!」

*

 ひよちゃんに引っ張られて着いたのは大店と鉢の境だった。
 煌めき賑やかな大店は朱塗りの柵で囲われていて中に入ることはできない。しかし一つだけこちらに入り口が向いている場所があった。そこにはどっさりと何かが積み上げられている。

「何これ」
「大店のごみ捨て場です。鉢の人はここから使える物を貰って生活してるんです」
「……それで、ここで何の仕事しろっての?」
「鉢にも仕事はあるんです。ほらあそこ」

 ごみ捨て場の傍に身なりの良い男が襤褸を纏った小汚い男に何かを渡していた。受け渡しされているのは銅貨だった。

「お金!?」
「ごみ回収を仕事にしてるんです。実は大店は色々問題があって、その一つがごみです。この辺りは水気が多くて焼却が追い付かないんです。水壁があるので仕方ないんですが」
「でもやってるのはごみ漁りでしょ? それでお金くれるって随分優しいわね」
「もちろん意味があります。あれは等価交換なんです」
「ひよちゃん見かけによらず難しい言葉使うわね。何と交換なの?」
「ごみの中で一番困るのが金属類です。焼却炉で燃えないから埋めるしかないんですが、その作業だけで一日が終わります。けど店の営業もあるので」
「そっか! 鉢の人を雇って雑用をやらせてるんだ!」
「です。これが鉢の収入源です」
「……で、私にもこれをやれと」
「今のところこれしかありません。でも僕はもう一つやったらいいんじゃないかなと思うことがあって」
「何!」

*

 縋るようにひよちゃんの腕を掴んだ。とてもじゃないがこの匂いの中でごみ漁りを仕事にできる気はしない。その生活をしている彼らに向けて言えた言葉ではないが、他にも手段があるのならそれを検討したい。

「自分で商品を作って売るんです。瑠璃さんは常夜で最も価値のある商品が作れるんです」
「最も? 何それ」

 ひよちゃんはつんっと私の腕を突いた。腕にはいつも通り手作りの腕輪を付けている。
 父が教えてくれた唯一のことだ。

「瑠璃さんはこれがどういう物か分かってますか?」
「出目金を消せるのよね」
「そうです。それはとても凄いことなんです。何しろこの世界の誰一人として出目金を消すことはできないんです」
「それは何でなの? あいつら共食いしてたじゃない」
「金魚も出目金も魂です。共食いは魂を呑み込むんですが、食った魂の持ってた恨みも一緒に取り込みます。なのでどんどん我を失い、最後は異形になってしまう」
「強い一匹だけが残るってことか。最後の一匹は今までどうしてたの?」
「同等の魂同士で相殺するしかありません。でも自分でそんなことはできないでしょう? 死んじゃいますもん。でも破魔矢は別です」
「これ?」
「はい。それは使い手の魂も何も消耗せず出目金を消します。僕らにとってとても重要な物です」
「でもお父さんしか作れないと」
「そうです! なので」

 ひよちゃんがガッツポーズをしてぴょんと跳ねた。しかし言い終わる前に、ぎゃああと遠くから叫び声が聴こえてきた。悲鳴はどんどん増え、ばらばらと人がこちらへ逃げてくるのが見える。

「何!?」
「まさか!」
「あ! ひよちゃん!」

 ひよちゃんは顔を青くして逃げてくる人をかき分け騒ぎの中心へと走り出した。
 八百歳超とはいえ小さい子を見捨てることは憚られ、私も慌てて後を追った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活

空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。 最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。 ――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に…… どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。 顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。 魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。 こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す―― ※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。

後宮の記録女官は真実を記す

悠井すみれ
キャラ文芸
【第7回キャラ文大賞参加作品です。お楽しみいただけましたら投票お願いいたします。】 中華後宮を舞台にしたライトな謎解きものです。全16話。 「──嫌、でございます」  男装の女官・碧燿《へきよう》は、皇帝・藍熾《らんし》の命令を即座に断った。  彼女は後宮の記録を司る彤史《とうし》。何ものにも屈さず真実を記すのが務めだというのに、藍熾はこともあろうに彼女に妃の夜伽の記録を偽れと命じたのだ。職務に忠実に真実を求め、かつ権力者を嫌う碧燿。どこまでも傲慢に強引に我が意を通そうとする藍熾。相性最悪のふたりは反発し合うが──

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

キャンピングカーで往く異世界徒然紀行

タジリユウ
ファンタジー
《第4回次世代ファンタジーカップ 面白スキル賞》 【書籍化!】 コツコツとお金を貯めて念願のキャンピングカーを手に入れた主人公。 早速キャンピングカーで初めてのキャンプをしたのだが、次の日目が覚めるとそこは異世界であった。 そしていつの間にかキャンピングカーにはナビゲーション機能、自動修復機能、燃料補給機能など様々な機能を拡張できるようになっていた。 道中で出会ったもふもふの魔物やちょっと残念なエルフを仲間に加えて、キャンピングカーで異世界をのんびりと旅したいのだが… ※旧題)チートなキャンピングカーで旅する異世界徒然紀行〜もふもふと愉快な仲間を添えて〜 ※カクヨム様でも投稿をしております

3歳で捨てられた件

玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。 それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。 キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。

身代わりの私は退場します

ピコっぴ
恋愛
本物のお嬢様が帰って来た   身代わりの、偽者の私は退場します ⋯⋯さようなら、婚約者殿

処理中です...