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第2章 銃口の先
6-5 Ghost train(化灯籠)――東海道線
しおりを挟むコンコン――。
コンコン――。
何かが何かを叩く、甲高い音に引き摺られ、泥濘んだ微睡みの中から意識が急速に浮上する。
『誰ですか――?』
私が寝ぼけた呻き声を出すより先に、デービッドが念話で問うた。念話であれば、声を上げずに誰何が可能である。無論、誰何に応えられるのは、エンタングルメント・ストーン所有者か、怪異――、である。
『私ですよ、伊沢です』
頭に響く俳優気取りの声色。
ベッドに横たわる私の寝ぼけ頭では、藻掻くように手だけで照明スイッチを探すが、空を切るばかりである。当たり前のようにデービッドがスイッチを付け――、やや白色の白熱球が寝台寝室を漆黒から白亜の空間へ塗り替えられた。
時計の針は――、4時前。
『どうかしたんですか……?』
『デービッドさんに、卜部さん。何か感じませんか?』
神妙――。
その調子に、デービッドがベッドから立ち上がり、素早く扉を開けた。
部屋の灯りに照らし出され、伊沢が眩しそうに眼を細めているのが見えた。寝間着姿でもなく先程も見たとおりのパリッと決まった黒いスーツを着こなしている。
……もしかして、そのまま寝ていたんだろうか。些末でどうでも良い事がぐるぐる回る中、伊沢の眼は真剣である。
『……妖気、いや、怪異の気配を感じませんか、この列車から』
デービッドと私は眼を合わせた。
互いに、幽かに首を横に振る。
『神聖同盟』に来る前であれば、感じられたかも知れない。
夜の闇に怯え、怪異に怯えていたあの頃なら――。
しかし、霊結晶が織り込まれた支給制服は、見事なまでに怪異の毒牙から私を遠ざけてくれていた。恐らく立川基地全体にも結界があるのだろう。詳細は聞いていないが、立川基地内で怪異現象が全く発生していないことが、その証左であった。
『いや、……どこからだ?』
伊沢の視線が、ぎょろりと左を向く。
『後ろから、ですね』
後ろは食堂車――。
日が変わるくらいまで、他車輌の米兵が使っていたのだろう。かつての一等客車であれば、夜から朝へ、まだ闇が其処彼処に揺蕩う中、調理人が朝食の提供の仕込みを行っているはずである。
しかし――、唐突に東京駅の会話が脳裏を過った。
『たしか、東京駅で車掌が後ろに一輛多いと言っていたんだ……』
伊沢の片眉が釣り上がり、デービッドの眼が開かれる。
マズイ――。
怪異は微塵も感じないが、本能が叫んでいた。
何か大変なことが起きる――。
『隊長とマイク、ヒノエさんは?』
『もう起きてるよ、デービッド。取り敢えず、我々3人で様子見をして来ようと思うのだが』
もう起きている――、ならば……。
『隊長! それでよろしいですか?』
強く隊長のいる方向へ念じてみると、すぐに返事が来た。
『……大丈夫だ、ウラベ。何かあればすぐに念話で叫べ。マイクには重大事に備えて、爆薬や手榴弾の準備をさせている。何かあればすぐに使えるようにしておく』
『こっちは任せときな!』
頼もしい声色である。各々抜かりないようだ。
『分かりました。それではイサワさんとウラベを連れて、私が先頭で行きます。もし民間人がいたら、ロザリオで無効化します』
無効化――、確かに無効化である。
新橋の夜も、ロザリオの霊力だった訳だ。
深夜の連合軍特急に、日本人がいきなり現れるのは、明らかな異常事態であろう。デービッドの采配に、私は一人安堵していた。
『いいだろう。できる限りの武装は持って行けよ』
隊長の頼もしい声に、我々は無言で頷いた。
足元の雑嚢から機関銃に消音器を取り付け、デービッドは隊長と同様の消音器付拳銃を取り出す。万が一のコートも着込み、あらゆる事態に備える。
入口で一人、待ちぼうけを食らっている伊沢が、口角を片方だけ歪に上げた。
『満更、特殊作戦の玄人みたいだな、卜部さん』
『……嫌味か?』
『いや、適応力が高いと驚いてるんだよ』
ふん――、と鼻から息を漏らす。
一々何か含みを持たせる奴だ。
『さぁ、行きましょう』
窓の向こうは常闇。何も変わった様子はない。細い廊下の電灯に照らされて、車窓に映る我々の方が異常である。
『食堂車には私一人が行きます。もし民間人がいたら眠らせますので、その時は呼びます』
視線を交え、無言で頷く。
食堂車の貫通扉のレバーを静かに引き――、デービッドが一人、拳銃を隠しながら入っていった。何分か掛かるだろう。そう思い、改めて機関銃の点検を行い始めた直後である。
『――もう良いですよ』
早い――。
あまりに早い対応に、些かの不安を覚えながら、伊沢と共に食堂車へ進入した。
食堂車の電灯は煌々と照り、4人掛け、2人掛けのテーブルが左右に配置されている。白色にデザインされた壁や調度品、天井が、白色に美しく映えている。
――造りの豪華たること、ホテルの如し。
私は一瞬の驚きを胸に仕舞い、奥に立っていたデービッドを見た。
『民間人はいたのか?』
『えぇ。ただ、椅子に座ったまま眠らせたので、このまま放置でも良いとは思いますが……』
歩きながら食堂車の奥を見遣る。
どうやら別室に調理室が設けられており、そこにいたようだ。
ゴガガァァガガ……、と地鳴りのようないびきが聞こえてきた。小さな椅子に、禿げ上がった太り気味の中年日本人コックが、だらしなく口を開け、眠りこけている。まるでロザリオなんて関係ないように、元から寝ていた感もある。
『いや、場合によっては爆薬すら使うのだから、一応寝台車まで連れて行こう』
私の発案だったが――、提案して少しばかり後悔した。
重い……。
暑い……。
三人がかりで両手両足を持つとはいえ、力の抜けたおっさん一人。しかも、調度品だらけの食堂車に狭い廊下を、コートを着た状態で運ぶのだ。
辟易し、愚痴が僅かに零れる。変な筋肉を使うため、腕が痺れ始めてきたが、何とか空いている寝室まで運びきり、ベッドに寝かせてやった。
――幸せそうなおっさんの寝顔である。
呑気さに口角が下がるが、四の五の言っても始まらない。
銃床を引き延ばし、蓋を上げて安全装置を解除した。デービッドも薬室に弾丸を装填している。
『行こう……!』
再度、相まみえる食堂車。
数々の調理器具が並ぶ調理室の脇廊下を過ぎ、その先に最終車輌へ繋がる貫通扉がある。
一人しか通れぬ、電車の貫通扉。
一番火力らしい火力を肩から掛けている私が、開けることになった。
消音器付機関銃を腰撓めに構え、引き金に指を掛けながら――、扉をそろり開ける。
開けた瞬間、びゅうっ――と暗闇から強烈な寒風が吹き込んでくる。車輌間にあるフードなどは一切なく、冬の寒空の空気を目一杯に浴びる吹きさらし、である。
『これは……』
デービッドと伊沢も左右から覗き込む。
眼前に広がる車輌――。
連合軍専用列車とは全く異なる、筐。
逼迫する輸送需要を満たすために急遽作られた、粗製な客車代用の貨物列車であった。
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