ディバイン・インキュベーター1946~東京天魔揺籃記~

月見里清流

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第1章 戦争は終わったけれど

4 will(意志)――立川

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『それじゃあ、その時の感情と意志を再現してくれ』


 そう簡単にできるもんじゃない。
 言葉にならぬ愚痴を腹中に留めながら、私は椅子に座っている医師――、スティグラー博士を見つめた。この男も『神聖同盟』日本支部の隊員である。ただ、彼は軍属の医学博士なので、表立っての立場は私に近い。


 それにしても――、ぶっきらぼうに要求する男である。
 外見はハンサム。美しい銀髪なのにボサボサ頭。筋の通った鼻とキリッと目立つ眉は、精悍な武士のようでもある。しかし、その態度は冷徹と言うよりらいかんのそれに近い。


 しかし、医者としての腕は立つのだろう。デービッドは頗る信頼している様子だ。
 博士は顔の上面をすっぽりと覆うほど大きい、銀色に輝く全金属製ゴーグルを付けていた。溶接工が付ける保護面。私にはそういう形容しか出来ない。隣に立っているデービッドも同じ〝お面〟である。曰く、神聖化コンシクレーシヨン済みの対怪異用防具とのことだ。


 ――クラウディアに殴られて。
 丸一日寝込んでいた私は、また以前と同じ医務室に寝かされていた。白い壁に白いベッド、ツンと鼻をつく医薬品の臭い。相変わらずの白亜の空間である。
 怪我は大したことはない。そもそも、軽い怪我程度であれば、デービッドの異能である『治癒Cure』で立ち所に治療してしまうらしく最初に担ぎ込まれた時も――、そして今もそうだったのだろう。
 しかし、意識を回復してから私は博士から恐ろしいことを知らされた。


『君の眼にも、怪異、或いは対怪異の能力が備わっているようだ』
 あの怪異――馬腹マーフーと『声なき声』が言ったが、アレを衰弱させ、苦しませた能力は隊長でもデービッドでも、クラウディアでもない。
 ――だというのだ。
 あの瞬間に、何が起き、何が怪異を死に至らしめたか。それを確認するべくの検診である。


 クラウディアによると、遠目に見た私の眼は、――をしていたという。


 ――黒く塗りつぶされた白目。
 ――血のように赤い瞳。
 俄には信じられない。
 しかし、私の眼を見てしまったクラウディアは、突然猛烈な怖気と悪寒、吐き気に襲われたため、急ぎ目を瞑って私を昏倒させた、と言う訳だ。


 私の眼が、――?


『どうして――、急に、こんな』
『ふむ。なんでだろうな』
 スティグラー博士の、あまりに無愛想な相づちに、私は怒りよりも驚き、呆れてしまった。


『まぁ、眼に怪異の能力が宿るのだから、典型的な、いや、ちょっと珍しい邪眼イービルアイだな』
邪眼イービルアイ?』
『魔眼、邪視、オーバールックとも言うな』
 ――初めて聞く単語だらけである。


『どういうものですか、それは』
『世界中で信じられてる災いを呼ぶ「視線」のことだ。神でも動物でも人間でも、眼から投射した呪い、或いはエネルギーで相手を不運にしたり、場合によっては殺したりも出来る力だ。基本的には穢れや敵意に満ちたものとして認識される。バロル、バジリスク、アルゴスなど例は幾つもあるが、一番有名なのはだろう。流石に知ってるだろ?』
 よくすらすらと出てくるものだと感心したが、最後の一言にカチンときた。
『知ってますよ、希臘ギリシヤ神話でしょ。髪の毛が蛇の、見たものを石に変えてしまうとか』


 ――それしか知らなかった。


『まぁ、よく知ってるじゃないか。まぁ、見たものを石に変えるのか、のかは、何とも言えんがね。ただ、君の場合は多分前者だ』
 一々上書きと補足を入れて、人を不快にさせる男である。


 しかし、私の眼がメドゥーサのような人を殺す力を持っている。見るだけで、相手が死ぬ。そんな恐ろしい力、生まれてこの方持ったことなど無い。敗戦後に怪異の存在を感じても、感じるだけで、逃げるしかなかった。力が発現したとするなら――、しかない。


 スティグラー博士は、その力を再現したいのだ。今この瞬間、私の眼は普通であるらしい。差し出された鏡を見ても、日常通り、いつもの眼である。


『ふーむ、なんともないな。だがあの時、あの場所で、何か変わったことはなかったか?』
 そもそも怪異が現れ、闘うこと自体が十分に”変わったこと”なのだが、そういうことではないのだろう。あの時――遭遇、銃撃、吹き飛ばされ――。


 そうだ、――。


『声? 誰の声だ』
『――それが、聞いたこともない声なんです。男でも女でもない、若くも年老いてもいない――不思議な声でした』
『デービッドは聞こえていたか?』
 横で立っているデービッドは、静かに首を振る。


『私に聞こえたのは、ウラベのじゆだけでしたよ』
 ――呪詛。そう、呪詛だ。


『ふむ。それが、鍵になるな。――どれ、ウラベ。その声を思い出しながらだ。この仮面をあの怪異と思い、。デービッド、横から見ていてくれ』
『……分かりました』


 相変わらず、ぶっきらぼうである。
 本当に呪い殺したい訳ではないが、自分の力を試したい思いもあり、素直に従うことにした。
 保護面の眼の部分は、真っ黒なガラスである。本当に溶接工のと同じような作りだが、その黒に馬腹の瞳を想起してみる。


 ――このまま殺されるくらいなら――
 俄に背筋が寒くなり、毛が立つ。


 ――この眼で呪い殺してくれる――
 汗がじんわりと浮き出る。


 ――死ね、果てろ――
 まんじりと視線に力を込め、練り、突き刺す。


 バリンッ――!


「『ワオッWow!』」


 突然、スティグラー博士の保護面が弾け飛ぶように割れ、大声が部屋に響き渡った。
 全金属製の面は踊るように虚空を舞い、甲高い金属音を反復させながら床に墜ちる。見ると、面は綺麗に真っ二つ――、である。


『驚いたな……。これは結構強めに「神聖化コンシクレーシヨン」した防具だったのに』
 スティグラー博士は私と眼を合わせることもなく、割れた面を拾いながら指示を出した。


『デービッド、どうだ?』
 眼が合う――。
『大丈夫です。怪異症状はありません。普通の眼に戻っています』
『そうか、良かった』


 ――良かった、のだろうか。


 この力は使いどころを誤れば、簡単に人を殺してしまうものだろう。あの怪異ですら極度に弱体化したのだ。人間など――。


『ウラベ。皆、誰しも同じだ。ここのチームや「神聖同盟」の皆も、同じ悩みを抱えている』
 あまりに唐突に見透かされた。
 ぶっきらぼうだが、良く人を見ているのだろう。


『皆――、同じ?』
『そうだ。皆、何かしら常人を超えた能力を持っていることに、最初は戸惑い、悩み、苦しむ。犯罪に走る奴もいれば、山に引きこもる奴もいる。だが、それぞれに艱難辛苦を乗り越えてきて、今があるのだ』


 何事も端的に言う博士である。
 理路整然と正論を述べる。
 だが、そこに〝私〟という存在、〝私〟という悩みは、上手く投影出来ない。怪異と同じ能力など。


『自分以外の皆は、もっと神聖な能力を持っている、とでも思っているのか?』
『……違うんですか』
『あぁ、だ』
 飄々としていた博士が語気を荒げた。



『……いいかね。名前や見え方が神聖に見えようとも、その力はだ。常人からしたら大して変わらん、奇妙で、だ。人を傷つける、悪用されることだってある。デービッドが過去を覗いて、詐欺や泥棒をするとも限らないだろう?』
 酷い例に使われたデービッドが、苦虫を嚙み潰したような顔になった。



『そんなことはしませんよ』
『――分かってるよ。だが皆が皆、そうじゃない。怪力だって人を助けられるし、強盗も出来る。要は力の使い方だ』
 何処までもこの人は冷静なのだな――。
 きっと、今まで様々な怪異や異能を見てきただろう。その経験則が、最善かつ最短で物事の道理を説かせているのかもしれない。


 ただ、譬え話は秀逸である。
 格闘家だろうが銃の扱いが上手かろうが、使のだ。人の役に立てるなら――、皆と同じなのだろう。
 ふっと腑に落ちる感覚が、気を落ち着かせてくれた。


『分かりました。ただ、この力はあまり使わないようにしたいと思います』
『……いや、それは君の裁量で決めたまえ。邪眼を使いすぎで死んでしまう話は伝承も類例もない。君の体調と状況を見極めるんだ。その力を使わず殺されたり、怪異に取り込まれでもしたら、本末転倒だろう? ――それでも、危険と思ったら即座にやめるんだ』
 決して使うな、という助言ではない。必要な時に使えなければ意味が無いのは、その通りである。


『心遣い感謝します、スティグラー博士』
 意識に止めず発した言葉が、彼にとっては意外だったのか――、博士は片眉をつり上げて驚いた。
『そんな……、礼を言われるものでもない。さ、さぁ、問題が無ければ仕事に戻るぞ』
 そう言うと、そそくさと道具を仕舞い、さっさと部屋を出て行ってしまった。白亜の医務室に残された私とデービッドは、眼を合わせて肩を竦ませた。


『照れ隠し、ですかね』
『そうだったら、意外な一面と言った所だな。ところでデービッド』
『何です?』
『戦い方を教えてくれないか――。人間じゃなく、怪異との戦い方を』


 デービッドは深く頷き、了承してくれた。
 私は、学ばねばならない、色々なことを。この戦争で荒廃した日本で、明日をも知れぬ命だとしても、生きるために――。

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