星降る夜に

さいころ

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1890/07/07/14:30潮實

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「失礼します」
 扉をノックすると扉が開き、疲れた顔をした東雲先生が「やっと来たか」と零した。
「友人と話していたので…」
「そこに座ってくれ」
言われるがまま僕は椅子に座ると、目の前にファイルをドンと置いた。
「これは?」
「流星群の観測記録だ」
 パラパラと見てみると、ここ数十年の記録が残されている。
「流星群の軌道と発生時間を計算してほしい」
「…僕、文学部なんですが」
 こういうことは理学部の生徒に任せるべきではないだろうか。思わず呟くと、東雲先生は乱暴に僕の頭を掻き撫でた。
「お前は計算が得意だっただろう?」
「まあ、そうですが…」
 東雲先生の手を払い除け、紙とペンに手を伸ばす。
 一時間あたりの観測数を計算して、雲量を考慮すると_複雑そうに思えたが、出来上がった式は存外単純なものだった。これならば頑張れば日付が変わる前には帰れるかもしれない。
「あの、早く終わったら帰っても」
「駄目だ」
 即答だった。少しは検討しても良いのではないかと「何故?」と尋ねると、東雲先生は強い口調で答えた。
「深夜に未成年が彷徨くものじゃないだろう」
「その時間に未成年である僕を拘束しているのは良いのでしょうか」
「自宅なら問題だが、ここは学校だからな」
 東雲先生はもう話しかけるなとでも言いたげに、背を向けた。言っても聞いてくれなそうだ。「わかりました」と返すと再び手元に視線を戻す。二十二時前に終えられれば、無理矢理にでも帰ってしまおうと、目の前の課題に集中することにした。
 ペンを走らせる音だけが部屋に響く。時折扉を開ける音がしていたが、おそらく東雲先生が部屋を出入りしていたのだろう。計算を終わらせることに必死であまり気に留めなかった。
「少し休憩するか」
 後ろから声をかけられ、びくりと肩が跳ねる。「すごい集中力だな」と東雲先生は笑いながら珈琲碗を差し出した。ようやく部屋に漂う香ばしい珈琲豆の匂いに気がついた。
「ありがとうございます。不要の書類はどちらに」
「ああ、それはあの棚に」
「わかりました」
 珈琲を机の奥に置き、立ち上がる。窓を見るとすっかりと日は落ち、空には星空が広がっていた。いったい今は何時なのだろうかと時計を探す。
 痛っ。
 よそ見をしていたため、小棚の角に腰を打ちつけ、鈍痛が広がる。ぶつかった振動で机の上に重ねてあった封筒が落ち、中の書類が床に広がった。
「すみません、拾います」
 慌てて謝罪をしその封筒に手を伸ばすと、東雲先生が慌てて駆け寄ってきた。
「それはいい、見るな」
 しかし、遅かった。封筒から零れ落ちた書類、否、その原稿は見覚えのある文字で、物語がびっしりと綴られている。
「…これは」
 間違いようもない。定規で測ったようにきれいに並ぶ文字、美しい言語表現、読む者を引き込む、その独創性。
「これは先生の原稿ですよね」
 東雲先生は、分かりやすく目をそらした。
「預かっているだけだ。今夜の流星群の研究はその小説の参考にしたいらしい」
 流星群。そう聞いて昨年の会話が頭を過る。
『来年は星の話をしよう』
 僕のために物語を考えてくれるなんてと感動したのをよく覚えている。一昨日、先生は今日は東雲先生の所へ行くようにと仰ったため、てっきりそんな会話は忘れているものだとばかり落胆していたが、僕の手元にあるこの原稿は、紛れもない、七夕に見える流星群を題材にした物語だった。覚えていてくれたんだ、と喜べるはずもなく、何か嫌な予感がする。
「…帰ります」
 原稿を封筒にしまい、扉へ走り出す_が、腕を捕まれ、阻止された。
「駄目だ」
 東雲先生は今までにない強い口調で、僕の目をまっすぐに睨んでいる。
「早く座れ」
「何故、頑なに帰そうとしないんですか、やはり何か隠しているのでしょう」
「頼む、今晩はここに居てくれ」
 指先が腕に食い込んで、痛いまでに強く握られる。思わず僕は振り払い、声を上げた。
「離してください!僕は先生の元に帰ります」
 踵を返し、急いで扉の方へ走る。廊下に一歩足を踏み出したとき、背中の向こうから悲痛な声が聞こえた。
「待ってくれ!俺だって、助けるものなら助けたい!」
「助ける…?一体何を…」
 ”助ける”、意味深長なその言葉に、思わず僕は足を止め、振り返った。そして、東雲先生の表情に、目を見開いた。
「何故、泣いているのですか」
 東雲先生は肩を震わせ、赤くなった目元には涙が滲んでいる。嗚咽が混じり、酷く震える声で、東雲先生は言葉を紡いだ。
「あいつは、黎明は、今晩死ぬ」
 思いもよらない言葉に、僕は「は?」と声を漏らしてしまった。死ぬ?先生が?この男は、一体なんの話をしている?
「潮くんに会う少し前から、結核を患っていたんだ」
 思い返せば、ここ数か月間、先生は寝てばかりだった。元々不摂生な方だったため、気にしていなかったが、随分と痩せてしまっていたし、時折触れる先生の肌はいつも熱を持っていた。心配するたびに「ただの風邪」だと笑って僕の手を払いのける先生は一体何を考えていたのだろう。何故、今の今まで気づかなかったのだと、自分自身に酷く腹が立ち、拳に爪を強く立てる。
「…何故、今晩死ぬとわかるのですか?」
「君の前で死ぬのは君に負担がかかるから、今日、君のいない時に死のうと言ってきたんだ。潮くんには、自分のことなど忘れ、幸せになってほしいと、そう聞いている」
 つまり、東雲先生は、先生に自決させるため、僕を足止めしている、ということだ。考え付いた途端、自分でも驚くほどの大きさの声が腹の底から叩き出て、気づけば東雲先生につかみかかっていた。
「なんで先生を止めなかった!?何で僕に行ってくれない!?」
 東雲先生は僕を払いのけるわけでもなく、ただ悔しそうに歯を食いしばるだけだった。
 そうだ、辛いのは僕だけではない。学生時代から十年も先生と一緒にいた東雲先生の方がよほど辛いのではないだろうか。冷静になった僕は、ゆっくりと拳を解き「…申し訳ございません」と謝罪を口にした。襟元を直しながら、東雲先生は椅子の方へと向かって歩くと、深く腰掛けた。
「…俺は、ずっと黎明を裏切り続けた。だから、せめて黎明の頼みは、望みくらいは叶えてやりたい」
「どういう、意味でしょうか?」
 先生は東雲先生のことを親友だと仰っているし、二人の関係を近くで見ていれば、その仲が本物であることくらい分かる。首をかしげていると、東雲先生は机の中から一冊の小説を取り出した。
「前に、少し黎明の学生時代の話をしたのを覚えているか?」
「はい、昔のままであれば友人は多かったと」
 差し出されたその小説を手に取り、表紙を見ると、それは 皇晃貴すめらぎこうきが最期に残した小説だった。何故、この小説が今出てくるのだろう。変わらず頭に疑問符は浮かんだままである。
 冷めきってしまった珈琲を啜ると、東雲先生はぽつりと呟いた。
「俺のせいなんだ、黎明の人間不信も、引きこもりも、俺が黎明の人生を壊してしまった」

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