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第一章
第五話 魂の罪人が集う《鉢》
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「う゛っ」
「きついでしょう」
私は何かが腐ったような匂いに思わず鼻をつまんだ。息をするだけで吐き気を覚えるが、そのにおいの元は水だった。
鯉屋に連れてこられた時に見た水壁に似ているが、その水は全く違う。目の前にあるのは泥水の壁で、その中にはごみだか何だか分からないが色々な物が浮いている。
「何ここ……」
「《鉢》です。輪廻の理から道を踏み外し出目金にもなれない魂の罪人が住む街」
「その輪廻とか理とか、なんなの? 罪人て何の罪?」
「死んだら昇天するのが理です。でも未練を持って死ぬと金魚になってしまい昇天できなくなるんですよ。でも一度だけやり直す機会を与えられます。それが鯉屋のお役目である《金魚の弔い》という輪廻転生の儀」
「いきなりファンタジーね」
「輪廻し昇天すれば良し、それでも昇天できなかったら理に従う意志無しとして鉢に入ることになります」
「だからってこんな場所に入れる必要あるの? 理由はどうあれ現世に行けない者同士でしょ。生活格差つける必要ないじゃない」
「え?」
ひよちゃんはきょとんと目を丸くした。ぱちぱちと強く瞬きを繰り返し、じいっとこちらを見上げてくる。
「変なこと言った?」
「いいえ! そう思えるなら鉢で働くのが良いと思います!」
「……え? ここで?」
「はい! こっち来てください!」
「ちょ、ちょっと待った待った待った!」
*
ひよちゃんに引っ張られて着いたのは大店と鉢の境だった。
煌めき賑やかな大店は朱塗りの柵で囲われていて中に入ることはできない。しかし一つだけこちらに入り口が向いている場所があった。そこにはどっさりと何かが積み上げられている。
「何これ」
「大店のごみ捨て場です。鉢の人はここから使える物を貰って生活してるんです」
「……それで、ここで何の仕事しろっての?」
「鉢にも仕事はあるんです。ほらあそこ」
ごみ捨て場の傍に身なりの良い男が襤褸を纏った小汚い男に何かを渡していた。受け渡しされているのは銅貨だった。
「お金!?」
「ごみ回収を仕事にしてるんです。実は大店は色々問題があって、その一つがごみです。この辺りは水気が多くて焼却が追い付かないんです。水壁があるので仕方ないんですが」
「でもやってるのはごみ漁りでしょ? それでお金くれるって随分優しいわね」
「もちろん意味があります。あれは等価交換なんです」
「ひよちゃん見かけによらず難しい言葉使うわね。何と交換なの?」
「ごみの中で一番困るのが金属類です。焼却炉で燃えないから埋めるしかないんですが、その作業だけで一日が終わります。けど店の営業もあるので」
「そっか! 鉢の人を雇って雑用をやらせてるんだ!」
「です。これが鉢の収入源です」
「……で、私にもこれをやれと」
「今のところこれしかありません。でも僕はもう一つやったらいいんじゃないかなと思うことがあって」
「何!」
*
縋るようにひよちゃんの腕を掴んだ。とてもじゃないがこの匂いの中でごみ漁りを仕事にできる気はしない。その生活をしている彼らに向けて言えた言葉ではないが、他にも手段があるのならそれを検討したい。
「自分で商品を作って売るんです。瑠璃さんは常夜で最も価値のある商品が作れるんです」
「最も? 何それ」
ひよちゃんはつんっと私の腕を突いた。腕にはいつも通り手作りの腕輪を付けている。
父が教えてくれた唯一のことだ。
「瑠璃さんはこれがどういう物か分かってますか?」
「出目金を消せるのよね」
「そうです。それはとても凄いことなんです。何しろこの世界の誰一人として出目金を消すことはできないんです」
「それは何でなの? あいつら共食いしてたじゃない」
「金魚も出目金も魂です。共食いは魂を呑み込むんですが、食った魂の持ってた恨みも一緒に取り込みます。なのでどんどん我を失い、最後は異形になってしまう」
「強い一匹だけが残るってことか。最後の一匹は今までどうしてたの?」
「同等の魂同士で相殺するしかありません。でも自分でそんなことはできないでしょう? 死んじゃいますもん。でも破魔矢は別です」
「これ?」
「はい。それは使い手の魂も何も消耗せず出目金を消します。僕らにとってとても重要な物です」
「でもお父さんしか作れないと」
「そうです! なので」
ひよちゃんがガッツポーズをしてぴょんと跳ねた。しかし言い終わる前に、ぎゃああと遠くから叫び声が聴こえてきた。悲鳴はどんどん増え、ばらばらと人がこちらへ逃げてくるのが見える。
「何!?」
「まさか!」
「あ! ひよちゃん!」
ひよちゃんは顔を青くして逃げてくる人をかき分け騒ぎの中心へと走り出した。
八百歳超とはいえ小さい子を見捨てることは憚られ、私も慌てて後を追った。
「きついでしょう」
私は何かが腐ったような匂いに思わず鼻をつまんだ。息をするだけで吐き気を覚えるが、そのにおいの元は水だった。
鯉屋に連れてこられた時に見た水壁に似ているが、その水は全く違う。目の前にあるのは泥水の壁で、その中にはごみだか何だか分からないが色々な物が浮いている。
「何ここ……」
「《鉢》です。輪廻の理から道を踏み外し出目金にもなれない魂の罪人が住む街」
「その輪廻とか理とか、なんなの? 罪人て何の罪?」
「死んだら昇天するのが理です。でも未練を持って死ぬと金魚になってしまい昇天できなくなるんですよ。でも一度だけやり直す機会を与えられます。それが鯉屋のお役目である《金魚の弔い》という輪廻転生の儀」
「いきなりファンタジーね」
「輪廻し昇天すれば良し、それでも昇天できなかったら理に従う意志無しとして鉢に入ることになります」
「だからってこんな場所に入れる必要あるの? 理由はどうあれ現世に行けない者同士でしょ。生活格差つける必要ないじゃない」
「え?」
ひよちゃんはきょとんと目を丸くした。ぱちぱちと強く瞬きを繰り返し、じいっとこちらを見上げてくる。
「変なこと言った?」
「いいえ! そう思えるなら鉢で働くのが良いと思います!」
「……え? ここで?」
「はい! こっち来てください!」
「ちょ、ちょっと待った待った待った!」
*
ひよちゃんに引っ張られて着いたのは大店と鉢の境だった。
煌めき賑やかな大店は朱塗りの柵で囲われていて中に入ることはできない。しかし一つだけこちらに入り口が向いている場所があった。そこにはどっさりと何かが積み上げられている。
「何これ」
「大店のごみ捨て場です。鉢の人はここから使える物を貰って生活してるんです」
「……それで、ここで何の仕事しろっての?」
「鉢にも仕事はあるんです。ほらあそこ」
ごみ捨て場の傍に身なりの良い男が襤褸を纏った小汚い男に何かを渡していた。受け渡しされているのは銅貨だった。
「お金!?」
「ごみ回収を仕事にしてるんです。実は大店は色々問題があって、その一つがごみです。この辺りは水気が多くて焼却が追い付かないんです。水壁があるので仕方ないんですが」
「でもやってるのはごみ漁りでしょ? それでお金くれるって随分優しいわね」
「もちろん意味があります。あれは等価交換なんです」
「ひよちゃん見かけによらず難しい言葉使うわね。何と交換なの?」
「ごみの中で一番困るのが金属類です。焼却炉で燃えないから埋めるしかないんですが、その作業だけで一日が終わります。けど店の営業もあるので」
「そっか! 鉢の人を雇って雑用をやらせてるんだ!」
「です。これが鉢の収入源です」
「……で、私にもこれをやれと」
「今のところこれしかありません。でも僕はもう一つやったらいいんじゃないかなと思うことがあって」
「何!」
*
縋るようにひよちゃんの腕を掴んだ。とてもじゃないがこの匂いの中でごみ漁りを仕事にできる気はしない。その生活をしている彼らに向けて言えた言葉ではないが、他にも手段があるのならそれを検討したい。
「自分で商品を作って売るんです。瑠璃さんは常夜で最も価値のある商品が作れるんです」
「最も? 何それ」
ひよちゃんはつんっと私の腕を突いた。腕にはいつも通り手作りの腕輪を付けている。
父が教えてくれた唯一のことだ。
「瑠璃さんはこれがどういう物か分かってますか?」
「出目金を消せるのよね」
「そうです。それはとても凄いことなんです。何しろこの世界の誰一人として出目金を消すことはできないんです」
「それは何でなの? あいつら共食いしてたじゃない」
「金魚も出目金も魂です。共食いは魂を呑み込むんですが、食った魂の持ってた恨みも一緒に取り込みます。なのでどんどん我を失い、最後は異形になってしまう」
「強い一匹だけが残るってことか。最後の一匹は今までどうしてたの?」
「同等の魂同士で相殺するしかありません。でも自分でそんなことはできないでしょう? 死んじゃいますもん。でも破魔矢は別です」
「これ?」
「はい。それは使い手の魂も何も消耗せず出目金を消します。僕らにとってとても重要な物です」
「でもお父さんしか作れないと」
「そうです! なので」
ひよちゃんがガッツポーズをしてぴょんと跳ねた。しかし言い終わる前に、ぎゃああと遠くから叫び声が聴こえてきた。悲鳴はどんどん増え、ばらばらと人がこちらへ逃げてくるのが見える。
「何!?」
「まさか!」
「あ! ひよちゃん!」
ひよちゃんは顔を青くして逃げてくる人をかき分け騒ぎの中心へと走り出した。
八百歳超とはいえ小さい子を見捨てることは憚られ、私も慌てて後を追った。
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