ディバイン・インキュベーター1946~東京天魔揺籃記~

月見里清流

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第2章 銃口の先

6-3 Ghost train(化灯籠)――東海道線

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 やはり、豪華――。
 第一印象はその2文字。


 私も一度長旅で寝台は使ったことがあるから知っている。それでも、懐かしさより異郷の感が肌に馴染まない。内装は堅実に作り直されており、落ち着いた色合いの木壁、鈍く光を反射する天井、丁寧に掃除された手摺りや金属フレーム、部屋側の天井に並ぶ暖色の電灯達……。確かに、記憶にあるとおりの一等客車のそれである。 
 最たる荘重は寝台列車の花形、食堂車にあるのだが――、残念ながら、利用予定はない。我々の事情が事情故に。


『まず、私の部屋に行こう』


 ――作戦会議。
 連合軍特急列車が唸りを上げ、窓は焼け落ちた東京の景色が流れる。濛濛と煙を吐き、暗闇を切り裂いて東海道線を疾走し始めた。


 寝台車両の端にある特別室。
 ベッドの他に、机、椅子が設けられており――要は高級士官用の部屋である。本来ならば、軍人に限らないのであるが。


 扉を開けると、シングルベッドが二つ直角に壁付けされ、椅子、テーブルが備え付けてあった。奥には何と専用トイレまである。ここまで来ると、所謂寝台車のイメージでは全然無い。
 そのせいか、或いは当てられたのか、シーツが真っ白に輝くいて見えた。


『まぁ、適当に座ってくれ』
 私とデービッド、マイクと隊長が相対する形で、真っ白のシーツが敷かれたベッドに腰掛け、リュックサックを床に置く。ガチャガチャと響く金属音が、耳に刺さる――。


 これが、である。


 このために、態々この一輛分、まるごと押さえたというのだから、本当に豪気である。
 リュックの中身は擲弾銃ライオツトガン、消音器を外した機関銃グリースガン、霊水手榴弾、通常手榴弾、梱包爆薬等々。


 慰安旅行のそれでは決してない。
 事前に神聖化コンシクレーシヨン済みの対怪異用銃器。手荷物検査がないことを良い事に、えらく物騒なモノを持ち込んでいるのだ。極力他の米兵と接触するのは控えた方が良い。


『流石に肩が凝りましたね、これは……』
『まぁ仕方ないさ、ウラベ。に遭遇したらサーベルやナイフで闘う訳にもいかん。これから行く先は、呪術の都「京都」だからな』


『……あぁ、そうです、隊長。私はまだ知らないんですが、「ラセツ」って、何なんですか?』
 搭乗前の疑問をやっと聞ける。
 安堵にも似た感覚で零れた言葉に、ロバート隊長はすっと立ち上がり、扉を開けて廊下を確認した。
 立ち聞きされては困るのだろうか――?


 


『デービッドやマイクは前々から知っているから説明は省くが、ウラベにはちゃんと説明しておかねばなるまい。……だが、私が言うより、
 その言葉に、デービッドとマイクが不思議そうに顔を上げた。


『隊長、それはどういう……?』
『――入りたまえ』



『『――失礼します』』



 男の声と女の声が、合奏するように脳内に響き、特別室の扉が再度開かれた。
 立ち現れたるは――黒の洋装スーツ。異物、異形の者かと空目するほどに、……黒い。


 無論、ただの印象でしかない。
 紛れもない人間である。
 見たところやや長髪の日本人男性と、金の装いが所々に鏤められた黒い巫女服に大きめのフードを被った女が、――するりと部屋に入ってきた。
 デービッドもマイクも、そして私も――、突然の事に驚き、呆けるように言葉を失っている。


『早速紹介しよう。もっとも――、デービッドもマイクも知っているだろう。「ラセツ」東京支部長のイサワ・タクヤ氏に、同支部所属のイリサワ・ヒノエさんだ。彼らに「ラセツ」本部への橋渡しと案内を頼むことにした』


 隊長の紹介に、デービッドとマイクは「あぁ」と得心したように相槌を打った。どうやら以前に会ったことがあるらしい。
 知らないのは私だけか――。
 黒いスーツに真っ黒な扇子を携え、日本人の男は怪しく微笑む。


「『ご紹介にあずかりました伊沢です。――初めまして、卜部さん。伊賀の〝伊〟に〝沢〟で、伊沢と申します。こっちは〝入る〟に〝澤〟で入澤ヒノエさん。……色々あったかと思いますが、今後ともどうぞよろしくお願いします』」


 早口で気取りがち。
 はっきりとした目鼻立ちの好青年であるが、――第一印象はである。やや慇懃無礼な感は否めないが、悪い印象ではない。


 そして――。


「『初めまして、……ではないですね』」
 黒衣の巫女が、――フードを外す。


 艶やかに乱れた長髪は後ろで束ねられ、やや長めの前髪が僅かに内巻きに顔を包む。大人びた瞳は聡明な感強く、寂しげな、いや、シニカルとでも言うべきか、そんな微笑みが心に残る――若い日本人女性である。


「『初めてで、ない……?』」
 私が茫然と見つめていると、女が静かに笑い出した。
「『一ヶ月くらい前に会ったばかりですよ』」


 一ヶ月前――。
 暗闇と暴力に怯え、生を諦めていたあの頃。
 脳幹に電流が走った。


「『あ! あの闇市の!』」
 死にかけていた私を救い出した――、人。
 あの時は暗がりでよく分からなかった。新橋の裸電球ランプでも、暗闇の全ては照らし出せない。
 もありなん。和服は分かっても、黒の巫女服とは分からなかった。シニカルな口元だけが印象に残っていた、あの女性だ。


「『思い出すのが遅いです』」
 バッサリ切り捨てるような冷たい声と物言い。間違いない。の女性だ。


「『まぁまぁ……。きっと暗がりで良く見えなかったんでしょう。闇夜のカラス、声はすれども姿は見えず。ヒノエさんも無茶を言わないであげてください』」
 伊沢が慇懃に宥めるが、ヒノエはフン、鼻を鳴らすと、長い黒髪を揺らしながらそっぽを向いてしまった。まるで拗ねた子どもである。


『すみませんね。ヒノエさんはこういうのに慣れていないので』
『いいえ、大丈夫ですよ』
 デービッドも取り成すように相槌を打つ。しかし、を思い出した私には、どうしても聞かねばならなかった。


『デービッド、ヒノエさん。……どうして、あの時二人でいたんですか?』
 その問いにデービッドが眉を顰めた。入口付近に立ちっぱなしのヒノエの視線が落ちたのが見えた。


 占領軍に協力する『神聖同盟』と、日本の霊会組織『ラセツ』――。
 私は問わねばならなかった。
 しかし、問いに真っ先に答えたのは伊沢だった。


『そうですねぇ――。まず簡単に紹介と説明を致しますので、それでご納得いただければと思うのですが、……宜しいかな?』
 やはり慇懃無礼である。その上やっぱり鼻につく俳優気取りである。それでも、私は答えを知りたくて、静かに頷くしかなかった。

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