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乱される心/Decide

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 あれから朝と夜に弟の方の立木さんからメールが来るようになった。私は教えた記憶はない。内容は本当に些細なことだった。おはようや今から出勤だとか、今帰ったとかそんなこと。私は特に返すことはしなかった。だって、友達になったわけでも、彼女になったわけでもないし。それでも、彼からのメールが止まることはなかった。
 そんなある日、ずっと届いていたメールが来なくなった。

「もう、諦めたのかな」

 つい、昼間もスマホを触っては確認してしまう。ずっとあったものが急になくなると不安になる。彼は普通のサラリーマンと違って戦闘機という物騒なものに乗る人。もしかしたら、訓練中に! なんて考えてしまう。だけど、立木准教授を見る限り変わりはないのできっと大丈夫、だよね?

「立木准教授」
「ん? どうかした?」
「いえ、あの。弟さんは自衛官ですよね。万が一何かあった場合って、お兄さんである准教授に連絡は来るんですよね。家族ですし」
「うん……どうだろうね。国家機密を抱えている組織だから、すぐに連絡が来るのかは分からないね」
「そうなんですか!」

 立木准教授はテレビで放送される前には分かるとは思うけれど、事によっては報道規制なんかもありうるから真実を知ることはないかもねと付け加えた。

「何かあったのかな?」
「いえっ、ちょっと気になって」
「そう」

 論文で忙しい准教授は、再びパソコンに向かって手を動かし始めた。家族にどんな形で連絡が行くかわからないなんて、しかも真実ではないかもしれない情報が。家族でもそうなら、私にはなんの情報も入ってこないということだ。どうしてかな、酷いことをされたのにあの笑顔が忘れられない。あの声が耳の奥に残っている。

『俺のこと、好きになってよ』
『うん。好きだよ』

 胸の奥が締め付けられたように苦しい。
 私はスマホを開いて、初めて彼に宛てて言葉を送った。

ー 元気にしていますか?

 それから3日たったけれど、音沙汰はなかった。



***



「許可は取られていますか」
「取っていません。取りたくても連絡がつかないんです。だからっ」
「申し訳ありませんが、あなたをお入れすることはできません。お引き取りください」
「せめて連絡だけでも!」
「ご家族ではない以上は……」
「……すみませんでした」

 自分でもとても驚いている。何を隠そう私は今、小松基地の門の前にいるからだ。なぜ? と聞かれてもよく分からない。ただ、急に連絡が取れなくなった彼に焦りと苛立ちを覚えたから。焦りはもしかしたら空で何かあったんじゃないかという不安から来るもの。苛立ちは私の心を乱したことに。スマホから何度もメールを送った。弾かれないので連絡先が変わったわけではなさそう。他に心当たりはないので、私はここに張り付くしかなかった。警務隊の人に迷惑をかけてはいけないので、門が少しだけ見える場所で現れるか分からない人をじっと待っていた。

「お腹空いたなぁ……基地の周辺って何にもないんだもん。何か買ってくればよかった」

 ぐるりと回れば民間の空港がある。けれど敷地はあまりにも広く歩く元気もない。基地の前を通るタクシーもない。このまま日が暮れたら私はどうなるのかな。空は頻繁に戦闘機が飛んでいくのに、あのガラの悪い迷彩の戦闘機は見当たらない。やっぱり諦めよう、彼のことは忘れよう。そう思って重い足を動かそうとしたその時、ゴゴゴーとまた音がした。ふと見上げてハッとする。

「迷彩戦闘機!!」

 何機か続けて基地に向けて降りて行った。彼が乗っているのがどれかなんて分からないけど、会えるかもしれないと気分が上がった。自分の気持ちが正直よく分からない。彼に会えたとして、私はどうするの? どうしたいの? そんな疑問が湧いてきた。






 やっぱり帰ろう。そう決心したのは美しい夕焼けが目いっぱいに広がってきた頃。私はまるで不審者のようにうろうろし、門の警務隊の方と目を合わせたり外したりしながら時間を過ごした。妙な動きをしたら逮捕されちゃうのかなとか、考えながら。

「お疲れ様でした」
「お疲れ」

 勤務の終わった隊員さんたちが次々と出ていく中、私はまだ道路を挟んだ門の前にいた。もう意地みたいになっていて、見つけたら胸ぐら掴んでやろう! とか、頬を叩いてやる! なんて思いながら握りしめた拳をじっと見ていた。だから、気付かなかったの、人の気配に。トントンと軽く肩を叩かれるまで。

「ひぃあっ!」

 つい、声を挙げてしまう。振り向くと紺色の制服を着た基地の関係者らしき男の人が立っている。逮捕されちゃうの!?

「私っ、すぐに帰りますから。ごめんなさい!」
「もうすぐ出てきますよ」
「え?」

 見上げればその男性はにこにこと笑みを浮かべて「立木2尉ならもうすぐ出てきます」と言った。

「なんで知って!」

 彼はにこと再び笑うと、門の方を指差した。つられて目を向けるとそこには私が待ち焦がれた立木将人が立っていた。

「えっ、わっ、あ、ありっ……」

 お礼を言おうと振り向いた時には、その男性はもう居なかった。

「ほたるちゃん!? なにやってんの!」

 立木さんは私に気づいて道路を走って渡ってきた。紺色の制服がよく似合う爽やかな人だなぁなんて、私の思考はおかしくなっていた。







「た、立木さんっ! 離してっ、ください」
「なんでだよ。感動の再会なんだから、俺の好きにさせてくれないかな」
「や、でもここ、基地の前です!」

 あ、そうかそうだったと言ってやっと離れてくれた。走ってきた立木さんからなぜか私は熱い抱擁を受けていた。警務隊の方々は見ないふりをしてくれているのか、門番の人は居なくなっていた。

「スマイリーがほたるちゃんが門の前で待ってるぞなんて言うんだ。信じてなかったんだけどマジでいてびっくりしたよ」
「す、すまいりって」
「俺の相棒。俺の前に座ってるパイロット。アプローチの時にほたるちゃんを見つけたらしいんだけど。どんな視力だよ」
「え? よく、分からないんですけど」

 すまいりじゃなくて、スマイリーでお名前が但馬たじまさんという戦闘機パイロットさんらしい。着陸態勢に入ったときに空から私が見えていたらしい。見えるものなの!? 自衛隊さんてすごいと思った。

「スマイリーてなんですか」
「ん? タックネーム……えっと、ニックネームみたいなもんだよ」
「立木さんにもあるんですよね」
「あるよ。でも、教えない」
「どうしてっ。ああっ!!」

 私は自分が来た目的を危なく見失うところだった。いつもこうやってペースを乱され、相手に流されてしまう。そんな自分が本当に嫌い。

「びっくりするじゃないか。どうしたの」
「どうして急に、連絡取れなくなったんですか! 私、立木さんに何かあったのかと思って」
「心配、してくれたの?」
「しっ、してません! 怒っています!」

 無事に目の前に現れたことで、私の心配は怒りに変わっていた。今までの彼の勝手すぎる行動が一気に頭の中で再生されて、私は噴火寸前だった。それを察したのか、立木さんはここじゃまずいからと、以前のように私を車に乗せ小松基地から離れた。離れるとき、ホッとしたような顔で敬礼をする警務隊の方と目が合う。本当に申し訳ありませんでしたとしか言えない。


「ここ、どこですか」
「俺んち」
「どうして立木さんのお宅に? 着替えですか」
「とりあえず来て。車に乗せたままにして、熱中症で倒れたなんてシャレにならないから」
「え、でもっ」

 そう言うと、運転席からぐっと顔を寄せてきた立木さんは「でもとかだっては禁止だよ」と低い声でそう言われ、私は黙って従った。ほら、またいいなりになってる。

バタン……。

 官舎ではなく民営のマンションに住んでいる彼の部屋は、余計なものはなくスッキリと整頓されていた。意外だと、思った。

「突っ立ってないで入ったら?」
「ここで、待っていますから」
「そこで朝まで待つきなの?」
「朝まで!?」

 にこりと笑う立木さんはジャケットを脱いで放り、私の目の前まで来るとネクタイを外し始めた。骨ばった長い指が私を挑発するように、ネクタイの結び目をゆっくりと掴み下に引いた。スルッと解けたネクタイが私の手首に絡まる……。

「あっ、ちょっと!」
「はい、捕まえた。ほたるちゃん、隙きだらけだよね。気をつけないと悪い男に騙されるよ」
「悪い男は、立木さんですよね!」
「でも俺は騙してなんかいないよ」

 グッとそのまま引っ張られて立木さんの腕の中に倒れてしまう。嫌なのに私は促されるまま靴を脱いで部屋に上がった。嫌、なのに? 手首を拘束された私はリビングにあるソファーに座らせられた。立木さんは膝をついて私と目線を合わせた。

「なんで来たの」
「なんでって、立木さんが返事をくれないから」
「俺が送ったメールに返事をくれなかったのは、ほたるちゃんだよね」
「うっ……そう、ですけど」
「突然、俺から連絡がなくなってさみしかった? 気になって仕方がなかった?」
「そんなことはっ」
「ない? 本当に? わざわざ小松まで来てさ、そうじゃないよね」

 立木さんは覗き込むように私の顔を見ている。ネクタイで縛られた手首を立木さんの指が這う。直接触れられていないのに、心臓がドキドキして息苦しい。

「ドキドキしてるね」
「っ……」
「期待してる? 俺になにかされるかもって」
「してません!」
「じゃあなんでこんなにココ、忙しいの」

 立木さんはココと言いながら私の左の胸に手を当てた。もう鼻だけじゃ酸素が足りない! 口を開けてハァハァと酸素を吸い込みたい! 助けてっ!

「もう、嫌です」
「ん?」
「そういうの、嫌なんです。生殺しみたいなの。いっそのこと、ひと思いに」
「いいの?」

 私はこの空気に耐えかねて首を縦に振った。すると立木さんは陽が差したようにパアッと無邪気に笑って、ふわりと私を抱きしめた。ギャンて、私の胸がギャンて初めて鳴いた。

 なにこれ……なにこれ。
 胸が、キュンキュンする!!
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